ウェストハムのガーナ代表MFモハメド・クドゥス(23歳)が、“椅子を譲ってもらえなかった”として話題になっている。
1年目ながら印象的な活躍を披露
昨夏アヤックスから3800万ポンド(約73億円)でウェストハムに加入したクドゥスは、今季プレミアリーグで素晴らしい活躍を見せている。最前線や2列目など、攻撃ポジションをどこでもこなす万能型アタッカーは、今季ここまでプレミアで7ゴール4アシスト。データを元に選手の活躍を採点している『Whoscored.com』でもチーム最高の今季平均「7.20」という高い評価を受けている。彼はスピードや足技だけでなく、パワーにも秀でたアタッカーで、それは小さい頃から育んできたものだという。
クドゥスはガーナの首都アクラ近郊のニマというエリアの出身。マーケットタウンと言えば聞こえがいいが、実際はスラム街のような地区だという。「タフなエリア」とクドゥス本人も英紙『The Guardian』のインタビューで認めている。「タフな人じゃないと生き残れないね。甘い人は踏みつけられてしまう。それが僕のプレーにも影響している。僕は五分五分のチャレンジで絶対に負けたくない。だから体を鍛えてきたんだ」
危険なイメージのある彼の故郷だが、もちろん素敵な部分もある。だからクドゥスは、いつも自分のルーツを話に出して故郷ニマのイメージを変えようと頑張っているそうだ。そしてガーナに帰国する度に、地元のクラブを訪れてサッカー用具などを寄付している。若くしてニマの実家を離れたクドゥスは、国内屈指のアカデミー『ライト・トゥ・ドリーム』で腕を磨き、2018年にデンマークのノアシェランに引き抜かれて欧州にやってきた。そしてアヤックスでも結果を残してプレミアリーグに辿り着いたのだ。
イングランドでの1年目は順調だ。単に活躍しているだけではなく、いくつも印象に残るゴールを生み出している。11月には「本能」で動いたという華麗なバイシクルシュートを突き刺した。
そして先日のUEFAヨーロッパリーグのラウンド16フライブルク戦では、日本代表FW堂安律を擁するチームを相手に2得点で5-0の勝利に貢献。しかも1点目は自陣でボールをもらうと、そこからドリブルを開始して1人で中央突破してそのままネットを揺らしたソロゴール。“メッシ級”のゴールについて「何度もメッシが決めるのを見てきたので、僕のレパートリーにも加わったのかもね!」と冗談を飛ばす。
徐々に浸透、真似をする選手も
そういったゴールを決めた後の彼のゴールセレブレーションが、サッカー界で密かな話題になりつつある。クドゥスは得点後、そのままピッチを飛び出して何かに「座る」のだ。広告版や置いてある椅子など、どかっと座り込むポーズがSNSなどで拡散されているが、本人いわく「特に深い意味はない」という。呼吸を整えるために座ったそうだが、それが少しずつ定着し、今はお決まりのゴールセレブレーションとなっている。
当然、真似する選手も出てきた。1月のマンチェスター・ユナイテッド戦では、ユナイテッドのアルゼンチン代表FWアレハンドロ・ガルナチョがゴール後にピッチ脇に駆け寄って広告版の上にちょこんと座ったのだ。クドゥスは誰でも真似していいと認めながらも「そのうち使用料を払ってもらうけどね!」とジョークも忘れていない。
そんな陽気なクドゥスは、アウェイの地で行われた3月30日のニューカッスル戦でも前半終了間際にネットを揺らすと、意気揚々とゴール裏に走っていき、小さなストールに座っていたボールボーイに声をかけて椅子を借りようとした。しかし、そこは熱いファンで知られるニューカッスルの本拠地。“教育”が行き届いているニューカッスルのボールボーイは断固として椅子を譲らず、クドゥスは少し戸惑ったあとで仲間と一緒に広告版の上に座った。
いずれにせよ、クドゥスのゴールでウェストハムは逆転に成功。さらに追加点を決めて3-1とリードしたのだが、後半残り13分間で3失点を喫して3-4でまさかの逆転負け。クドゥスは椅子だけでなく、勝ち点3まで失ってしまった。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。