下痢は自制心で止められるか…サッカー界とギャンブル依存症の問題
何かと話題のスポーツ賭博だが、サッカー界でもギャンブルは昔から問題視されてきた。
昨年、ブレントフォードのイングランド代表FWアイバン・トニー(28歳)は、イングランドサッカー協会(FA)が定める賭博規定を232件も違反したとして8カ月間のサッカー活動禁止処分を受けた。一方、ニューカッスルのイタリア代表MFサンドロ・トナーリ(23歳)は昨年10月にイタリアサッカー連盟から10か月間の出場停止処分を告げられた。トニーは今年1月に復帰するとすぐに結果を残して今月にはイングランド代表にも復帰したが、トナーリは自身初の国際主要大会となるはずだったEURO 2024にも間に合わない。
FAはすべてのサッカーに関する賭博を禁止
サッカー界では、スポーツ賭博に関して選手やクラブ関係者などに厳しい規則が設けられている。イングランドサッカー協会(FA)は、選手や監督、クラブ職員、代理人、審判などがサッカー関連のスポーツ賭博に関与することを禁じている。以前までは自分のクラブが出場している大会(リーグ戦やカップ戦)だけが禁止されていたが、2014年以降は世界中のすべてのサッカーに関する賭博が禁止されるようになった。
さらには情報を漏らすことも禁じられている。DFキーラン・トリッピアーは2019年にトッテナムからアトレティコ・マドリーに移籍する際、情報を友人に漏らしていた。その友人がトリッピアーの移籍について賭けを行ったため、トリッピアー自身は賭博を行っていないにもかかわらず、インサイダー取引で10週間の出場停止処分を科せられた。
8カ月間、10カ月間、そして移籍について話しただけで10週間など、極めて重い処分が下されているが、当然と言えば当然だ。選手や関係者が自分たちのスポーツに関する賭けを行えば八百長の温床になりかねないし、ならなくてもスポーツの信頼を失いかねない。もちろん、違法賭博シンジケートなど裏社会との繋がりが生まれる危険もある。
それから、ケガ人などの公表されていない情報を知り得る選手たちが、それを生かして賭けを行うのは公平ではない。抑止のためにも重い処罰は必要なのだが、それに異を唱える者もいる。
依存症への罰則は重すぎるのか
アーセナルなどで活躍した元イングランド代表MFポール・マーソン氏(56歳)は「依存症に10カ月間も出場停止を与えるのはおかしい」と主張する。マーソン氏は自身も現役時代からいろいろな依存症に苦しんできた。アーセナル時代にアルコール、コカイン、ギャンブルの依存症を告白し、3カ月間の更生プログラムを受けて復帰するも、何年後かに再びギャンブル依存症のリハビリを受けるなど、何度も依存症と戦ってきた。
1997年にアーセナルから当時2部のミドルズブラに移籍した時は、アーセナルからも契約延長オファーを提示されるも、例え2部リーグのチームだろうが、より高い給料を用意してくれたミドルズブラに魅かれた。「デニス・ベルカンプよりも高い給料」と告げられたマーソン氏は「ギャンブルに取りつかれていた自分はお金を断ることができなかった」と認めている。
そんな苦しみを味わってきたマーソン氏だからこそ、罰則が重すぎると感じるのだ。「皆さんはギャンブル依存症を理解する気持ちがない」と『BBC』のポッドキャスト番組で訴えた。
「ユニフォームに(賭博の)広告を入れながら、依存症の選手に10カ月間の処分を与えるなんてどうかしている。彼らは助けを必要としており、10カ月間の処分は助けにはならない。依存症を軽く見過ぎなんだ。皆さんは『自制心を持て』と言うかもしれない。それならば、私は『下痢をした時も自制心で治せ』と言いたいね」
アルコールよりもプレーへの影響は大きい
サッカー界のギャンブル依存症は深刻な問題だという。元アーセナルのDFトニー・アダムス氏が設立した『スポーティング・チャンス』というアスリート用のクリニックでは、以前はアルコール依存症患者が7割だったが、今はギャンブル依存症が7割だという。アルコール依存症と違い、ギャンブル依存症は周りの人が気づきづらいという問題があるそうだ。
「選手が朝4時まで飲み歩いていれば、翌日の練習で気づける。しかし、賭博で20万ポンド(約3800万円)も失っている選手のことを周りは気づけない。手遅れるになるまでね。クラブは、選手がギャンブルをしていても『プレーに影響はない』と考えるだろう。でもアルコールよりも影響を及ぼすんだ」
プレミアリーグは昨年、2026-27シーズンの開幕からギャンブル系企業によるユニフォームの胸スポンサーを禁止すると発表した。だが、今季のプレミアリーグでは20クラブのうち8クラブも胸スポンサーにギャンブル系企業の名前が入っている。英紙『The Guardian』によると、今季プレミアリーグの開幕節では1万1000回もギャンブル関連のメッセージを目にする機会があったという。TV中継された6試合では、胸スポンサーや広告看板やCMなど「6966回」。さらにSNSでの広告が「1902回」など、現状ではサッカーを見ようとするとギャンブルを宣伝するメッセージは避けられないのだ。
元ニューカッスルのFWマイケル・チョプラもギャンブル依存症を告白しており、自分の所属するチームの胸スポンサーがギャンブル企業だった時には「試合後、控え室に戻って椅子に座っていても、チームメイトを見るだけで(ギャンブルの)誘惑があった」と明かしている。
どうやら賭博はサッカー界においても根深い問題のようで、今後さらなる対策が必要になってくるだろう。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。