チェルシーは、過去に下部組織を批判されたことがあった。世界中の若いタレントを青田買いしながら誰もトップチームに定着できず、彼らのアカデミーには「未来がない」とまで言われたのだ。
事実、元主将のDFジョン・テリーが1998年にデビューを飾ってから2017年までのおよそ20年間、チェルシーではトップチームのレギュラーに定着する生え抜き選手が1人も出てこなかったのである。
2017年11月、デンマーク代表DFアンドレアス・クリステンセンがテリー以降のアカデミー出身者として初めてプレミアリーグの試合に3戦連続スタメン出場した時には大々的に報じられたほどである。それが今では“ホームグロウン選手”の宝庫となっているのだ。
今季はリーグ戦でチーム最多ゴールを決めているMFメイソン・マウントを筆頭に、DFリース・ジェイムズ、FWカラム・ハドソン・オドイ、DFトレボー・チャロバー、MFルーベン・ロフタス・チーク、DFクリステンセンといった生え抜き選手が躍動しており、FIFAクラブワールドカップを制して世界一に輝いた。
2019年に訪れた転機
一時は「未来がない」と言われたチェルシーの下部組織に何が起きたのか。転機が訪れたのは2019年のことである。チェルシーは18歳未満の選手の補強に関してルール違反があったとして、2019年にFIFAから補強禁止処分を受けた。そして同年夏、マウリツィオ・サッリ監督の後任としてクラブOBのフランク・ランパードを招聘すると、補強という手っ取り早い手段を断たれた新監督は、歴代の指揮官が軽視してきた若い才能に目を向けたのである。
そして、自身がイングランド2部のダービーを率いていた頃にチェルシーからローン契約で獲得したこともあるMFマウントに、チェルシーでのデビュー機会を与えた。その後もDFリース・ジェイムズやDFタリク・ランプティ(現ブライトン)、DFマーク・グエーイ(現クリスタルパレス)など、計8名もの生え抜き選手をデビューさせたのである。
そんな転機が訪れるなど、誰が想像できただろうか。マウントの父親であるトニーさんは、チェルシーの下部組織に所属していた息子に移籍を勧めたことがあったという。「チェルシーのアカデミーは、指導や設備などはワールドクラスだった」とトニーさんは『BBC』に説明した。「しかし息子は(2015年に)スカラーシップ契約を結ぶまで9年間もアカデミーに所属しながら、その頃は先が見えなかったんだ」
トニーさんはこう続ける。「テリー以降、トップチームに定着したアカデミー出身者は1人もいないと息子に伝えたんだ。だから私は息子の将来を考えて、他のクラブとも話し合うことにした。でも、メイソン本人が他には行かないと言い切ったのさ。このクラブに残るとね」
今思うとメイソンの決断は正しかった。補強禁止処分とランパード監督の就任が重なり、若手にチャンスが回ってきたのである。それについてトニーさんは「タイミングが良かっただけさ」と振り返り、「親の視点から見ると、補強禁止処分はこれまで起きた最高の出来事だった」と語る。
以前は「マネキン扱い」だった
それまでもチェルシーの下部組織にはダイヤの原石がいたが、彼らはトップチームでチャンスをもらえず、他のクラブへと巣立っていた。その原因ついてトニーさんは、度重なる監督交代を挙げる。2003年にロマン・アブラモビッチがクラブを買収して以降、チェルシーは19年間で15回も監督を替えてきた。「チェルシーでは長期政権を築ける可能性がほとんどない。だから、どの監督も若手を優先しなかった」とトニーさんは指摘する。
だが、ようやく若手に光が当たるようになり、クラブの文化も変わったという。今では普通に若手がトップチームの練習に参加しており、アカデミーの選手がトップの練習に呼ばれるのは珍しいことではなくなった。チェルシーでも昔からあったことだが、以前は“練習道具”のように扱われたという。
「息子は言っていた。トップチームの練習に呼ばれるのが嫌だったと。“マネキン”扱いだからね」とトニーさんは明かす。「モウリーニョ政権時代は、トップチームの練習に呼ばれた若手は(練習で使う)マネキンと同じだったのさ。それが今では、若い選手たちが普通にトレーニングに参加しているんだ」
だから今後もチェルシーの若手には注目したい。今季ローン先のクリスタルパレスでリーグ戦8ゴール3アシストの結果を残しているコナー・ギャラガー(22歳)もチェルシー下部組織の出身で、来季は西ロンドンでの活躍が期待される。このように、あの“補強禁止”をきっかけにどんどん若い才能が台頭しているのだ。
無論、これはチェルシーだけの話ではない。今季、リーズはプレミアリーグの1シーズンの最多記録となる8名もの10代選手をリーグ戦でデビューさせた。チェルシーでは補強禁止がきっかけになったが、他のクラブでは補強の妨げとなる“コロナ禍”や“ブレグジット”が若手の転機となっている。
だから今後もプレミアリーグの若手の台頭が楽しみだし、そうなると昨年のEURO 2020で準優勝したイングランド代表のさらなる飛躍も期待できそうだ。
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Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。