現在、英国で選手の“命”を守るために裁判を起こしている者がいる。
近年、フットボールにおける“ヘディング”の危険性に注目が集まっている。ヘディングを繰り返すことで認知症などの神経変性疾患のリスクが高まるという研究結果を英国の学者が発表しており、イングランドサッカー協会(FA)も2022年から試験的に12歳以下の選手のヘディングを禁止にする措置を取っている。
そんなヘディングについて訴えを起こしている者がいる。プレミアリーグ経験者3名を含む計19名の元選手たちだ。彼らはFA、ウェールズサッカー協会、国際サッカー評議会(競技規則を制定する機関)を相手に補償金を求めるとともに、ヘディングの危険性の周知を求めている。原告側の中心は60代、70代の元選手たちで、中には“イングランドの英雄”の息子もいる。それがボビー・チャールトンやボビー・ムーアらとともに1966年ワールドカップ制覇に貢献した元イングランド代表MFノビー・スタイルズの息子、ジョン・スタイルズ氏(59歳)だ。
「ヘディングが父の命を奪った」
自身もリーズなどでプレーした元選手であるジョン・スタイルズ氏は、訴えを起こした理由について『GBニュース』にこう語った。
「父が他界してから3年間、私たちは慢性外傷性脳症に苦しむ選手を助ける運動を行ってきたが、何も変わっていない。だから何かを起こさないといけない。私の父親は手遅れだったからね……」
彼の父、ノビー・スタイルズは2020年に78歳で他界した。前立腺がんを患っていたが、認知症も発症していたのだ。死後、彼の脳はサッカーと認知症の因果関係を研究するために献体として医学界に提供された。
「我々は父の脳を献体した」とジョン・スタイルズ氏は説明する。「父の脳は慢性外傷性脳症に侵されていんだ。この病気は頭部への衝撃でしか引き起こらない。だからヘディングが父の命を奪ったんだ」
サポート体制の構築も願う
ジョン・スタイルズ氏は、ヘディングを繰り返すことで発症のリスクが高まると言われる慢性外傷性脳症を周知するとともに、それに苦しむ本人や家族をサポートする体制の構築を願っている。
「誰も、この病気について知らないように思う。これまでも、そしてこれからも、何百、何千という選手がこの病気で命を落とすかもしれない。ハリー・ケインも、カイル・ウォーカーも、ルーシー・ブロンズ(イングランド女子代表)もこの病気を知らないはずだ。彼らも病気について知るべきだ。その上で各々の判断を下すべきなんだ」
そして、ジョン・スタイルズ氏は遺族としての意見も述べる。
「父と同じ病気で苦しむ方や、その家族へのサポートもない。フットボール界は元選手の面倒を見るべきだと思う。医療費などいろいろな費用が必要になるんだ。だから、ヘディングによる認知症を発症した人をサポートする基金を設立したいんだ」
高等法院で争われる今回の裁判は、フットボール界の今後に大きな影響を与えるかもしれない。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。