ドイツで開催されているUEFA EURO 2024で、優勝候補の本命であるイングランドが苦しんでいる。
フットボールの母国は、大会屈指のタレントをそろえながらもグループCの初戦ではセルビアに苦しめられ、MFジュード・ベリンガムの試合唯一のゴールを守って1-0で逃げ切るのが精一杯。6月20日に行われた第2戦は、デンマークの積極的なプレスに何度もボールを失い劣勢に立たされる展開に。エースであるFWハリー・ケインが先制点を決めるも追いつかれて1-1で引き分けた。
勝ち点4でグループステージ突破に王手をかけたものの、選手たちの体は重く、なかなか鋭い攻撃を見せられていない。決勝トーナメントに向けてここから徐々に調子が上がるなら問題ないが、そのためには何かきっかけが必要かもしれない。その起爆剤として期待されるのがニューカッスルのFWアントニー・ゴードン(23歳)だ。
ドイツに持ち込んだ自己啓発本
今大会、まだ一度も出場機会のないゴードンだが、彼は焦ることなく虎視眈々とチャンスを待ち続けているだろう。読書家として知られる彼は、自己啓発本を通じて“穏やかな精神”を育んでおり、今大会も3冊の本をドイツに持ち込んでいる。
ニュージーランドの元ラグビー選手であるダン・カーター著の『The Art of Winning(勝利の美学)』、元軍人でトライアスロン選手でもあったデイヴィッド・ゴギンズ著の『Never Finished(不屈)』、そして自己啓発書作家であるトニー・ロビンズ著の『Life Force(生命力)』だ。
3冊目については、元マンチェスター・ユナイテッドのポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドの影響だと『BBC』のインタビューで明かした。
「この前、(マンチェスターUのGK)トム・ヒートンがクラブのチームメイトたちに話していたんだ。ロナウドがその本を読んでいたってね。僕は聞き耳を立てており『ロナウドが読むなら、僕も読んで参考にしよう』と思ったのさ」
思慮深いゴードンはチェスも参考にするという。やりながら学んだというチェスについては「人生の教訓と同じ」と話す。「常に1手、2手、3手先を考えないといけないからね。非常に落ち着いたゲームだし、脳を動かすことになるので好きなんだ」
そして彼は「瞑想」も大事にする。1日の始まりや試合前に、明確なビジョンを描くそうだ。「試合中、疲れてくると判断が鈍る。だから試合前に自分の目的を視覚化しておくのさ」と説明する。
当然、試合中のプレーだけでなく短期的な目標も立てるという。昨夏はU-21イングランド代表としてU-21欧州選手権に出場し、A代表のチームメイトであるコール・パーマーと共に攻撃を牽引し、見事に「優勝と大会最優秀選手」という2つの目標を実現してみせた。その勢いのまま、昨季のプレミアリーグでは11ゴール+10アシストの活躍でニューカッスルのクラブ年間最優秀選手に選ばれた。
ピッチではパッションを放つ
そんなゴードンだが、ピッチという名の“リング”に立てば読書家とは思えないほどのパッションを放つ。ボクシングが盛んなマージーサイドで生まれ育った彼はボクシング愛好家で、見るだけでなく自分でもボクシングをする。子どもの頃にもやっていたそうだが、古巣エバートンでプロ選手になってから再開したという。
「リバプールの少年は、みんな一度はジムに通うのさ」とゴードンは『BBC』に語る。「ボクシングを再開するまで、僕は倒れることが多かった。相手に押される度によろけていた。でもボクシングを始めてからは自分の違う部分、アグレッシブな一面を出すことができている。デュエルでも、それまで以上に情熱を発揮し、勝利に貪欲になれている」
読書、チェス、そしてボクシングを融合させたフットボール選手、アントニー・ゴードン。U-21世代で欧州を制した男は、初のEURO制覇を目指すイングランド代表の起爆剤になれるのだろうか。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。