SNS上で恥ずかしいビデオが流通している。女性選手の顔を両手でつかんでぐりぐりやってから頬へ無理矢理キスをするおじさんの姿である。ルイス・ルビアレス前会長の顔をつかんでの唇へのキス強行と同じくらいの性加害に見える。この男は現監督から数えて2代前の監督イグナシオ・ケレダだ。
27年間の長期政権を築いた男
スペインで女子代表チームが誕生したのは1983年のことだが、今日までの41年間で何人の監督がいたかご存じだろうか。昨年のFIFA女子ワールドカップ優勝監督であるホルヘ・ビルダは前会長のスキャンダルですでに退任し、初の女性監督モンセ・トメが就任しているのでコロコロ代わっているイメージがあるが、実はわずか4人である。
“ぐりぐりキスおじさん”のケレダは1988年から2015年まで、実に27年間の長期政権を築いていた。アレックス・ファーガソンのマンチェスター・ユナイテッド監督就任が1986年で退任が2013年だから、同じくらい長い。
さぞかし名監督だったのだろうと思うだろうが、実は真逆。27年間で国際大会の本戦に出たのは3回だけというダメ監督で、男子ならとっくに解任されているはずだが(同時期の男子は7人が監督を務めた)、29年間の長期政権を築いた前々会長のアンヘル・ビジャールのお友だちだからクビを切られなかった。
2015年女子W杯カナダ大会の1カ月の合宿では、1週間のパターン練習を4回繰り返しただけ、ブラジル戦での指示は世界的なスターで誰でも知っている「マルタに注意」だったという伝説を残している。そもそもこの監督、女子代表監督以外のキャリアというものが存在しない。どこで何をやっていた人なのか?
この男を国の最高のチームに27年間放置したという点に、スペインの伝統的な女子サッカー軽視が象徴的に表れている。「タイトルを求めないから、ただお金を使わずメディアも騒がせず静かにしていてくれ」というのが女子に対する当時の連盟のスタンスだったのだ。
元選手たちが“暗黒ぶり”を告発
“ぐりぐりキスおじさん”は選手へのセクシャルハラスメントという点でも連盟の伝統から外れていない。
「こいつに必要なのはお尻の穴に唐辛子を入れること」「(尻を触った後に)雄鶏が雌鶏をどうやってはらませるか知っているか?」「お前には立派なオスが必要だ」などの暴言を浴びせられた、という証言が出ている。合宿所では就寝時にドアを閉めることが禁止で、監督は自由に出入りできた、という不思議なルールもあった。
最後の辞任劇もどこかで聞いたことのあるお馴染みのストーリーだった。女子W杯惨敗後に選手たちが解任を会長に直訴→会長はこれを拒否→選手たちが招集拒否を宣言し全面対決の姿勢を示す→メディアの圧力に屈し会長が泣いて馬謖(ばしょく)を斬る……。
あの失われた27年間がいかに暗黒時代だったか、元選手たちが口を開き始め、書籍が出版されドキュメンタリーが作られた。明らかになったのは、何十年前から今に至る連盟の本当に恥ずかしい伝統である。
Photo: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。