勝負の世界で生きる監督たちには「勝利のコーディネート」があるのかもしれない。
たまに、ベンチ前で血気盛んに指示を送る監督の服装に注目が集まることがある。例えば、イングランド代表のギャレス・サウスゲイト監督はスーツ姿に「ジレ」を合わせるのがトレードマークとして話題を集めた時期がある。圧倒的な勝率と唯一無二の個性を誇ったチェルシー時代のジョゼ・モウリーニョ監督は、愛用していた「ロングコート」が歌のタイトルにまでなったほどだ。
そして今、再びプレミアリーグでとある指揮官の服装が話題になっている。エバートンを率いるショーン・ダイシ監督(52歳)だ。昨年1月、降格圏に沈むチームを救うべくマージーサイドにやってきた無骨なイングランド人指揮官は、何とかチームを残留に導くと、今季も財政問題を抱えるチームで奮闘している。
勝ち点剥奪で降格のピンチに
今季エバートンは財務規定違反によって2度に渡る勝ち点剥奪処分を科せられ、現状で8ポイントが没収されて異議申し立てを行っている状況だが、それでも今月24日のリバプールとのマージーサイド・ダービーに2-0で勝利し、残留を手繰り寄せようとしている。
それにしても苦しいシーズンだ。ポイント剥奪処分だけでなく、12月からはクラブワースト記録となるプレミアリーグで13試合も未勝利が続き、チームは矢面に立たされた。今月に入って約4カ月ぶりに勝利を収めるも、2度目の勝ち点剥奪処分を受けた直後のチェルシー戦では0-6という大敗を喫して集中砲火を浴びた。
降格の不安が背後に忍び寄り、プレミアリーグで一度も降格を経験していないどころか、70年間もトップリーグに在籍し続けているクラブに暗雲が立ち込めたのだ。そこでダイシ監督が動いた。今月15日のチェルシー戦の後、選手を集めてまずは自分の落ち度を認めたという。そのうえで、こう告げて奮起を促した。
「また今年もか。新しい監督がやってきて、監督交代の勢いで結果を残して、みんなで『やったー』と喜ぶんだろ。だが私はこのチームを去らない。ここで戦う。もし監督交代を望むのなら、君たちは上層部に掛け合えばいい。だが私は誰のせいにもせず、ここで戦う」
スタッフたちには練習法から試合準備、チームミーティング、選手選考などすべてを見直そうと声を掛けた。そして500試合以上の監督キャリアを誇る指揮官も、自分を変えることにした。チェルシーに大敗を喫した6日後のノッティンガム・フォレストとの残留争い直接対決で、ダイシ監督はジャージ姿でピッチに現れたのだ。負ければフォレストに追い抜かれ、待ったなしの17位まで順位を下げることになる大一番で、監督から活を入れられた選手は奮起した。見事に2-0の勝利をつかみ、1週間前に痛烈な批判を浴びたチームとは思えないほど「We love you Everton」のチャントをサポーターから送られたのだ。
「『これで何か変わるかも』と思った」
試合後、服装について質問を受けたダイシ監督は「やはり私の服装が話題になったね」と返した。
「別にドラマチックな話ではないんだ。私は昔から監督はスーツとネクタイを着用すべきだと思ってきた。ジャージ姿に変えたら試合に勝てるなんて思っていない。でも、スタッフや選手に色々と変えることを指示したのだから、自分も少し変えようと思ったんだ。もしかすると『これで何か変わるかも』と思ってね」
フォレスト戦での2ゴールはどちらもボックス外からのミドルシュート。1点目を決めたMFイドリッサ・ゲイエは、それまでボックス外から100本シュートを放ち、決まったのはこれがわずか2度目。エバートンの2得点のゴール期待値は合わせて「0.06」だったという。ありえない話だが「何か変わるかも」と思ってスーツを脱いだ効果が出たのかもしれない。
さらに3日後のリバプール戦でも闘志あふれるプレーで優勝争いを演じる宿敵を撃破。もちろん指揮官は「ジャージを着たから勝てたわけではない」とジャージ効果を否定したが、当分はジャージを着続けることになりそうだ。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。