SNS出身アナリストが語る“戦術クラスタ”のポテンシャル
サポーターから「戦術クラスタ」まで幅広い層のサッカーファンが生息する日本のTwitter界隈で、個人によるデータ分析やインフォグラフィックを発信する流れを作ったパイオニアが“GIUBILOMARIO”こと河野大地氏だ。現在はスポーツの分析動画共有アプリを開発している『SPLYZA』でデザイナー兼アナリストとして活躍する河野氏に、様々な才能が混在するインターネット発のアナリストの可能性を聞いた。
「カッコいい」が情報発信のきっかけ
──河野さんといえば、個人でのデータ取得・インターネット上での情報発信のパイオニアです。特に河野さんが作って発信している、データを「可視化」した「インフォグラフィック」は大きな反響を呼んでいます。スポーツにおけるデータの価値を高めるためにそのような情報発信を始めたのでしょうか?
「そこは単純に『自分の興味があるもの』『カッコいいもの』を共有したいっていうのが最初のきっかけです。サッカーに限らずいろんなスポーツを見ているんですけど、『ESPN』や『Bleacher Report』をはじめとするアメリカのスポーツメディアは10年前からクリエイティブ面にかなり力を入れていたんです。試合中のエフェクトが入ったグラフィックとか、プレビューで出てくるインフォグラフィックとか、当時から洗練されていて、それまではスポーツの『データ』×『デザイン』がこんなにカッコいいとは知らなかったので、衝撃を受けました。スポーツってそういう表現に関しては野暮ったいイメージがありましたが、それをスタイリッシュに扱っているのに大きなインパクトを受けて。
自分は元美術部だったこともあり、昔からデザインは得意だし、画像編集ツールもある程度はいじれるということで、見よう見まねで数年前からインフォグラフィックを作り始めました。そこである程度ネタが溜まり始めたのが、ここ1年くらい。本格的にやり始めたのがここ数カ月という感じですね。だから、データがどうこうというよりは、『カッコいいなあ。僕もやってみたいなあ』っていうデザイナーとしての衝動がきっかけですね」
──河野さんは主に「Twitter」でネタを発信されていますが、そうした情報発信の場としてTwitterを選んだのはなぜでしょう?
「アクティブに情報収集・発信するサッカーファンやサッカー関係者の方が多く、毎日誰かしらタイムライン上でフットボールについて深く掘り下げている、熱量の高いプラットフォームだからです。また現場の指導者の方や、現役のプロ選手から社会人、学生まで幅広いユーザーがリアクションをくれるので。学生と思わしき方から、ダイレクトメッセージ(DM)でデータを可視化したデザインの添削依頼が来ることもあります。そういうモチベーションの高い層の方々は特に大事にしたいですね。彼らと距離も近く密度の高いコミュニケーションを取れるので、Twitterは素晴らしい場所だと思います。あとは自分の発信に対して、間違っているところはリプライなどでフィードバックをいただくこともあるので、それは本当に助かっていますね」
──河野さんの影響もあってか、インターネットでも最近はデータと紐づけながら『戦術分析』をするサッカーファンが増えてきた印象です。その理由は何だと思いますか?
「(数値では表せない)定性的な分析を素早く、しかも誰もが納得できるレベルで精度を高くやり続けるのって、誰でもできるものじゃないと思うんです。『神の視点』というか。横視点の試合映像を見てそれが一瞬でわかるというのは、鍛錬もそうですけど、もともと能力が必要なのかなと」
──つまり、これまでは優れた分析眼を持つ人だけが戦術分析をしていましたが、取得したデータを使って定量的な見方ができるようになってきたことで、従来のサッカーの分析方法に加えて、別角度からも戦術分析ができるようになってきているということですね。
「スタッツやイベントデータなどのデータを用いた定量的な分析というのは、複数試合、そして1シーズンを通して見るとチームや選手個人で数値にかなり特徴が出てくるんですね。それを『裏づけ』として戦術分析に盛り込むことで、エビデンスとして信憑性を高めていくという意味では有効だと思います。『こういう能力のある選手を多く擁しているので、このチームはこの戦術が効く!』といった感じですね。もちろんデータ読み取りの基礎、統計学やデータサイエンスを学んでいるに越したことはないと思いますけど、とりあえず精度は抜きでやってみることもできるので、わりと敷居は低いのではないでしょうか。
ただ、定性分析以上に定量分析って、アウトプットが浮いていると『で、何?』ってなりがちなんですよね。だから、『何を書くか』『何を伝えるか』『何を表現するか』っていう『アウトプットのイメージ』ができない人には、ちょっと扱うのが難しいのかもしれないと感じています。ただ、もちろんやれてる人は突き詰めてやれているので私にとっても刺激になっています」
──ジョゼ・モウリーニョも「重要なのは独自の結論を導くことだ」と言っていましたね。河野さんは『Sports Analytics Lab』というWEBメディアも運営されています。河野さんはデータ分析だけでなく、データを使った記事執筆の啓蒙活動として、ツールの紹介や使い方まで含んで情報を展開されているのですごく特徴的ですよね。
「みなさんに『データを使ったアプローチをさらに身近なものに感じてほしい』『どんどん真似してほしい』っていう想いが根底にあります。あれを読んで、例えばパスマップやボール奪取のマッピングで『可視化』したりとか、今でも特定チームのサポーターのみなさんで継続的にやっていらっしゃったりするので。ただ、イベントデータの取得からアウトプットって相当な体力と気力がいるんです。そもそものテクノロジーがもたらす利便性とは真逆のところなんですけど、そこから解脱するにはある程度『強い気持ち』が必要なので。ただ、日本で育っているからこそ気合いと根性を標準装備している方も多く、定量データを扱うことに適性のある人材が多いんじゃないかなと思います」
表現方法・伝え方もリテラシーの一部
──「可視化」という言葉がありましたが、河野さんはデータをわかりやすく、おしゃれに可視化していますし、引っ張ってくるデータも興味深いです。「データの取得」と「データの可視化」について意識していることはありますか?
「データ取得については、先日のコパ・アメリカ2019でも『Opta』社がリアルタイムでデータを公開してますし、試合映像を見てイベントデータを取得すること自体はやり方さえわかればそんなに難しくないと思っています。シュートの場所、パス成功、ボール奪取など様々な項目がありますが、『プレーの解釈』と『言葉の定義』の精度を上げるのは実際にやりながら徐々にでいいと思います。これは競技側の現場の話になりますが、複数人でデータを取得するにしても、チーム内で言葉の意味として擦り合わせができていれば十分かと。可視化については、『Photoshop』や『GIMP』を使ってやってもいいです。あとは統計に最適化されたR言語で解析して『可視化』したりとかですね。既存のBIツールも然り。そういう専門分野でやれることや得意なことを若いうちから自由に見つけて、学んでもらえればと思います」
──そういった「データを扱うリテラシー」を磨いていくにはどうしたらいいのでしょうか?
「スポーツに限らずビジネス面でのアナリストって日本にもたくさんいらっしゃるんですけど、別業種で活躍されているアナリストの方と話をすると、例として株価のデータでも長年やってるからといって必ずしも読み取りのリテラシーが高くなるわけではないらしいんですね。なので、データを扱う側としては受け手側の読み取る能力に期待するのではなく、相手にわかりやすくする伝え方が大事だと思っています。
特にスポーツの現場だと、監督やコーチってデータを読み取るのが得意ではない方がまだまだ多いんです。そのような人たちに対しても、わかりやすいアプローチをするのって見た目が大事なので、そういう意味でも『インフォグラフィック』をかなり重視しています。あと、そうした成果物を出すことでいろんな解釈をしてもらえる。時には厳しい意見もあるんですけど、そのような指摘にも傾聴してその先のクオリティ向上に生かすことが理想的だと思います。それによってインプット・アウトプット両方のリテラシーは格段にアップします」
──「インフォグラフィック」を重視しているのもそのためなんですね。
「どんどん文字って読まれなくなってますよね。現場で使う分にはいいですけど、データをそのまま味気のないチャートにしてもマジョリティには『何じゃこりゃ?』って見向きもされないわけですよ。そういうつかみの段階からみなさんに興味を持ってもらいたくて。あとはスタッツやデータ分析ばかりでもつまらないので、それらに限らず豆知識のような情報まで網羅して、スマホの縦画面に収まる1枚絵で『これは面白い!』『かっこいい!』みたいな情報を提供できればいいなと思って今は活動してますね。なので、今は読み手のリテラシーを鍛えるというよりは、特に絵的なわかりやすさを重視してデザインに起こしています」
才能の可視化、SNS出身アナリストの胎動
──デザイナー兼アナリストとしてそうした能力を買われ、河野さんは現在スポーツの分析動画共有アプリを提供している『SPLYZA』で働かれています。サッカー界におけるデータ分析の位置づけは今どのあたりなのでしょうか?
「データ分析に関してはそれ相応のスキルを持った人材や、データを現場で理解できる人間がまだまだ少ないのが現状です。ただ、リテラシーの高い次の世代がどんどん出てきているので、そういう方たちが徐々に現場に入っていけば数年で変わると思います」
──アナリストや分析ソフトを導入するのってそれなりにコストがかかると思うんですけど、すぐには結果に繋がるとは限らない。だから導入しない。つまりデータ分析の価値自体が認識されていないのが現状ですが、未来への投資を怠ると後で取り返しがつかなくなります。今の欧州サッカーの現状を見るとなおさらです。
「現場のサッカー関係者と話しても、スカウティングとかはやっているんだけど、あくまで映像を確認するだけのところが多いですね。選手に伝えるやり方も、あまり昔から変わっていない。できない理由としては、技術的なところだとか、コーチ・テクニカルスタッフのリテラシーもあるんですけど、選手がそういうふうに育ってきてないから。それを伝えても、選手はどうパフォーマンスに生かせばいいかわからないっていう状況なのかなと。そこってすぐには解決できないと思うんですよ。
ただ、世代が変わってくれば、変わるんじゃないかなと思ってます。子供の頃から『DAZN』や『YouTube』で世界トップレベルのプレーに触れてきた世代っていうのは、映像からインプットして脳内で処理してから自分のプレーにどう反映するか? という適応能力が段違いに高いはず。だから、そこは僕たちがどうこうするっていうよりも世代交代のところでイノベーションが起きるんじゃないかと思ってます。『戦術クラスタ』な方々が現場に入れる風潮が強まっているのもあながち偶然ではないのかなと思っていますね」
──それこそ『SPLYZA』が提供しているような映像をタグづけできる動画共有アプリがより大学・高校の現場に入っていければまた変わっていく気がします。
「弊社のアプリ『SPLYZA Teams』にはどの選手がどの映像を見たかがわかる既読機能がありますが、それを突き詰めていくと映像を見ている選手はそうでない選手と比べて成長の具合が全然違うらしいんですよ。なので、そういったツールで積極的に自分の映像やチームメイトの映像を見て、自分なりの解決策を持って練習に取り組める選手は伸びるし、そういう選手がプロに行くと。そこが尺度にもなってくると思いますね。サッカーに対する向き合い方がテクノロジーの時代でより良い方向に向かっていくと思います」
── それを経験してきた選手も変わってくるでしょうし、さらにアナリストの適性がある人材の発掘にも繋がってくるでしょうね。サッカーをプレーするのはうまくないけど、分析するのが得意という人も可視化されていくかもしれない。そうなると別のステップアップの仕方が出てきますよね。
「周囲から、こっちの方が向いているんじゃない? といったアドバイスがあれば、選手もそうですし、アナリストもそういう『傾聴力』が問われるでしょうね。もちろん、『自己肯定感』というか自分のやり方に自信を持つことは必要なんですけど、周りの話を聞いたり、映像をしっかり見てそれに対して自分のスタンスが持てるというのは必要になってくる能力だと思います。対極なものではありますが、サッカーの現場に限らずそういった『バランス感覚』は必要不可欠になるかなと」
──新しい才能の可視化という意味では、Twitterやブログ等インターネット発のアナリストは現場でも活躍できる可能性があるのでしょうか?
「この半年間くらいで大学生チームや社会人チームの門を叩いてアナリストとして活躍し始めた若い方は大勢いらっしゃいますし、『SPLYZA Teams』のユーザーである監督からオーダーがあることもあります。分析の人手が足りないチームから、『学生の分析官はいませんか?』という要望をもらえれば、こっちから『ITと分析リテラシーが高いアナリスト』という形で紹介するようにしています。で、実際に学生チームや社会人チームに入ってもらって、経験を積んでもらったりするんですね。そうやってすでにアナリストとして活躍できている現状があるので、何も問題はないと思います。『SPLYZA Teams』の宣伝にもなってしまうんですけど、弊社のサービスは基本的にクラウド型のサービスなんです。なので、スマホ経由で全国どこからでも遠隔で映像が見れるし、タグづけや書き込みもできたりするので、場所を問わずに人を集められるところは強みだと思ってますね」
──基本的にSNSを通じて連絡をもらったアナリストを紹介しているのでしょうか?
「弊社のサービスは無料期間も長めにとってありますし、インターネットを通しての講習会もよくやっているので『SPLYZA Teams』の扱い方を最低限知っている方って結構いるんですね。なので、ある程度ツールに触れていて、戦術ブログとかで切れ味の鋭い分析を書いているような、読み取りとアウトプットの能力を兼ね備えている人であれば、見立てとしてはいけるかなと。もちろん、個人的によく絡んできてくれたりする方や、DMだけでなくWEB会議システムで実際にやりとりした方はある程度人間性にも見通しを立てることができますので、そのような方を優先しています」
──そういう在野のアナリストを現場に送り込む流れって今までなかったですよね。
「そうですね。それは間違いなく、僕がムーブメントとして作った自負はありますよ(笑)。そのままアナリストとしての道を極めていってもいいと思いますし、そういう人たちがライセンスを後から取得して指導者になってもいいと思います。戦術クラスタ出身の指導者がどんどん出てきてほしいと思いますけどね。ただ、そういう話を弊社のユーザーさんとしたりすると、あるチームのコーチからは『もちろんそういう人材が増えてくれるのはうれしいけど、ある程度サッカー経験があってボールを蹴れたりできればそれに越したことはない』という声もあったりはします」
──日本サッカーではインターネットと現場の断絶がよく指摘されますが、ヨーロッパでは現場で指導をしている人たちがブログやSNS上で情報発信してオープンソース化することで発展していっています。ザルツブルクのアシスタントコーチを務めるレネ・マリッチ(今季からボルシアMGへ)のようにインターネットから欧州の高いレベルの現場に行った人もいますし。そうやって才能がある人が現場に引っ張られる流れが日本にはないのがもったいない。河野さんが行っている活動はまさにそこを繋げていますよね。
「私はそんな大層なことをしているわけではありませんが、プロからグラスルーツまでカテゴリーを問わずスポーツの指導現場に関わる仕事もしていることですし、特に才能のある若い世代とそういう人材を欲している現場を繋げるパイプ役としては今後も機能していければと思っています。例えば、私と同じ30代でチームにおいて決定権を持つ方々も増えてきているんですが、そのような世代は新しい試みにチャレンジすることに積極的なので、どんどんイノベーションを起こしていってほしいと思います。クラブ側もそのような人材に価値を見出して、より人材投資をしてくれる時代になることを強く望んでいます」
──そこはぜひとも「河野さん世代」に期待したいですね。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。
Daichi KAWANO
河野大地
宮崎県出身。約10年の広告制作会社勤務ののち、長年趣味で行っていた映像編集技術・データ分析・インフォグラフィックに関するスキルを買われ、2018年にスポーツテック業界へ転籍。現在は株式会社SPLYZAにて試合映像分析アプリの開発・運用にUI設計& デザイナーとして携わる。「スポーツのデータ分析×クリエイティブの融合」を目指し日々修行中。4児の父。
Photos: SPLYZA
Infographics: Daichi Kawano
Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista