ワールドカップまで残り2カ月——ペドロがつかんだ最後のチャンス
9月下旬のFIFA国際マッチデーに行われる親善試合ガーナ戦(23日)とチュニジア戦(27日)のためのブラジル代表招集メンバーが、9日に発表された。ブラジル国内では、予想から発表後の意見交換まで、その話題で大いに盛り上がり続けている。
W杯まで2カ月強となった今、本大会招集メンバーを決める前の、最後の親善試合だ。代表での近年の功績と、現在のクラブでの好調ぶりから、カタール行きの26人に入ることが確実な選手も多いものの、ここまで代表でプレーしてこなかったのに、サポーターやメディアがW杯招集を期待している選手もいる。
その最たる例が、フラメンゴのストライカー、ペドロだ。
ケガやクラブ事情で大舞台を断念
ペドロは2018年W杯後の9月、代表監督を継続することになったチッチが再スタートを切った、その最初の親善試合で初招集されている。しかし、その招集に涙して喜んだ直後、当時所属していたフルミネンセでの試合で、前十字靭帯を断裂した。
強烈な痛みはもちろんだろうが、その瞬間に彼の頭に浮かんだのは「神様、僕はブラジル代表に行くところなのに!」ということだった。そして、泣きながらピッチを去った後、回復に8カ月を要した。諸条件で合意に達し、あとはサインをするだけの段階だったレアル・マドリー移籍もなくなった。
一方、彼の代わりに追加招集されたリシャーリソンは、初スタメンで2ゴールを決め、そのまま代表に定着した。
再度招集されたのは、それから2年2カ月後の2020年11月、フィオレンティーナを経てフラメンゴでプレーし始めた年だ。南米予選ベネズエラ戦で、後半最後の14分間のみの出場だったとは言え、ラストパスや効果的な動きで好印象を残した。
「ブラジル代表でプレーするという夢が実現できたのはこれ以上ないほどの感動だ。僕が経てきたことすべてを乗り越えたという感動もある。デビュー戦を終えて、プレッシャーや不安も取り払えた。これからも、自分のスペースを獲得するために頑張るつもりだ」
しかし、直後に右腿内転筋に痛みが出て、重傷ではなかったものの次の試合には回復が間に合わず、またしても挑戦は中断された。
ちなみに、東京五輪に招集された時は、フラメンゴが辞退を要請した。彼のクラブでの重要性によるものだが、準備段階の大会や親善試合には幾つか参加していただけに、本大会に出られないのは本人にとって辛い決定だった。
ここでもペドロに代わって招集されたリシャーリソンが、得点王の活躍で金メダルに貢献した。リシャーリソンはフルミネンセ時代のチームメイト。今でもお互いに連絡をし合うほどの親友同士の運命が分かれた形になった。
ゴール量産でファンが代表入りを熱望
そのペドロのW杯招集を、フラメンゴサポーターのみならず、ブラジル全国のサッカーファンが、SNSなどを使ってチッチに要求した。サッカーメディアもペドロの話題を出さない日はないほどだ。
クラブでは一時期、チームの不調と歩みを合わせるようにベンチスタートが増え、リシャーリソンが親友として移籍を勧めたほどだったが、今年6月にドリバウ・ジュニオールがフラメンゴ監督に就任してからは破竹の勢いでゴールを決め続け、チーム復調の原動力となっているのだ。
コパ・リベルタドーレスでは、準決勝を突破した段階で12ゴールを決めて得点ランキングのトップに立つ。決勝トーナメント1回戦、ホームでのデポルテス・トリマ戦では1人で4ゴールを奪い、準決勝アウェイでのベレス・サルスフィエルド戦ではハットトリックも決めた。
さらに現時点で、ブラジル全国選手権でも7ゴール、コパ・ド・ブラジルでも2ゴール。ここまでチッチから招集されているFW陣にも絶好調の選手は多いが、やはり国民にとっては、ヨーロッパで活躍している選手よりも、ブラジルにいて、目の前でゴールを決め続けるペドロに熱狂する、というのもあるだろう。
そのペドロを、チッチが9月の親善試合に招集した。チッチは招集理由について、本人の好調ぶりや特徴を挙げながら語っている。
「代表での起用法? 可能な限り、フラメンゴでの起用法と同じようにしたい。ペドロは典型的な背番号9。最後にボールに触り、フィニッシュを決める選手だ。引いて徹底的に守りを固めるチームに対しては、サイドからのボールをヘッドで決める選手が必要だ。コパ・リベルタドーレスのベレス戦でのゴールがそれを示している。そして、攻撃を組み立てる力も素晴らしい」
メディアに問われるたびに「僕はやるべきことをやるだけ」「諦めてはいない」と控え目に語ってきたペドロは、この招集に歓喜するというより、噛み締めるようにこう語っている。
「成長とは、人生で最も美しいプロセスだ。間違ったり修正したり、倒れたり立ち上がったり。迷いも確信もある。ここフラメンゴで、僕はそのあらゆる段階を過ごしてきた。そしてどんな時でも、成長しようとしてきた。“成長”という言葉を信じているからだ」
最後の最後に取り戻したチャンス
チッチは他の選手たちと同様、ペドロのことも長きに渡って観察してきた。彼が代表で過ごす今回の9日間と2つの親善試合だけで、すべてが決まるわけではないだろう。
しかし招集された以上、何らかの形で応えてくれることを、サポーターやメディアが期待するのはやむを得ない。チッチはこう語っている。
「我われはいつでも選手たちに『最高のレベルを維持するように』と話している。選手がすべきことは、自分のベストを尽くすことだ。そして、戦って欲しい。その後で選ぶのが我われの役割だ」
ケガで失ってきた代表のチャンスを、25歳になり、大きく成長を遂げたタイミングで、最後の最後に取り戻した。ペドロはカタールへの切符をつかむことができるのか。多くの国民が見守っている。
Photos: Marcelo Cortes/Flamengo, Lucas Figueiredo/CBF
Profile
藤原 清美
2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。