秘伝のはずのゲームモデルを公開?ある高校サッカー監督のユニークな挑戦
昨今、日本のサッカー指導者界隈でも、自らが率いるチームの根幹であるゲームモデルを公開しようという流れが起き始めているという。その旗振り役の一人が、和歌山県立粉河高校サッカー部の監督で、フットボリスタのオンラインサロン『フットボリスタ・ラボ』でも突撃隊長として精力的に活動する“わっきー” @kumaWacky こと脇真一郎氏だ。
様々なインプットとアウトプットの共有・循環が自身とチームの成長、ひいては日本サッカー全体の底上げに繋がる―― 7月27日に『プレー経験ゼロでもできる 実践的ゲームモデルの作り方』を上梓したユニークな高校教師の挑戦をお届けしよう。
手の内を明かす、真の目的とは?
── 昨年、わっきーさんはご自身が率いるチームのゲームモデルをTwitter上で公開されました。指導者の方々をはじめ、予想以上の反響があったことをフットボリスタWEBの記事でも伝えてくださいましたが、まずゲームモデルって、なかなか公開するものではないですよね。バレたら負けてしまうという感情も当然出てくると思うので。葛藤はありませんでしたか?
「葛藤はゼロです(笑)。駆け引きなので。例えばジャンケンでいうと、今からグーを出すって宣言するような状態ですよね。相手がグーを出してくるとしたら、パーを出したら勝てる。でもグーを出してくると思ってパーを出したけど、チョキを出されればやられるよなっていう。これからのサッカーでは、相手との関わりや駆け引きの中での戦術的なやり取りが主流になっていくと思います。今回、言ってみればプランAをオープンにしたわけですけど、それによって自分のスキルアップに繋がることの方が大きいのではないかと。実際、公開したことで様々な反響やアドバイスがありました」
── やはり「見せる」というインパクトは大きかった。
「自分が求めていたのがまさにそれでした。言語化して終わりではなく、ブラッシュアップしていこうと。200~300人に資料を渡しましたが、そこから『自分でもゲームモデルを作ったので見てください』といった反応が返ってくることで、再び言語化によるやり取りが生まれ、整理されていく。そもそも言語化という作業も、ただ単に言葉にするんじゃなくて、言葉自体が洗練されればもっとシンプルになっていきますし」
── 直感的に選手がイメージできる言葉であったり、ニュアンスも含んでいる言葉にしたりということですよね。
「結局、選手がそれを理解して実行するところまでたどり着いていなければ意味がない。作って終わりではなく、作ったものをどうやって落とし込んでいくか、実践していくかの方が実際は大事です」
── ゲームモデルを作ったのは今回が初めてだったのですか?
「『フットボリスタ・ラボ』に入ってゲームモデルというものの存在をきちっと理解してからなので、本格的に作り始めたのはここ1年くらいですね」
── 林舞輝さんの講習会に参加したり、言語化の重要性を自覚したり、教えるという仕事とサッカーの現場での指導を一体化させていくことも、その間に進んでいった?
「そうですね。整理されていくスピードはもちろん、広がりとか深さとか、そういうものが一気に跳ね上がったなと。言語化、そしてアウトプットできるようになったことがまず一つ。加えて、そのアウトプットが人を通して返ってきて再インプットになり、それがまた循環を生む。人との広がりが増えるほど循環の輪が広がるので、どんどん加速していきましたね」
── 日本って、どうしても秘伝の技は隠すというカルチャーが根強いと思うのですが……。
「その点では驚いたことがありました。私の親父に先日書いたWEBの記事について連絡をしたら、『拝読しました』みたいな感じでお堅いメールが返ってきたんですけど(笑)、その内容に感動してしまいまして。もともと親父も自分も剣道をしていて、親父は今でも剣道の道場をやっているんですが、武道なので一子相伝じゃないですけど、技が縦に受け継がれていく形なんですね。親父自身も、磨き上げてきた技はオープンにするものではないと思ってずっとやってきた。でも自分の記事を見て、『そういう考え方もあるのか』となったそうで、少しずついろんなことを伝え始めているらしくて」
── 確かにそこは本質的な話ですからね。どちらが正しいということではないけれど、日本社会はオープンにすることによるメリットにも目を向けるべきだと思います。
「投げかけとしてあっていいのではないかと。必ずしもオープンにする必要はないと思うんですけど、それも一つのやり方だと提起したかった。もちろんデメリットもあるはずですが、今のところ周囲にネガティブな反応はないですね」
ゲームモデルがあれば、生徒も楽しい
── わっきーさんは本WEBにも寄稿していますが、「書く」という言語化の作業は指導スキルの面でもプラスになっていると感じていますか?
「もともと教育実践の論文を書いて賞をもらったり、文章を書くこと自体は好きでして。でもトータルでの言語化という意味で、最近の作業には物凄くメリットがあると感じています」
── ゲームモデルの公開や記事の執筆について、生徒たちはどんな反応を?
「凄いっすね、みたいな(笑)。それ以前もゲームモデルを資料にして選手たちに渡すようなことはポツポツとやっていたんです。その延長上で制作した、一冊のちゃんとしたゲームモデルの冊子を渡した時は、もうグラウンド上でその場でずっと読んでるくらい食いつきが良かったですね」
── チームには『フットボリスタ・ラボ』に所属している森琢朗さんも関わられているとか?
「自チームの分析や戦術的な相談役として助けてもらっています。別地域に住んでいるので頻繁に会うことはないんですが、最近も最新の動画共有・分析ツールを導入してもらったり。それを使ってミーティングで海外サッカーなどの動画を見せる時は、生徒をグループ分けして、どこを見るかをテーマとして与えるんです。例えば、なぜ前進できたかとか、なぜプレスがかからなかったのかとか。この現象はどういう原則から起きているのかという話をするためですね」
── 口で説明されるより動画で見た方が伝わりやすいですもんね。
「生徒たちにも大好評でした。『めっちゃ楽しい!』とか言ってて。他にもいろんな新しいことを取り入れてますよ」
── たくさんインプットすると、整理が大変ではないですか?
「まったく問題ないです(笑)。結局、ゲームモデルの何が凄いかって、どれだけインプットがあっても帰るべき場所があるから大丈夫っていう。選手たちもそれを理解してきていますね。普段から、受け皿をちゃんと作ろうという取り組みをしているので。ゲームモデルに関しても、決まったゲームモデルを練習で落とし込むというより、まずゲームモデルを載せる器を作るということを重視してやっています。“ミニゲームモデル”を選手自身に考えさせて、8対8+GKでミニゲームをやるというのはその一例です。どういうゲームモデルでやるのかを話し合って選ばせて、それを土台に一度7、8分のミニゲームをやる。その結果うまくいったかどうか、どう相手の対策をするかというような話をさせるんです」
── それは生徒たちも楽しめそうですね。
「楽しいと思います。ゲームの質がめちゃくちゃ上がっていて、自分たちで意図を持ってできるようになっていますから。その中で出てきた課題に対しても、じゃあこうすればいいというのが整理できて、選手も納得してやれるようになりました。例えば、守備の面でチームが一番やりたいことに近いのはリバプールの外から切っていくようなプレッシングだなとなれば、トライアングルの中にボールを閉じ込めていくような圧縮型のプレスをかけるので、これはウチのゲームモデルと親和性が高いという話をして、その手順や理論を学んで、実践し始めてというように」
── そんな指導を受けた生徒たちがどう成長していくのか、今後が楽しみです。
「楽しみにしててください(笑)。ゲームモデルがあることで選手の迷いが消えて、『このためにこれが必要だよね』ということがスッと届くようになっています。これは良くてこれはダメという基準が明確になる。自分の感情や目の前の現象じゃなくて、まず原則に立ち返って話をしようと。そしたら自分も生徒も同じ話ができる。選手たちと話していて、私自身も最近すごく楽しいんです」
── より通じ合えるようになったわけですね。
「自分が意図したプレーがバチッとはまった時のあの感じ、たまらないだろって(笑)。そういう意味では、ウチのチームの取り組みは自分にとってのラボなんですよ。こういう指導でどれくらい俺たちはやっていけるのか?っていう。それは選手にも話します。壮大な実験をしてるんだと思ってくれと。私は生徒にはよく『成長に対して貪欲でありなさい』と言うのですが、私自身もまだまだ成長を目指して、様々なインプットとアウトプットの循環を積み重ねていきたいと思います」
脇 真一郎 Shinichiro Waki
1974年10月31日、和歌山県生まれ。同志社大学文学部卒。和歌山県立海南高等学校でサッカーと出会い、同県立伊都高等学校で初めてサッカー部顧問として指導に携わる。同県立粉河高等学校に異動後、1年目は副顧問、2年目以降は主顧問として7シーズン現場での指導を続けている。2018年5月に『フットボリスタ・ラボ』1期生として活動を開始して以降、“ゲームモデル作成推進隊長”として『footballista』での記事執筆やSNSを通じて様々な発信を行っている。
Twitterアカウント:@kumaWacky
フットボリスタ・ラボ footballista lab
海外サッカー専門誌『footballista』主催のコミュニティ。目的は2つ。1つは編集部、プロの書き手、読者が垣根なく議論できる「サロン空間を作ること」、もう1つはそこで生まれた知見で「新しい発想のコンテンツを作ること」。日常的な意見交換はもちろん、ゲストを招いてのラボメン限定リアルイベント開催などを通して海外と日本、ネット空間と現場、サッカー界と他分野の専門家――断絶している2つを繋ぐ架け橋を目指す。
Edition: Mirano Yokobori (footballista Lab), Baku Horimoto (footballista Lab)
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。