あのジャック・ウィルシャーが、1年5カ月ぶりにゴールネットを揺らした。
昨年10月にウェストハムとの契約を解除した元イングランド代表MFは、今月18日にイングランド2部のボーンマスと今季いっぱいの契約を結ぶと、26日に行われたFA杯4回戦のクロウリー・タウン戦でスタメン出場し、先制ゴールを決めてチームを2-1の勝利に導いた。FWジョシュア・キングが落としたボールを、ボックス外から得意の左足でカーブをかけてゴール隅に蹴り込むファインゴールだった。
ロックダウンで国内移籍を決意
4部のクラブを相手に奪ったゴールが、ウィルシャーにとって再スタートの足掛かりとなる。そもそも、なぜ彼はボーンマスでプレーしているのだろうか。
昨秋の時点で、イングランド代表34キャップを持つMFに興味を示すクラブは少なくなかったという。ウェストハムとの契約を解除したことで移籍のネックになっていた週給1500万円の契約がなくなり、自由に移籍先を選べる身となったからだ。
英ラジオ局『talkSPORT』では「これまでとは違うことに興味がある。スペインやイタリアとかね」と海外移籍をほのめかしながら、自身が立ち上げたサッカースクールのスタッフとともに体を動かしてコンディションを保っていた。
そんなウィルシャーにはアメリカのMLSに挑戦する噂も出たし、スコットランドのレンジャーズという話も出た。本人いわくアジアのクラブからも誘いはあったという。さらにスポーツ情報サイト『The Athletic』によると、ギリシャのAPOELニコシアを率いていたミック・マッカーシーからの誘いもあったそうだが、11月に英国が2度目のロックダウンに入ったため、ウィルシャーは身動きが取れなかったという。
そこでウィルシャーは、アーセナル時代にローン移籍したボーンマスのジェイソン・ティンドル監督に直談判して練習に参加させてもらい、今季いっぱいの契約を勝ち取ったのだ。入団後の初会見では「これまで毎日のように練習するのが当たり前だった。でも、少し離れたことで、それがどれだけ恋しいか、そしてどれだけ自分がフットボールを愛しているかに気づけた」と語った。
ゴールを決めても喜ばず
だが、その会見で、ウィルシャーは自分が“過去の人”であることを思い知らされることになる。あのウィルシャーが復帰したというのに、オンライン会見ではアーセナルを退団したメスト・エジルについての質問が2度も彼に寄せられたのだ。
もちろん本人だって現状は十分に理解している。「自分のことを今でもプレミアリーグの選手だと思うか?」と聞かれたウィルシャーは「現時点で自分は2部の選手なので、プレミアリーグの選手だとは思っていない」と答え、自らの手でボーンマスをプレミアリーグへ引き上げることに専念すると誓った。
そして今回のFAカップ4回戦のクロウリー戦でゴールを決めると、ウィルシャーはガッツポーズをすることもなく黙って下を向いた。別に感極まったわけではない。「喜び方を忘れてしまった」と試合後に明かしたという。「コロナ対策のルールなども頭をよぎったしね。それに久しぶりのゴールだったので、少し呆然としたのさ」
勝ち上がったボーンマスは、次のFAカップ5回戦でバーンリーと対戦する。残念ながら古巣アーセナルはすでに敗退しているため、このまま勝ち上がっても対戦することはない。だが、仮にボーンマスが1年でプレミア復帰を決め、ウィルシャーが来季もチームに残るのであれば、再びエミレーツスタジアムのピッチに立つ彼の姿を見られるかもしれない。
29歳となった“元イングランドの未来”の今後に注目したい。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。