イギリスで代表最多キャップを有するスティーブン・デイビス(39歳)が現役引退を発表した。
彼は何か特別な武器を持っているような選手ではなかった。とりわけ足が速いわけでも、とりわけ体が大きいわけでもなかった。それでも常にボールを触っているような選手だった。セントラルMFとして走り回り、高い技術で確実にパスをつなぎ、危ない場面では体を投げ出してゴールを守る。責任感の強いリーダーだった。
膝のケガが遠因となり引退を決意
北アイルランドで生まれたデイビスは、3歳上の兄と一緒にボールを蹴ってフットボールを始めた。通っていた学校がラグビーの強豪校だったため、学校ではスクラムハーフとしてラグビーもかじったが、彼が選んだ道はフットボールだった。クラブチームでもプレーし始めると、レンジャーズやアーセナルのトライアルに参加。そしてアストンビラの下部組織に加入した。
アストンビラでは2004年に19歳でデビューを果たすと、2005-06シーズンはクラブ年間最優秀選手に選ばれた。その後はフラムやレンジャーズ、サウサンプトンでプレーし、2019年から再びスコットランドに戻ってレンジャーズに所属していた。
レンジャーズ時代には数々のタイトルを獲得して輝かしいキャリアを築いたが、2022年12月に膝の靱帯を損傷する大ケガを負って長期離脱を強いられることに。離脱中には、暫定監督まで務めるなどピッチ内外でクラブに貢献した。だが、ケガの回復には時間がかかった。そして1カ月ほど前に受けた検査の結果が芳しくなく、引退を決意した。
先日、レンジャーズの仲間に別れを告げたデイビスは、みんなから拍手を送られて感慨深い表情を浮かべながら「ありがとう。僕の挨拶は以上だ。これから試合の分析だろ。前に進むんだ」とチームメイトの背中を押した。フィリップ・クレマン監督から記念のユニフォームを受け取って「今シーズン中にまた何度か会っていろいろと話そう」と声をかけられると「それは楽しそうですね」と冗談で笑いを誘った。
特別な才能を持つ北アイルランドの英雄
彼はレンジャーズで殿堂入りするほどのレジェンドだが、何より北アイルランドの英雄である。2005年に代表デビューを果たすと、17年間に渡って北アイルランド代表の心臓部として走り続けた。2012年から正式にキャプテンに就任すると、2016年には北アイルランドを初めてEURO出場に導いて本大会ではベスト16に入ってみせた。
そして2021年に代表通算126試合目のピッチに立ち、元イングランド代表GKピーター・シルトンが持っていた英国人の代表最多出場記録を更新。その後も試合に出続け、最終的には「140試合」という偉大な記録を打ち立てたのである。2017年に大英帝国勲章まで授かったデイビスは、実直なプレースタイルを売りとする選手だったが、彼を見てきた監督たちは「特別」な才能と呼んだ。
サウサンプトン時代に彼を指導したマウリシオ・ポチェッティーノ(現チェルシー監督)は「シャビやアンドレス・イニエスタといった選手と比較すべき才能」と絶賛したことがある。「ゲームを組み立てる能力、試合の流れを読む知性、そして走力。クリスティアン・エリクセンにも近いかもしれない。チームをより良いものにしてくれる選手なんだ」
北アイルランド代表を率いたロウリー・サンチェスは「もう1人のフランク・ランパード」と称えたことがあるし、レンジャーズを率いたスティーブン・ジェラードは瞬時に情報を処理するデイビスを「フットボールの研究家」と呼んだ。
監督に愛され、何よりチームメイトに愛されたレジェンドは39歳で現役生活に別れを告げた。「今は家族との時間を大事にしたい」と語ったデイビスだが、その先のことも考えている。「コーチライセンスを取得して、その道に進みたい」と、英国最多キャップ保持者は新たな一歩を踏み出す決意を口にしている。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。