「この黄色いシャツを着ることに飢えている」主将カセミーロが語るブラジル代表への思い
2022年W杯後、ブラジル代表にとって初めての実戦となった、先月25日に相手ホームで開催されたモロッコ代表との親善試合。W杯で準決勝に進出し、その時とほぼ同じチームで臨んできた相手に対し、ビニシウス・ジュニオール(レアル・マドリー)のゴールが疑惑のオフサイドで認められない場面もあったブラジルは、W杯を彷彿とさせるモロッコサポーターの熱狂の中で最終的に2-1で敗れた。
後半、ルーカス・パケタ(ウェストハム)のパスから同点ゴールを決めたのは、この試合でキャプテンを務めていたカゼミーロ(マンチェスター・ユナイテッド)だった。W杯直後やこの試合前、そしてその後の彼の言葉を聞くと、今後のブラジル代表における歩みへの強い思いが垣間見えた。今回は、そんなカセミーロの声を紹介したい。
「いつでもブラジル代表にいたい」
優勝候補と言われたカタール大会では、クロアチア代表に延長後半残り3分で同点に追いつかれ、PK戦の末に敗れた。まさかの準々決勝敗退を喫した試合後、いつもなら丁寧に、毅然とした姿勢で自分の意見を語るカゼミーロだったが、他の選手たちと同様、呆然とした様子だった。
「この時のために4年間も頑張ってきたんだから、言葉を見つけるのが難しい。本当に悲しいよ。僕らはみんな、ベストを尽くしたのは確かなのに。ましてや、勝利は僕らの手の中にあったのに、それを逃してしまった」
2002年W杯優勝以降の大会でフランス、オランダ、ドイツ、ベルギー、クロアチア相手に敗退したことで、ブラジルはヨーロッパに勝てなくなっている、という悲観的な見方が国内に広がっている。ただ、カゼミーロの意見は違った。
「ヨーロッパ勢に負ける? W杯にはヨーロッパの代表チームが多く出場しているんだから、対戦する回数も多くその中で負けることもあったということだよ。僕らは良い仕事をしてきたけど、サッカーではそういうことも起こる」
しかし、最多5度のW杯優勝を誇る国でありながら、最後の優勝から20年が過ぎた今、新たな試みとして現在ブラジルサッカー連盟(CBF)は、次期代表監督にヨーロッパの名将を招聘するべく模索を続けている。
新監督がまだ確定していない中で迎えた3月のFIFA国際マッチデーでは、U-20ブラジル代表監督のラモン・メネーゼスが暫定的に指揮を執った。もちろん、ラモンは勝つための準備をしたのだが、今後のために、新たな選手たちに機会を与えることもこの試合の大きな目的としていた。
当初の招集メンバー23人中、カタールW杯出場組は11人のみ。9人がA代表初招集だった。ネイマール(パリ・サンジェルマン)がケガで不在だっただけでなく、メンバー発表後にもマルキーニョス(PSG)とリシャーリソン(トッテナム)が負傷辞退を余儀なくされた。
また、8人がパリ五輪世代、5人は今年1月に開催されたU-20南米選手権の優勝メンバーで、チームの平均年齢は24歳。若手に経験をさせることが重視されたなたで、その目的通り多くの選手が新たな経験をした。勝つに越したことはなかったのだが、コンビネーションが不足していた中でもチームは均衡した戦いをしたと評価されている。
スタメンに起用され、憧れのカゼミーロとボランチとしてコンビを組んだのはU-20代表の主力で、チェルシーからバスコにレンタル移籍しているアンドレイ・サントスだ。
「素晴らしい経験だった。カゼミーロをすごく観察したんだ。僕のアイドル、お手本で、練習のたびに印象強く感じるものがあった」
そうした若手が適応しやすくなるよう、ピッチの中では厳しい一方で、ピッチの外では冗談を仕掛け、笑顔を引き出そうとするのは、カゼミーロの得意技でもある。
「ここには多くの若い選手が来ていて、ブラジル代表であることの喜びを享受している。まさにそうで、僕らの日々はブラジル代表のためにあるんだ。
若い選手たちは意欲的だよ。でも、保証する。僕はここで最も経験豊富な選手の一人になっているけど、僕も初招集の彼らと同じ意欲を持っているし、この黄色いシャツを着ることに、同じように飢えている。なぜなら、僕の夢だからだ。いつでも招集メンバーが発表されるたびに、ブラジル代表にいたい。それが僕の願いだ」
未来の、今の指揮官へのリスペクト
現在、ブラジル代表に関する話題の中心は、やはり次期監督が誰になるかだ。カゼミーロにも再三の質問が飛んだ中、彼の答えは非常に冷静だった。
まずは、国民にもメディアにも非常に信頼されていたにもかかわらず、W杯敗退によって一転、批判の嵐を受けたチッチについてこう振り返った。
「チッチはとても大きな遺産を残してくれた。中でも僕にとっての最大の遺産は、集中して生きる、ということだ。彼は毎日、24時間集中していた。
もし“ほぼ完璧に近い仕事”というものがあるとすれば、それはチッチの仕事だ。もちろん、サッカーでは負ければすべてが間違いで、勝てばすべてが正しいということになるのはわかっている。でも、僕に言わせればそうじゃないんだ。
彼はただブラジル代表で集まって、(国際マッチウィークの)10日間一緒にやる、というわけではなかった。技術スタッフと手分けして、ヨーロッパで僕ら選手たちを視察し、選手としてだけでなく気持ちの面、人間的な面を見るために、クラブにも会いに来てくれた。
彼の仕事の素晴らしさの一つは、そういう人間的な側面だった。6年半もの間、常に仕事に集中し、ブラジル代表に集中して生きてきた。だから、僕にとって彼は3本の指に入る監督なんだ」
現在、次期監督の最有力候補と言われているカルロ・アンチェロッティについても質問が飛んだ。カジミーロはレアル・マドリー時代に、彼の指揮下でプレーしている。
「僕ら選手たちの望みは、ブラジル代表に有能な監督がいてほしいということに尽きる。
アンチェロッティはその経歴に置いて、すでにすべてを勝ち獲っている、経験豊富で素晴らしい監督だ。僕も良く知っているし、友人でもある。彼を尊敬しているし、彼と一緒に仕事をするのはうれしいことだった。
ただ、彼は今レアル・マドリーにいるんだから、彼がいるクラブを、そして彼自身の考えを尊重しなければならない」
彼らしい誠実な姿勢がうかがえたのは、次期監督に関する質問に答える際、一緒に戦っているラモンについても必ず語っていたことだ。
「ここにはラモンという監督がいる。人生にはチャンスというものがあるんだ。もしCBF会長が、望んでいる監督たちと合意しなかったら? ラモンがいる。
彼がここに来たからには、僕は彼をW杯の監督と同じように尊重しているし、他のすべての選手もそうだ」
ラモンには今年U-20W杯があり、来年はパリ五輪もあるため、このままA代表を指揮する可能性は高くはないかもしれないが、彼のラモンへの尊重は変わらない。
「ラモンは良い監督で、勝ちたいという強い意欲を持ち、素晴らしいスタッフとともに仕事をしている。
新たな監督による新たな試合のシステムを理解し、実践するには今回の5日間だけでは難しいけど、彼は素晴らしい仕事をしたよ。自分のアイディアを僕らにスピーディーに伝え、僕らもそれに応えようとした。
もちろん、ブラジル代表である限り、いつでも勝たなければならない。だけど良かったのは、若い選手たちが高いレベルで答えを出したことだ。それは僕らにとって重要なことであり、これから指揮を執る監督にも、新たな選手のオプションを生み出したんだから」
「僕はもう、次に向かっている」
2026年に向けたブラジル代表の再出発に際し、カジミーロはこう締めくくった。
「W杯敗退で、僕は自分の経歴でも最も強い痛みを感じた。1週間後にはクラブでの試合があったから、あの敗戦を消化する時間もあまりなかった。
でも、いつまでも考えているのは、僕の性に合わない。ああすれば、こうすれば良かったという1000の可能性があったとしても、サッカーとは、そして人生とは、その瞬間に決定を下すもの。今を生きなくては。今と言うのは今日、良い練習をすることであり、明日、素晴らしい試合をすることだ。僕はもう、次に向かっている」
Profile
藤原 清美
2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。