今季のプレミアリーグで少し気になるチームがある。ロンドンを拠点とするクラブ、チャールトン・アスレティックだ。
クラブ自体は3部だが…
説明するまでもないが、チャールトンはプレミアリーグに在籍していない。それどころかイングランド2部リーグにもいない。2007年にプレミアリーグから降格して以降、一度もトップリーグに返り咲けておらず、昨シーズンは2部で22位となり3部リーグへと降格した。
それでもチャールトンは、今シーズンのプレミアリーグに間違いなく影響を与えている。彼らの下部組織出身者がプレミアリーグで活躍しているのだ。有名なところではフルアムのスコット・パーカー監督やイングランド代表歴を持つニューカッスルのMFジョンジョ・シェルビーだろう。
だが、彼らだけではない。例えば、今はケガで長期離脱を強いられているリバプールのDFジョー・ゴメスもチャールトンの下部組織出身だ。彼は10歳からチャールトンに所属し、18歳の時にリバプールに引き抜かれ、今ではイングランド代表でも活躍する選手へと成長した。
そして今季のプレミアリーグでは、ゴメスの同期が躍動している。ゴメスと同様にチャールトンのU-18チームで若くして注目を集めたのが、今季フルアムでリーグ戦2ゴール2アシストの活躍を見せているアデモラ・ルックマンだ。彼はチャールトンを巣立った後、エバートンやRBライプツィヒでくすぶった時期もあるが、今季はスコット・パーカー先輩の指導の下、フルアムで結果を残している。
FWカーラン・グラント(ウェストブロミッチ)やDFエズリ・コンサ(アストンビラ)もゴメスたちの同期だという。彼らもまた、それぞれのクラブで主力として活躍している。
人生の先輩として若手を指導
そんな彼らをチャールトン時代に指導していたのがジェイソン・ユーエルだ。往年のプレミアファンには懐かしい名前だと思うが、現役時代にウィンブルドンやチャールトンで活躍したユーエルは2012年からチャールトンの若手を指導し、現在はU-20イングランド代表のコーチも兼任している。
武闘派集団として名を馳せたウィンブルドンのOBが若手を指導することに若干の違和感を覚えるが、様々な経験をしてきた彼だからこそ育てられる才能もあるようだ。43歳のユーエルは、過去に不動産投資で騙されて破産したこともあるし、死産という悲しい経験もした。そして黒人選手として差別を受けたこともあった。
だから人生の先輩として若手を指導するという。そしてウィンブルドンで学んだことは大いに役立ったというのだ。もちろん、当時のような“教育”はもう許されない。「当時とは違う」とユーエルは英紙『The Times』に説明する。「横っ面をひっぱたくことはできないからね」
ウィンブルドンの若手時代、ユーエルと同期の選手が控え室の掃除を怠り、互いに責任を擦り付けたことがあった。すると当時のトップチームの選手たちが、決着を付けさせるために2人を近くの小さな川に連れて行ったという。そして小川にかかった木の上に2人を乗せ、落とし合わせたというのだ。
2020年の今では大問題になることだが、ユーエルはそういった経験も糧になったという。「誰かが尻拭いをしてくれると思ってはいけない。決して手を抜かないことなんだ。それは人生において重要なことで、私は今の若手選手たちにもその点を指導する」と語る。
厳しいが思いやりあるコーチ
だから選手たちがやるべきことをやらなかった時は罰として走らせる。そして、そのランニングを本気で取り組むか、適当に走るのかで選手たちの人間性を見極めるそうだ。そんな厳しい一面を持つユーエルだが、選手たちには人一倍の愛情を注いでおり、今でも教え子と連絡を取り合っているという。
先月、フルアムのルックマンがウェストハム戦で失態を演じた。試合終了間際に同点に追い付く絶好のチャンスを得るも、PKキッカーを任されたルックマンが“パネンカ”を試みてGKにキャッチされてしまったのだ。当然のように批判にさらされた教え子に、ユーエルは連絡を入れたという。
「確かにあれは間違いだった。まずはそれを認めろ。そして前に進め。この失敗を取り返さなくてはいけないことは、お前自身が分かっているだろ」と叱咤激励したという。するとルックマンは、汚名返上とばかりにそれ以降の4試合で1得点2アシストと結果を残した。
ユーエルが連絡を取るのはゴメスやルックマンといったスター選手だけではない。チャールトンの下部組織からプロ選手になれなかった者とも連絡を取っているという。「誰かの人生において少しでも役に立てたなら最高だよ」
イングランドの次世代のタレントを育むコーチは、ちょっと厳しいが、誰よりも思いやりのある男だ。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。