イングランドは、11月21日に行われたFIFAワールドカップのグループB初戦でイランに6-2と大勝した。当然、最も称賛を集めたのは19歳にして中盤の中央でゲームを支配し、先制ゴールまで決めたMFジュード・ベリンガムだろう。だが、彼と同じく高い評価を受けたのが右ウィングのブカヨ・サカだった。そして、ようやくイングランドのファンも気付いたことだろう。やっぱり“ジャック・ウィルシャー”は凄かったと――。
フォーデンとの比較が不当な評価に
サカは言わずと知れたイングランドの若き才能だ。昨年のEURO 2020にも19歳で出場してレギュラーに定着。とりわけラウンド16のドイツ戦では、ゴールにこそ絡まなかったが、ライバル国との死闘に熱くなる先輩たちを尻目に、恐ろしいほど冷静にプレーした。右サイドで敵に囲まれても、慌てることなく平然とボールを保持。仕掛けるふりをして相手のプレスを緩めるなど、必ずと言っていいほど彼のところでボールが落ち着いた。そんなサカという“クッション”を挟むことで、イングランドは徐々にペースを握って勝利を収めた。
今季も好調のアーセナルでリーグ戦14試合に出場し、4ゴール6アシストを記録。首位を走るチームの主軸として活躍しているにもかかわらず、どうしても正当な評価を受けていない印象がある。その理由の1つがフィル・フォーデン(22歳)の存在だ。プレースタイルこそ違うものの、同世代の同じレフティで、代表チームではポジション争いを演じている。ペップ・グアルディオラのお墨付きということもあり、イングランドの新時代の“旗振り役”には、サカよりもフォーデンを推す人の方が多いように感じる。
だからウィルシャーは我慢できなかった。イラン戦の前日、ウィルシャーは英紙『The Sun』の自身のコラム内でサカを取り上げると「イングランドのファンは、本当にサカの凄さを理解しているのか疑問に思う」と切り出したのだ。
ウィルシャーも若い頃は“神童”と謡われたが、ケガの影響もあって今年30歳で現役生活に別れを告げた。現在、古巣アーセナルのU-18チームで監督を務めるウィルシャーは「えこひいきと言われるかもしれないが、彼には特別な才能があるんだ」とサカについて綴った。
PK失敗を克服し大活躍
ウィルシャーが最も驚かされたのは、サカの判断力だという。「常に正しい判断をする。信じられないね。まだ21歳なのに、状況に応じて直感的に正しいプレーを選べる。本当に稀な存在だ。私はアーセナルU-18の選手たちに、いつも『サカを見ろ』と言っている。彼はショートパスが必要ならばそうするし、1対1の突破が必要ならばそうする。それができるんだ」
それからウィルシャーは、サカの人間性にも感心させられたそうだ。先輩風を吹かせて偉そうにU-18チームを見に来るような選手とは違うという。「本当に謙虚なやつだ。練習場の食堂で会えば、話しかけてきて選手たちと気さくに握手しているのさ」とウィルシャーは説明する。
そしてサカの人間性を語るうえで避けて通れないのが、EURO 2020決勝でのPK失敗だ。イタリアとのファイナルで5本目のPKを任されたサカは、決めれば同点に追いつくという1本をGKに止められてしまい、頂点を逃した。試合後には一部のファンから差別的な批判も受けた。それでもサカは屈することなくアーセナルに戻ってくると、チェルシーやマンチェスター・ユナイテッドとの大一番でPKを蹴って見事に決めてみせた。
だからウィルシャーはサカに絶大な信頼を寄せる。「昨年のEURO決勝で肝心のPKを失敗しながら、そこから立ち上がり、今ではアーセナルのPKキッカーを務めている。W杯でPKがあれば、彼は間違いなく手を挙げるだろう。過去のことなど全く気にせずね」
するとサカは、ウィルシャーの期待に応えるようにイラン戦でいきなり2ゴールの活躍を見せた。たとえウィルシャーの言葉通り、サカの凄さに気づけていないファンがいたとしても、さすがに今回のイラン戦で気づいたはずだ。サカの真の実力と、ウィルシャーの本質を見抜く洞察力に――。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。