近年、英国ではクラブの運営に参入するセレブや芸能人が増えている。
今年1月には英国を代表するシンガーのロビー・ウィリアムズ(50歳)が地元のクラブで現在イングランド3部に所属するポート・ベールの会長に就任して話題になった。会長といっても名誉会長に近いポストだが、すぐにクラブ買収の噂も飛び交った。また、ハリウッドスターのライアン・レイノルズ(47歳)は3年前にレクサス(現在イングランド4部)を買収したし、アメリカンフットボールの歴代最高選手の1人であるトム・ブレイディ(46歳)はイングランド2部のバーミンガムの株を少量だが購入した。そんな中、華やかなプロの世界ではなくノンリーグのクラブに手を貸す著名人がいるという。
舞台はイングランド南東部のバッキンガムシャー州のチェシャムという街にあるチェシャム・ユナイテッドだ。これまで一度もプロリーグ(イングランド1~4部)に昇格したことはなく、現在はイングランド7部リーグに所属する平凡なセミプロチームだ。そんな、どこにでもあるような街クラブが注目を集めている。
ユニフォームの売上が激増
彼らを有名にしたのは『Taskmaster(タスクマスター)』と呼ばれる英国の大人気コメディ番組である。出演するコメディアンや著名人が機転を利かせてタスクをこなして争う、いわゆるリアリティ番組の一種で、今では100カ国近くで放送されているという。そんな人気番組を生み出したコメディアンのアレックス・ホーン(45歳)がチェシャム・ユナイテッドの役員を務めているのだ。
ホーンは居を構えている場所がチェシャム・ユナイテッドの本拠地のそばだったため、クラブの会長に誘われて2022年からクラブの役員に名を連ねている。最初はどんな役職かあまり考えずに引き受けたそうだが、彼のおかげもあってチームは飛躍を遂げることになった。今シーズンからユニフォームの胸スポンサーはホーンが手掛けるコメディ番組『Taskmaster』だ。昨季は30枚しか売れなかったユニフォームも、人気番組のおかげで今季は1200枚も売れており、2万ポンド(約380万円)の利益を生んだそうだ。
ホーンは名前を貸すだけではない。スタジアムに建てられているバーで定期的にコメディライブを開催するなど積極的にクラブの宣伝に努めている。「私の役目はクラブの知名度を上げること。名前だけ貸して何もしないなんてダサいからね」とホーンはスポーツ専門サイト『The Athletic』に語っている。
同氏を役員に誘ったピーター・ブラウン会長も「アメリカやオーストラリアの人までユニフォームを買ってくれる」と満足気だ。「それもすべて『Taskmaster』、そしてアレックス・ホーンのおかげさ。クラブは今まで経験したことのないほど認知度が高まった」
「街を楽しい場所にしたいだけ」
今季はピッチ外だけなくピッチ内でも好調で、10試合を残して2位に12ポイント差をつけてリーグ首位を快走しており、このままいけば「アレ」を達成できる。阪神タイガースがそうだったように、チェシャムでも「優勝」や「昇格」という言葉は禁句になっているそうだ。このままなら来季は6部リーグ、そしてその先は――どんどん夢が広がるが、ホーンは大金を叩いて一気にクラブを成長させることは考えていない。「そもそも自分には無理だが、一気に100万ポンドも投じたりはしない。クラブにお金が入るような取り組みで貢献したい」という。
だから華やかなプレミアリーグの世界はおろか、プロリーグ(1~4部)に昇格することだって目標ではない。「チェシャムという街を楽しい場所にしたいだけ。そして地域社会の一部であるフットボールクラブがちゃんと機能すればいい。それが素敵なことなんだ」とホーンは説明する。20年前に家から近いという理由でチェシャムの試合を見に行くようになったホーンは、今や3人の息子や愛犬を連れて観戦に行く。そして息子たちはクラブのユースチームでプレーするようになった。
ようやく「マイクラブ」を手に入れたのだ。子どもの頃に全く所縁のないリバプールのファンになったホーンは「一番強いチームを選んでサポートする」ことにずっと引け目を感じていたという。「だから、こうしてクラブに携わるようになった。徒歩圏内のクラブだ。これで胸を張って『マイクラブ』と呼ぶことができるんだ」
果たしてチェシャム・ユナイテッドはどこまで成長を遂げるのか。コメディアンが支える小さな“街クラブ”の今後に注目したい。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。