フットボールは才能だけでは成功できない。それを誰よりも痛感しているのは、元チェルシーのMFジェイコブ・メリスかもしれない。
10代の頃、メリスには富と名声の輝かしい未来が見えていたはずだ。16歳の時に100万ポンドでチェルシーに引き抜かれ、19歳にしてUEFAチャンピオンズリーグでデビューを果たしたのだ。しかし、32歳となった今は無職のホームレス。知り合いの家のソファーを借りて寝泊まりするような大変な生活を送っているのだ。一体、メリスに何があったのだろうか。
CLデビューも、その後は低迷
シェフィールド・ユナイテッドの下部組織でキャリアをスタートさせたメリスは、16歳にしてチェルシーに青田買いされた。そして2010年11月には、スロバキアのMSKジリナを本拠地に迎えたCLの試合で試合終盤にピッチに立ち、チェルシーでのデビューを果たした。しかし、彼がチェルシーの試合に出たのはその一度きりだった。
翌年には2部のバーンズリーにローン移籍すると、一度はチェルシーに戻るもすぐにバーンズリーに完全移籍。その後は3部のボルトン、4部のサウスエンドなど下部リーグを転々とし、ケガもあって昨年に現役を引退。今は定職についておらず、その日の寝床を探す毎日を送っている。
彼の選手キャリアの転機となったのは、2012年の“悪ふざけ”だった。バーンズリーの武者修行からチェルシーに戻ってきた彼は、クラブの練習場で大問題を起こしたのである。チームメイトがサバイバルゲームから持ち帰ってきた発煙弾を、練習場のロッカールームで発火させてしまったのだ。
当然、煙が充満した館内は警報器が鳴り響いて大問題に。本人は「それが理由で退団したわけではない」とのちに釈明しているが、事件の直後にチームを追い出されたのは事実である。
悩まされたアルコール依存
これまでメリスは、一つの過ちで一流選手のキャリアを台無しにしたと思われてきたのだが、実際は違うようだ。彼はもっと根深い問題を抱えていたと英紙『Daily Mail』に明かしたのである。実は、メリスは10代の頃からアルコールの問題を抱えていたのだ。しかも、周りから何度も止められながら、忠告を無視し続けたという。
チェルシー時代にも「確か19歳の頃だが、酔って練習に行った時に(当時コーチの)スティーブ・ホランドに呼び出された」というのだ。さらに当時チームメイトだった元ブラジル代表DFダビド・ルイスには「お前、酒を飲んでいるのか?」と注意されたという。見かねたクラブは、元イングランド代表DFアシュリー・コールを指導係につけてメリスを更生させようとした。
それでも若き日のメリスは聞く耳を持たなかった。「当時の僕は横柄だった。自分は試合に出るべきだと思っていた。試合に出られずに苛立ちを覚えると、すぐに夜遊びをして酒を飲んだ」と明かす。「それでもプロ選手としてプレーできているうちは後悔しなかった。自分の実力はこんなもんだろと思うだけだった」
だが現役を引退した後、みんなから「どうしちゃったんだ?」と言われ、ようやく後悔の念に襲われたという。そして、その辛い気持ちを紛らわせるため、さらにお酒に手を伸ばす悪循環が続いているのだ。それでもエリスは、人生をやり直すために新たな一歩を踏み出した。
プロ選手協会に相談してアルコール依存症のクリニックに通うことにしたという。古巣チェルシーも手を差し伸べてくれたそうで、スカウトの資格を取得する場も与えてもらった。「僕は一日中フットボールを見ているし、若いタレントを発掘するのが好きなのさ。それから自分のように道を踏み外さないように助言を与えることもできる」と、何も決まってはいないがセカンドキャリアについて真剣に考え始めたようだ。
まだ32歳。選手としては才能を無駄にしたかもしれないが、人生はこれからだ。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。