恋に落ちるきっかけは様々だ。いつ、どこで、どんな形で恋に落ちるかは神のみぞ知る。ただし、その相手がフットボールクラブとなると、多くの場合は出身地や親の影響で“許嫁”が決まる。しかし親の強要にも負けず、故郷とはまったく違う場所のチームを好きになる者もいる。ランフランコ・デットーリもそんな1人だ。
イタリアのチームを捨てた過去
この名前を聞いてピンとくるサッカーファンは少ないだろう。しかし、競馬好きなら「フランキーね」とすぐに気づくはずだ。というのも、彼は“歴代最高”との呼び声高い名ジョッキーなのだ。
フランキーの愛称で親しまれる彼は、世界最高峰のレースとして知られる「凱旋門賞」で歴代最多6回の優勝を誇る。そして英国の「キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス」でも最多優勝を誇り、さらに日本では「ジャパンカップ」を3度制覇。これは武豊騎手の4回に次ぐ記録なのだ。
父もジョッキーというまさに“サラブレッド”のフランキーは、イタリアで生まれると14歳にして渡英。そして騎手としての道を歩み始め、15歳の時に初勝利を挙げた。その後も勝利を積み上げて数々の記録を打ち立ててきたフランキー。12月15日で50歳になったが、今年も「キングジョージ6世&クイーンエリザベス」を制する活躍を見せている。
英国を主戦場にしている彼が愛するサッカーチームは、ノースロンドンのアーセナルだという。英紙『The Times』でガナーズとの出会いやクラブ愛について語っているので紹介したい。
彼とアーセナルを結び付けたのは、子供の頃の苦い思い出にあるようだ。ミラノで生まれたフランキーは、5歳の時に叔父からユベントスのユニフォームを与えられたという。しかしミラノの街でユベントスのユニフォームを着るのはご法度。すぐにインテルやミランのファンからいじめられたそうだ。そのため、14歳で渡英する際にはイタリアのチームを捨てたという。
アーセナル愛を貫く
そして英国で出会ったアーセナルファンの先輩騎手の影響で、アーセナルに興味を持ち始めたという。初めてハイバリー(アーセナルの旧本拠地)で試合を観戦したのは1989-90シーズンのこと。だが、フランキーは対戦チームがどこだったか分からないという。覚えていないのではなく「分からない」というのだ。
サポーターが陣取るスタンドで観戦したフランキーは、「私は身長が163cmなので、何も見えなかったよ!」と、立ったままチャントを歌う目の前の大男たちのせいで試合が見えなかったと振り返る。
その後、1990年代に入るとチェルシーがジャンルカ・ビアリ、ジャンフランコ・ゾラ、ロベルト・ディ・マッテオなどのイタリア代表選手をそろえた時期があり、フランキーも周りから「チェルシーを応援すれば?」と誘われたそうだが、「自分のチームを変えることはできないでしょ?」とアーセナル愛を貫いた。
敵将との素敵な思い出もある。1990年代後半から2000年代前半はアーセナルとマンチェスター・ユナイテッドの二強時代だった。当時ユナイテッドを率いていたのは、競馬好きでも馬主でもあるサー・アレックス・ファーガソン。そのため同指揮官と知り合う機会があり、賭けをしたという。アーセナルとユナイテッドのどちらが上の順位でシーズンを終えるか、毎年のように1ポンドずつ賭けたのだ。最初に勝ったのはフランキー。しかし彼は手にした小切手を換金せず「記念品として保管した」という。
チームの現状を不安視
一番好きな歴代選手は1990年代にゴールを量産したイアン・ライトだという。「ストライカーとしてティエリ・アンリには劣るかもしれないが、彼の姿勢が好きだった。クラブに物凄い情熱を注ぎ、他のことはどうでもいいという感じだった。そこが私に似ているんだ。今は友人として付き合いもある」とフランキーは説明する。
一方で、一番好きじゃなかった選手について聞かれると「すべての選手が、自分のできる仕事をしたと思う」とお茶を濁したかと思うと「ニコラ・アネルカやリー・ディクソンでもね!」とユーモアも忘れていなかった。
フランキーはアーセナルの現状について「ミケル・アルテタ監督を代えるべきではない」と説くが、その一方で「真のビッグネームを勧誘できないのは心配だ」と嘆く。それでも「もう少し見守る他ない」と愛するチームへの忠誠を誓う。
確かに大物が獲れないのは心配だが、それ以上に心配なのは、世界最高のジョッキーの声援もむなしく、今季も大一番の“ダービー”を落としたこと(編注:12月6日のプレミアリーグ第11節、トッテナムとのノースロンドンダービーで0-2と敗北)かもしれない。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。