目利きのSDがノリッチを変えた
ノリッチ・シティが4シーズンぶりにプレミアリーグに帰ってくる。ノリッチは先月末、イングランド・チャンピオンシップ(2部)の最終節を待たずして自動昇格圏の2位以内を確保し、プレミアリーグ復帰を決めた。
プレミア初年度の1992-93シーズンに3位に入ったノリッチは、日本のファンにも聞き覚えのある名前のはずだ。だから彼らのプレミア復帰は「戻ってきたんだね」程度に受け流されがちだが、実はとんでもない偉業だったのだ。
今シーズンの開幕前、彼らの昇格オッズは10番手くらいで、『ガーディアン』紙の開幕プレビュー記事でも一切触れられないほど影の薄いチームだった。
それもそのはずである。昨季は2部で14位(24チーム中)に留まり、シーズン後にはチームの主軸だったMFジェイムズ・マディソンとMFジョシュ・マーフィーをレスターとカーディフに計3000万ポンド(約43億円)で引き抜かれたのだ。それでいて補強に投じた資金はおよそ500万ポンド(約7億円)。だから、決して現地記者の目が節穴だったわけではない。
ただ、下馬評を覆すほど“目が利く”男がノリッチにいただけの話なのだ。その男こそ、プレミア昇格の立役者となったノリッチのスポーツダイレクター(SD)、スチュアート・ウェバーである。
ウェバーはリバプールやウォルバーハンプトンの強化担当を経て、2017年4月にノリッチのSDに就任すると、すぐにクラブの改革に着手した。前職のハダースフィールド時代にドルトムントのBチームからデイビッド・ワグナー監督を引き抜いたことがあり、ノリッチでも「若手の抜擢と育成」に定評があるとして、同じくドルトムントBからダニエル・ファルケ監督を連れてきた。
そして高給取りの選手を一掃し、チームの平均年齢は「23歳」を目指した。そこに妥協の余地はなかったという。必要とあれば「あなたの赤ちゃんはブサイクだ」と言い切るほどの覚悟でクラブを建て直したのだ。
プレミアリーグの大舞台も同じ方針で
そして今季は、抜け目ない補強でチームを蘇らせた。前線には、数年前にセルティックでまったく結果を残せなかったフィンランド代表FWテーム・プッキをブレンビー(デンマーク)からフリーで獲得。すると同ストライカーがゴール量産で2部の年間最優秀選手に選ばれる活躍を見せた。さらに守護神の元オランダ代表GKティム・クルルもブライトンから無償で連れてきた。
それから2015年のU-20ワールドカップにアルゼンチン代表として出場したMFエミリアーノ・ブエンディアも安価で獲得して活躍した選手。彼は昨季ヘタフェからクルトゥラル・レオネサに貸し出されてスペイン2部で降格の憂き目に遭い、ちょうど市場価値が下がっていたのだ。彼の類まれな足技とキック精度はプレミアでも多くのチームを苦しめるはずだ。
もちろん新戦力だけではない。2部のPFA年間ベストイレブンには、マックス・アーロンズ(19歳)とジャマル・ルイス(21歳)というクラブ生え抜きの両サイドバックが選ばれた。まさに「勝つことだけを目指さない」というウェバーの方針通り、経営改革と若手育成を推し進めながら勝ち取った昇格なのだ。
「まるでエベレストを登頂した気分だ」と35歳のウェバーSDは昇格を喜びつつも、「ここから下山し、再び頂上を目指す」と、すでに来季のプレミア残留争いを見据えている。
やはり大枚を叩く補強はせず、原則的には方針を変えないという。「プレミアリーグは簡単なわけがない。もし簡単だったら退屈だからね」と、ウェバーはエベレストより高く険しい山を前にしても尻込みする様子がない。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。