“唇にキス”で批判殺到のルビアレス会長、辞任確実も一転して開き直り
スペイン女子代表がW杯で初優勝してから1週間が経とうとしている。日本の皆さんには信じられないだろうが、誰もその偉業のことを話題にしていない。それどころか、スペインサッカー連盟のルイス・ルビアレス会長が辞任する可能性があった(結局、辞任を拒否)。
女子W杯優勝をきっかけにスペインで今起こっている、とんでもないことをお伝えする。
公衆の面前で行われた性暴力
あの日、表彰台で、ルビアレス会長は突然1人の女子選手(ジェニファー・エルモソ)にキスをした。唇に、それも顔を両手でつかんで動けなくしておいて。別に恋人同士でも何でもなく、会長と一選手の間柄でしかない。
当然、大騒ぎになった。女子の最高峰の大会で、世界中の視聴者が見ている前で、優勝チームが所属する連盟のトップによる性暴力が行われたのだから。このキスは選手たちを「世界王者」から「性被害者」に変え、ルビアレス会長は「女子サッカー成功の最大の功労者」から「性加害者」となった。その後、選手たちそっちのけでルビアレス会長がスポットライトを独占するようになったのも当然だった。
会長のリアクションも火に油を注いだ。
「友人同士の軽いキスだ」とした上で、批判している者を「馬鹿ども」「最低の間抜けども」「どうしようもない連中」と罵ったのだ。さらにこの頃には、観客席のルビアレス会長が勝利の瞬間に自分の下腹部を鷲づかみしていたことも明らかになり、エルモソにキスをした場面と同様、そのシーンを捉えた映像が世界中に出回ることとなった。
男のタマを強調するこの下品なポーズは「サッカーはタマ(根性)がなければ勝てない」→「だから女性にはサッカーができない」と言われた時代の名残である。女子の大会でそれをやる? しかも、隣で一緒に観戦していたのはスペイン王室の王妃と王女だったのに。
謝罪になっていない謝罪ビデオ
その後、ルビアレスは謝罪ビデオを出す。
「私と素晴らしい関係にある選手との間に起こったことを残念に思う」「歓喜の瞬間に自然発生的に、私にも彼女にも悪気がなく起こったものだ」「もし誰かを傷付けたとしたら謝りたい。それしかできない」
全然、謝罪になっていない。加害者意識ゼロ。最悪なのは、被害者であるエルモソを加害者側に組み込んでいることだ。
さらに連盟広報は「会長と私は素晴らしい関係で、彼の私たちに対する態度は満点だった。あれは自然な感謝と愛情表現だった」というエルモソの談話を発表し、火消しに努めた。
しかし、批判が止まるはずもなく、この頃には辞任要求となっていた。
まずは政府首相、男女平等を推進する女性党首、平等省大臣、スポーツ文化省大臣、野党党首が声を上げた。
さらに、沈黙していたエルモソ自身が「我われが見たような行為は絶対に無罪で終わらせてはいけない。女子選手を守る仕組みを作ってほしい」と訴えたことで、男子選手(ボルハ・イグレシアス、イスコ)とクラブ監督(カルロ・アンチェロッティ、ラファエル・ベニテス、イマノル・アルグアシル)も辞任要求に加わり、FIFAも懲罰に向けて調査委員会を開くことにした。
以上が昨日までの出来事だ。袋叩き状態のスビアレスには辞任しか残っていない、と誰もが見ていたわけだ。
辞任を拒否しまさかの反撃に出る
だが8日25日、彼は辞任を拒否し反撃に出た。「(下腹部をつかんだことについては)女王に謝罪したい」としたものの、「キスは私の娘にやる類のもので、同意の上だった」とし、「偽フェミニズムは真実を探さない」「ジョランダ・ディアス(副首相)、エチェニケ(左翼党スポークスマン)、モンテロ(平等省大臣)のような政治家はあの行為を性加害だと言う。こういう人たちは私を公で殺そうとしている。私は法廷で戦う」と語った。
現政権は左翼連立政権で、名指しされた政治家たちは政府の一員である。ルビアレスは政府も敵に回したわけだ。エルモソが厳罰を要求したことで、連盟広報発の彼女の談話がでっち上げであることが判明していたわけだが、それでも「同意の上」を貫いたことで、選手たちも厳しい声を上げている。
「受け入れられない。もう終了」(アレクシア・プテジャス)
「超えてはいけない限界がある。許せない。私たちはあなた(エルモソ)と一緒よ」(アイタナ・ボンマティ)
「この問題が解決しない限り、代表には行かない」(ボルハ・イグレシアス)
「今起こっているのは本当の恥だ」(エクトル・ベジェリン)
その他、政府関係、選手の労働組合、クラブ(バルセロナ、エスパニョール)も一斉に反発している。以上は辞任拒否から2時間の反応で、これからどんどん伸びるだろう(追記:その後、エルモソが同意があったことを再度否定。世界王者23人を含む計56人の女子選手が代表招集を拒否する声明を発表した)。
連盟+連盟会長vsサッカー界全体+政治界全体+メディアほぼ全部+国民の大半の戦いはどうなるのか?
辞任をニュースでお届けするはずが、とりあえず途中報告になってしまった。機会があれば続報したい。
Photo: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。