アーセナルで活躍するイングランド代表GKアーロン・ラムズデール(25歳)は、普通のGKではない。
相手サポーターから野次を受ければ笑って返すし、コインを投げつけられれば拾って集める。ピッチ上で笑顔を絶やさず、それでいてチームがピンチになれば勇敢なセーブでチームを救う。イングランド代表の「次世代の守護神」と期待されるラムズデールは、GK界屈指の陽キャラという“変わり者”だ。
だが、本人は自分が“一番普通”だと主張する。ラムズデールは先日、選手自身が寄稿するメディアとして話題の『The Players’ Tribune』にて、これまでの挫折や家族について赤裸々に明かした。「GKになるヤツは少しクレイジーだと言われるが、家族の中で僕が一番平凡なんだ」とラムズデールは綴っている。
「家族の真のスーパースターは次男」
3人兄弟の末っ子のラムズデールは兄たちの職業を紹介。長男エドワーズは牢獄の看守、次男オリバーはロンドンでパフォーマーをしており「自分が最も平凡」だという。フットボール選手の夢を追い続けたことで周囲から「勇敢だ」と言われることもあるそうだが、そんな時は笑ってしまうという。「うちの家族の真のスーパースターは次男のオリバーだ。勇敢なのは彼なんだ」とラムズデールは説明する。
次男オリバーは大学への入学を目前に控えたところで進学を止めたという。そして夢である演劇の道に進むべく家を出たそうだ。だが彼を「勇敢」と称えるのには他にも理由がある。「兄はゲイなんだ」とラムズデール。「兄は学校に通い始めた頃からオープンにして過ごしてきた。彼のことを自分の兄だと言えるのは本当に誇らしい。このことについて僕は一度も触れてこなかったが、今のフットボール界のことを考えると、ちゃんと明かすことが重要だと思った」
そして決意を綴る。「これまで何年も、僕は控え室やSNS上で同性愛に対する中傷や馬鹿げた発言を黙認してきた。その方が楽だと思ったからだ。でも、それも今日で終わりだ。GKとして、僕は何を言われても笑い飛ばせるだろう。でも同性愛嫌悪や酷い言葉は間違っているし、度を越えている。『黙ってフットボールだけしておけ』と言われるかもしれない。でも、これもフットボールなんだ。フットボールはすべての人のものだからね。もし僕の意見に納得できない人がいるなら、黙るべきはその人かもしれないね」
何度も挫折を経験し、動じない心を得る
そして、ラムズデールはファンからの野次を笑い飛ばせるようになった経緯も明かした。彼はこれまで何度も挫折を味わってきたという。15歳の時、体が小さいせいでボルトンの下部組織から放出されて夢を諦めかけた。学校でフットボール狂かつフットボール選手の卵として知られていたラムズデールは、放出されたことが恥ずかしくて友達に言えなかったという。でも暗い顔に気づいてくれたフットボール好きの先生が「イングランドにフットボールクラブはいくつあるんだ? 80以上だろ? だから必ず見つかるよ。諦めるな。自分の夢だけは諦めるな」と声をかけてくれたそうだ。
結局、シェフィールド・ユナイテッドに拾ってもらい、プロ選手の夢を叶えたラムズデールだが、その後も苦悩を経験した。2020年にボーンマス、2021年にはシェフィールド・ユナイテッドでプレミアリーグから2年連続で降格したのだ。それもあって2021年夏にアーセナル移籍の噂が出ると、彼の実力を疑問視する批判が続出した。だが、それにも耐えることができたのは、2018年の経験があったからだろう。武者修行のためイングランド4部のチェスターフィールドにローン移籍した際、アウェイゲームで最悪のオウンゴールを許してしまったのだ。するとスタジアム中が「お前のせいだ! お前のせいだ!」と歌い始めたという。
消えてなくなりたい気分だったが「待てよ。僕が友達とビールを飲みながらスタンドで見ていたら、同じように歌って盛り上がったはずだ」と思えたそうだ。そのため、次のアウェイゲームで野次られた時には、ランダムに1人の観客を選んで小馬鹿にした感じで笑みを浮かべて手を振ってみたという。すると、その一角にいた敵サポーターが爆笑したのだ。それで「肩の荷が下りた感じがした」という。
結局チェスターフィールドは4部から降格することになり、何名ものスタッフが職を失い、ラムズデールは「これが現実」と人生の厳しさを味わったという。また、アーセナルで優勝争いを演じていた昨季には、FIFAワールドカップ後に奥さんが流産する不幸にもあった。そんなことも今回の記事の中で初めて明かしたラムズデールは「辛い思いをしている人に、『君は1人じゃない』と伝えたいんだ」と綴る。
今夏、アーセナルは新たなGKを獲得するが、それでも“平凡”なアーロン・ラムズデールは、決して腐ることなく守護神の座を守り抜くことだろう。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。