ネイマールのドキュメンタリー公開。波乱に満ちたその人生に迫る
「ネイマールの真の人間性に迫った」という触れ込みで話題になっていた彼のドキュメンタリー『パーフェクト・カオス』が1月25日、Netflix で公開になった。
2017年夏にバルセロナからパリ・サンジェルマンに移籍してきて以来、フランスではプレーよりも「パーティー好き」「すぐにケガをして肝心な試合で使えない」「勝手に転んで無駄に痛がる」といった素行面ばかりが注目されていることを自覚してか、ネイマールは自身のドキュメンタリー公開について「僕のことを知らずに僕について悪いことを言っていた人たちが、これを見て少しでも僕に好感を持ってもらえたら」と『ESPN』とのインタビューで話していた。
ファベーラからCL決勝へ
タイトルの『パーフェクト・カオス』は、彼の人生を表現したものなんだそうだ。
彼にとって最初のカオスは生後6カ月。一家で交通事故に遭ったが、後遺症もなく生き延びた。「これまでもいろいろすごいことが起こっても、なんだかんだ良い感じで進んできたのが僕の人生。だからパーフェクトなカオスなんだ」
物語はファベーラのストリートでボールを蹴っていた時代から始まる。ペレの出生クラブでもあるサントスに見出され、そこで2011年、48年ぶりのコパ・リベルタドーレス優勝を実現したヒーローとなる。
21歳でブラジルを出てバルセロナへと羽ばたき、大ケガを負った自国開催の2014年W杯での屈辱など、ブラジル代表での経験を追いながら、PSG移籍を経て2019-20シーズンのUEFAチャンピオンズリーグで決勝進出を果たすまでが、関係者や本人、家族、そして代理人でもある父親のコメントを交えて描かれている。
全編を通して印象的だったのは、彼が、まさにプレーと同様、感覚で生きている人、ということだ。
2017年夏にバルセロナからPSGに移籍した時、多くのメディアがその理由を「バルセロナにいては自分が王者にはなれない。いくら活躍しても、手柄はメッシのもの。彼は自分が大エースになりたいのだ」と邪推した。
しかし本人は「全然そんなことではない。メッシのことも大好きだ。ちょうどいい時期だと思った。人生が変わる時期かなと」と、そんなフィーリングで契約書にサインしていたのだった。
けれどPSGでの日々は思い描いたほど順調ではなく、本人いわく「栄光より苦労のほうが多い」となり、2019年夏にはバルセロナ復帰を希望している。
良くも悪くも、自分が感じたままに行動するのがネイマールという人で、それが「いくつになっても子供」と非難されるゆえんとなっているのだ。
常に重圧と隣り合わせ
ただ、そんな気分任せのキャリアであっても、彼の人生が常にプレッシャーと隣り合わせであることはひしひしと伝わってくる。それも、「世界で最高額の選手」という看板や、世界中のファンからのとんでもない大きさの期待を背負うという、普通の人にはおよそ想像つかない規模のものだ。
昨年の東京五輪でも、アメリカ体操界の大スター、シモン・バイルスが「自分の精神面の健康を優先する」と言って一部の競技を欠場したことで、アスリートのメンタル問題に注目が集まったが、「そうしたプレッシャーに打ち勝つのもトップに立つことの一部」と言われて育つ彼らも人間。どこかで精神的なバランスを取る必要がある。ネイマールの場合、その手段の1つが親しい仲間や家族、息子とのパーティーなのだろう。
それに彼ぐらいのスター選手になると、サッカーの枠だけでは済まなくなる。
2006年、ネイマールがまだ14歳の頃に両親が設立した、彼の利権やブランディングを管理する会社『NR Sports』には、現在215人の社員がいるという。彼は選手としてピッチで結果を出すだけでなく、社員215人の生活も背負っている。
社長である父は、引退後もブランド力で収入を得られるようイメージ作りに必死で、ネイマールが世間を騒がせるたびに「わかっているのか? 選手生活に影響が出れば、今までの努力が無駄になるんだぞ」と言って聞かせるのだが、それは選手としてのキャリアについての心配なのか、それとも築いてきたブランドイメージのことなのか。
もちろん、どちらもネイマール本人のためでもあるだろうが、子供の頃からメンターだった父は「最近はむしろビジネスパートナーのような感じ」だと、ネイマールは少し寂しそうに言っていた。
ただ、やはりピッチ上でのネイマールの存在感は圧倒的なのだと、チアゴ・シウバ等チームメイトは証言している。ネイマールが勢い付くと周囲も勢い付き、チーム全体で最大級の力が出せる。いわば、彼はチーム全体を「上げる」ことのできる存在であるのだと。
共闘したチームメイトだけが実感できるこうした意見を聞けるのは貴重だ。
メッシは好感度が上がる
それで実際、3話全部を見てネイマールの好感度が上がりそうかというと、自分のようにもともと彼が好きな人は好きなままだろうが、アンチの人はどうだろうか、と微妙なところだ。
「自分の人生なんだから、自分の好きなように生きる。それのどこが悪い?」
「人は僕を妬んでいるだけだ。僕はピッチで活躍するし、プライベートでも楽しんでる。誰もができることがじゃないけど、僕にはそれができるから」
こんなセリフを吐いたものなら、PSGサポーターから「CLで優勝してから言え!」と怒声が聞こえてきそうだ。
むしろ好感度が上がったのはメッシかもしれない。
鳴り物入りでバルセロナに迎えられた後、思うような結果が出せず、更衣室のトイレで泣いていたネイマールに対し、メッシは「サッカーだけに集中しろ。僕がいるから大丈夫だ」と励ましたそうだ。
そこから覚醒したように本来の力を発揮できるようになった、とネイマール本人が語っているのだが、メッシがそれについて「僕は何も教えていない。彼自身が期待どおりの成長をしただけだ」と謙虚に語っていたのがなんとも素晴らしかった。その2人がまたPSGでチームメイトになるとは縁が深い。
「人生がもっとゆっくりだったら、冷静になれたかも」。そんな言葉が出るほど、一気にキャリアを駆け抜けてきた彼も、2月5日で30歳になる。
そしてフランスメディアでの話題はやっぱり「現在も負傷欠場中のネイマールが、今年はどんなバースデーパーティーをやらかすか」だ。
Photos: Getty Images
Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。