今季最大のサプライズ、ラジョ・バジェカーノの勢いが止まり始めた。昇格組ながら欧州カップ戦出場圏を維持し続けてきたが、2022 年に入ってから1分4敗で11位に転落。快進撃を続けてきたコパ・デルレイでも準決勝第1レグで敗れた。
「たくさんの問題が放置されている」
昇格組の勢いが後半戦に止まるのはよくあること。2部とは比べものにならないほど要求水準の高い試合が続き、心身ともに疲労が溜まってくるのがこの時期だ。カップ戦との二足のわらじを履いてきた事情もある。2部生活が長く、苦しむことを知っているファンは、アンドニ・イラオラ監督が率いるチームに対して不満を抱く様子はまったくない。
が、フロントに対しては別だ。先週末オサスナにホームで大敗(0-3)した後も「プレサ出て行け!」とマルティン・プレサ会長の辞任を要求するコールが起きていた。
ここ数年、勝っても負けても日常茶飯事となっている光景である。この試合の前半、ゴール裏が空席だったのも、抗議の応援ボイコットだった。
オサスナ戦後にキャプテンのオスカル・トレホは次のようなメッセージを出した。
「胸に痛いのは今日の敗戦ではなく、クラブのイメージの方だ。たくさんの問題が解決されないまま放置されている。1部リーグに戻った素晴らしいシーズンなのに、状況は悪化するだけ。女子チーム、下部組織、我われ、ファン……」
ラジョの内部で何が起きているのか? なぜ会長とファンの間で軋轢が起きているのか? それを語るには、ファン気質を知る必要がある。
会長の言動にファンが反発
ホームタウンのバジェーカスは、多くの労働者が住む決して裕福とは言えない街であり、ファンは「日常を忘れるために」週末にスタジアムに足を運ぶ。「ラジョはジャイアントキラーであれば良い」「人種差別、弾圧、サッカーのショービジネス化に断固反対」「ブックメイカーを憎む」(以上、カッコ内はすべてウルトラスの宣言から)。
ウルトラス(=フーリガン)と言えば極右のイメージがあるが、貧しい人たちの助け合い精神が基礎にあり、ここは左翼。ウルトラスも他のファンクラブと協同して、食料の分配や家賃の未払いで追い出されそうな人への寄付などの慈善活動を積極的に行っている。
ラジョ監督時代のパコ・へメスが、自費でラジョファンのホームレスへの家賃補助をしていたことも記憶に新しい。
そんな気質とプレサ会長のやっていることが合わない。
ナチズムを信奉する選手と契約を結ぼうとしてファンの猛反発に遭い断念したのは2017年のことだが、懲りた様子はまったくない。
昨年から今年にかけて、極右政党のリーダーを選挙のタイミングでVIP席に招待。女子プロチームの選手と正式契約を結ばないままプレシーズン突入。女子には駐車場を使わせず、チームには医者を同行させない。女子チームの新監督に、婦女への集団暴行をそそのかす発言をした人物を就任させる。開幕に間に合わせるはずのホームスタジアムの改修は今もキャパの3分の1、約4000席が工事中で、多数の年間会員は席がないまま――。
ラジョ・バジェカーノSADは株式会社であり、プレサはその97%の株を握るオーナーである。庶民のクラブではあるが、その実体は私企業であるから、独裁的な経営者がいても、ファンが文句を言う筋合いはなく、プレサにとっては痛くも痒くもない。
そんなビジネスの現実とファンのロマンの衝突。世界中のプロクラブで大なり小なり起こっていることが、ここでも起こっている。
Photo: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。