6月30日、メキシコ代表とパナマ代表は、アメリカのテネシー州ナッシュビルで国際親善試合を行った。会場となったニッサン・スタジアムでは、ある“異変”が起こっていた。
長年の慣習が取り締まり対象に
現在、EURO2020やコパ・アメリカが開催されているが、北中米カリブ海地域でも7月10日からCONCACAFゴールドカップが行われる。パナマにとって、この試合は同大会に向けてのテストマッチ。一方のメキシコは東京五輪に向けてのテストマッチと位置づけ、24歳以下の選手にGKギジェルモ・オチョア、MFアレクシス・ベガ、FWヘンリ・マルティンというオーバーエイジの3人が先発に名を連ねた。
ニッサン・スタジアムには約3万人の観客が集結し、その大半はメキシコのサポーターだったのだが、メキシコサッカー連盟(FMF)は近年、サポーターのある行動に悩まされ続けていた。
相手GKがゴールキックを蹴る際、メキシコのサポーターは「男娼」を意味する言葉を一斉に叫ぶ。これはメキシコサッカー界で長年にわたって続く慣習であり、サポーターたちは言葉に意味を込めて叫んでいるわけではないため見過ごされてきたが、あらゆる差別行為の撲滅を目指すFIFAは近年、この掛け声に対する取り締まりを強化しつつある。
実際、3月の東京五輪予選で発せられた同じ掛け声に対し、FIFAは同性愛者差別チャントとみなし、男子代表のW杯予選2試合の無観客開催などの処分を下している。今後も同様の行為が見られた場合、W杯予選での勝ち点の剥奪や、最悪の場合は予選からの締め出しなどの処分も科せられてしまうため、FMFも頭が痛いところだった。
バナーやマイクで呼び掛け
このパナマ戦では、選手が入場して国歌斉唱が行われる間、センターサークルには以下のようなメッセージが記されたバナーが敷かれた。
「すべてのサポーターは、差別的なチャントを含むファンの行動規範を遵守する必要がります。その行為が認められた場合、当事者の排除や試合の中断、あるいは中止になる可能性があります。それらが発生した場合、チケットの払い戻しは行われません」
また、キックオフ前には選手たちがセンターサークルバナーの周囲に並び、この試合でキャプテンを務めたオチョアがマイクを取って、サポーターにこう呼びかけた。
「メキシコ代表チームの一員として、今夜ここで皆さんとお会いできることをうれしく思います。そして、皆さんにはこれからもスタジアムに来てもらい、アメリカやメキシコで我われをサポートしてほしいと思っています。そのためにもお互いを尊重し、ライバルを尊重し、レフェリーを尊重して行動するようお願いします」
こうした対策が功を奏し、この試合では当該の掛け声が激減した。完全にゼロになったわけではなく、掛け声が発せられる場面もあったが、それも一部のサポーターによるもの。その後は試合終了まで平穏が保たれ、代表を率いるヘラルド・マルティーノ監督も「サポーターに感謝したい。これがゴールドカップやW杯予選でも続くことを望んでいる」と試合後に謝意を述べた。
Photo: Getty Images
Profile
池田 敏明
長野県生まれ、埼玉県育ち。大学院でインカ帝国史を研究し、博士前期課程修了後に海外サッカー専門誌の編集者に。その後、独立してフリーランスのライター、エディター、スペイン語の翻訳家等として活動し、現在に至る。