2012年から10年間もバーンリーを率いていたショーン・ダイシは、解任されてもなお格好いい男だ。
バーンリーをプレミアリーグに定着させてきた指揮官は4月15日、シーズン残り8試合のところで解任された。確かにチームは降格圏に沈んでおり、6年ぶりに2部リーグに降格する可能性が現実味を帯びていたため、特効薬として監督交代に踏み切ったクラブの判断も理解できる。事実、バーンリーはダイシ解任後、1勝1分けと浮上のきっかけをつかみつつある。
解任を批判する声が殺到
しかし、これまで限られた予算の中で結果を残してきたダイシを切り捨てたクラブ首脳陣には批判が殺到した。元イングランド代表のギャリー・リネカーが「残り8試合でダイシを解任するなんて、マジでクソみたい行為だ」とSNSに書き込めば、解説者として活躍する元選手たちも続いた。「彼は何年もバンタム級の予算でヘビー級の相手と戦い続けてきた」とギャリー・ネビルがツイートし、ジェイミー・カラガーは「馬鹿げている。ちゃんと予算を与えていれば降格を心配する必要もなかったはずなのに」と憤りを書き込んだ。
ダイシにちなんで『ロイヤル・ダイシ』というパブを経営するファンも「ダイシは限られた予算で奇跡を起こしてきたので、生涯バーンリーの監督を務める権利があったはず」と主張した。だが、当の本人はどこ吹く風。ニューヨークで1年の休暇を取るわけでもなく、解任された翌日にはユース時代を過ごしたノッティンガムの町に顔を出して友人とパブでお酒を飲み、ファンに声をかけられれば喜んで一緒に写真を撮った。
その翌日にはライブ会場に顔を出した。大物シンガーのコンサートに招待されたわけではない。マンチェスター出身の著名バンドを真似た“コピーバンド”たちが出演した『あのマンチェスターの夜』というライブだった。ダイシは解任された後も、自分を憐れむことなく、普通に自分の人生を楽しんでいるのだ。
フットボールに執着しない監督
確かにダイシは、過去に「フットボールに執着しない」と『Sky Sports』のインタビューで語ったことがある。
「アメリカのトップ100の企業は執着しないCEOを求めると聞いたことがある。執着すると燃え尽きるし、自身の考えから抜けられず鋭い判断ができなくなる。私は毎日フットボールとともに生きている。だが、家に帰ってからもずっと映像を見るようなことはしない。自分の仕事にはそれなりに自信があるので、過剰な情報に溺れたくないんだ。私は監督業や仲間との仕事には執着するが、フットボール自体には執着しない」
だからダイシはフットボールの枠を超えて監督業やコーチングと向き合った。オックスフォード大学のボートクラブを始め、ラグビーやNFL、F1など他競技の関係者とも親しくした。「多くの指導者はアヤックスの練習を見学に行くが、私はパスやシュートの練習法はそれなりにわかっている。だから、もっと大きなことを学びたい。文化や環境などをね。そのため会計事務所の『KPMG』を訪れたこともあるんだ。形は違ってもマネージメントはマネージメントだからね」
そして選手に求めるのは「姿勢」だった。戦術や練習の話をする前に、まずはすべてを出し切ることを選手たちに告げた。「時代錯誤かもしれないが、すべてを出し切る精神は非常に重要なことだ。それが基盤にあり、そこに戦術、フォーメーション、クオリティ、組織力を積み重ねていくのだ」
「彼なら脱出法を見つけ出せる」
当然、マンチェスター・シティやリバプールのような緻密でモダンなスタイルとはいかない。「相手の土俵で戦ったら勝てないだろうからね」とダイシは説明した。
「我われは良いフットボールをしたいが、それは効率の良いフットボールだ。シティを相手にパス回しで勝つことはできない。自分たちのパフォーマンスレベルを最大限に上げることが大切なんだ。グアルディオラ監督は相手チームを『良いサッカー』と褒めることがある。大抵、自分たちが5-0で勝った試合なのさ!」
そしてダイシは、リバプールのユルゲン・クロップ監督と何度も衝突した。一度など、選手通路で言い合いになるほどヒートアップしたこともある。それでも彼らは互いを認め合っていたようだ。クロップ監督は昨年、あるインタビューで「他の監督と一緒に無人島に取り残されるとしたら?」と聞かれ、ペップ・グアルディオラと親友のダニエル・ファルケを選んだ。
だが、インタビュアーに無人島から脱出しないのかと聞かれると「それならばショーン・ダイシだ。彼なら脱出法を見つけ出せるかもね」と、何度もいがみ合った監督の名前を挙げたのだ。
飾らず、勤勉で、無人島でも活躍しそうなタフな男。ショーン・ダイシが再びプレミアリーグに戻ってくる日が待ち遠しい。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。