7月5日、イニャキ・ウィリアムス(アスレティック・ビルバオ)がガーナ代表でプレーすることを発表した。
ガーナとの二重国籍である上にスペイン代表でのプレー経験は1試合しかないので、FIFAの規定上、何ら問題はない。この発表は代表招集確定とセットになっているはずで、カタールではガーナのユニフォーム姿が見られるはずだ。
ウィリアムスがスペイン代表でプレーしたのは2016年5月のこと。以来、ルイス・エンリケから招集される気配は皆無だったので、W杯に出られる国を選んだ、ということだろう。
ビニシウスは2年待ち
FIFAは2年前、代表チーム変更の条件を大幅に緩和した。
ロシアW杯でモロッコ代表でのプレーを望んだムニルは、スペイン代表でのプレー経験が十数分あるというだけで認められなかったのだが、カタールではモロッコのエースとして大いに期待されている。
選手に新たな扉を開くという意味では、二重国籍など条件付きで代表チーム変更を許可するのは良いことだと思う。
だが、では次のようなケースはどうか?
6月27日、あるアメリカ人バスケットボール選手のスペイン国籍取得が発表された。9月の欧州選手権のための“補強”であり、国籍取得=代表招集となるはずだ。
スペイン国籍取得には通常2、3年かかる。ビニシウス(レアル・マドリー)は手続き終了からもう2年待っている。彼がスペイン国籍を取得できればEU外枠が1つ空き、久保建英に枠が与えられるかもしれないのだが、なにせお役所仕事。コロナ禍による遅延で30万人が手続き待ちなので、今年中の取得も無理ではないか、という声も出ている。
国籍取得は不公平
さて、ビニシウスは茨の道(一般申請)を選んだが、このアメリカ人選手のように国籍がスピード取得できる特権がスポーツ選手にはある。
例えば、昨夏アイメリク・ラポルテ(チェルシー)がEURO2020に間に合ったのも、3年前にアンス・ファティをU-17W杯へ送り込む寸前までいった(結局ケガで出場は叶わず)のも、この特権のお陰。連盟から懇願された政府が関係各所に働きかけ、ちょちょっと会議をすればパスポートが出る。
ご存知のように、スポーツは国威発揚と政治家の人気取りにはもってこいだ。五輪やW杯、欧州選手権でトロフィーを掲げるためと言えば、一般人には全く効かない融通がもの凄く効くというのが真実なのだ。
現政権は左翼(社会労働党)であり、市井の労働者の味方のはずなのだが、スポーツエリートに特例を連発する点では、保守党との差はまったくない。ビニシウスの国籍取得がレアル・マドリーを利するためではなく、スペイン代表を利するためであれば、喜んで国籍をプレゼントしたに違いない。
とはいえ、こうした明らかに不公平な、政治絡みの汚なさを呑み込んだとしても、今回のアメリカ人選手のケースには大いに問題がある。
なにせ、彼にはスペイン在住経験がなく、スペインのクラブでプレーしたこともなく、ルーツがスペインにあるわけでもない。唯一のスペインとの繋がりは代表監督の知り合いだった、ということだけなのだから。
これが通るなら、ルイス・エンリケだって我がままを言いたくなるに違いない。
Photo: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。