サポーターと共創する未来へ沸騰プロジェクトがマリノスを変える
シティ・フットボール・グループ(以下、CFG)が横浜F・マリノス(以下、マリノス)との提携を通じて、最もポジティブな驚きの一つとして捉えたことはサポーターのロイヤルティだった。クラブに対してはもちろん、スポンサー企業の商品を感謝の気持ちと共にSNSに投稿する文化はJリーグが持つ魅力として認識され、CFGのパートナーシップ事業においても武器になっている。
マリノスではそうした高いロイヤルティを持つファンを「スーパーファン」と呼び、彼らの声を顕在化させることでファン起点の新しい商品やサービスを生み出す活動に取り組んでいる。その名も「沸騰プロジェクト」。情報過多の時代において従来のプロモーション方法が通用しなくなりつつある中、コンテンツの主体をファン側に設定したCtoCプロジェクトがもたらすものとは。
同プロジェクトを主幹する横浜マリノスのFRM事業部部長の永井紘氏、メディアブランディグ部部長の大多和亮介氏の両名に話を伺った。
一緒に創っていく存在
――まずは「沸騰プロジェクト」を発足させた経緯を教えてください。
永井「お金を払って実施する宣伝広告の効果を感じにくい現状をふまえて、口コミを増やそうというところから始まっています」
大多和「マリノスに関心がない人まで広告が届かない現状がある。あと、SNSの世界で考えるとマリノスのサポーターは多くのフォロワーを抱えている方が多いのもきっかけの一つです」
――マリノスサポーターが多くのフォロワーを抱えている理由をどのように分析されていますか?
大多和「デジタル上の感度の高さとかノリの良さもいい。今年の3月22日に日産スタジアムで日本代表vs.コロンビア代表が行われたのですが、マリノスから代表に選ばれていた畠中選手はベンチスタートだった。すると(マリノス)サポーターが次々と“#畠中出せ”とか“#日産やぞ”というハッシュタグを投稿してツイッターのトレンド9位に入った(笑)」
――そうしたマリノスサポーターの特徴を活かそうと考えた訳ですね。プロモーションの主体を顧客側に捉え、CtoCを重視する“ファンベース”の発想は近年のビジネストレンドではありますが、Jリーグでは珍しい取り組みです。
永井「ここ数年でクラブは大きく変化して、離れていってしまった方々もいました。一方で、信じてくれる方、応援してくれる方のツイートにはすごく勇気付けられました。そうした経緯や沸騰プロジェクトでの(サポーターとの)交流を通じて気が付きました。これまでのクラブとファン・サポーターの関係性を超えられる可能性があると」
大多和「これまでの発想ではサポーターの方は享受する側だったのですが、発信者としてのサポーターがいる。一緒に(クラブを)創っていく存在だと今は考えています」
永井「だから、よりサポーターのみなさんを理解するためにオフラインミーティングも開催しています。テーマを決めて1回20名くらいの方に集まっていただきヒアリングしたり、ディスカッションしたり。直接意見を聞ける場はクラブにとって貴重です」
――現在、何人くらいの方が沸騰プロジェクトに参加されているのですか?
大多和「今(※取材日:5月下旬)、登録数で1800名程度。オフラインのミーティングは12回開催しています。過去にはこのミーティングがきっかけで進んだ企画で『昔のユニホームを着て来場したらプレゼント』というものがあったのですが、当日の運営まで全部やって頂きました。バイトを雇うのではなく、サポーターの方々が運営することで会話が発生し、笑顔が生まれます」
――沸騰プロジェクトが社員さんの手を離れて自走し始めている。
大多和「自走……いいですね。勝手に沸騰していくというイメージでしょうか。まだそこまでには至っていないですが、ひとつの理想形かもしれないですね」
永井「今までは自分達だけで何とかしようとしていましたが、今はそうではありません。かなり力をお借りできているのは間違いないです」
――マリノスにとってサポーターはお客様ではなく仲間ですね。
永井「一元的には捉えられませんが、沸騰プロジェクトに参加頂いている方に対しては仰る通り“仲間”“身内”“支持者”という言い方が出来ると思います。共にこのクラブを創っていきたいですね」
サポーターにも主人公でいて欲しい
――沸騰プロジェクトに参加されている方は何を動機とされていますか?
永井「純粋にマリノスを良くしたいと思って下さっている方が多いです。より多くの方にスタジアムに来場して欲しい、より愛されるクラブにしていきたいという想いで参加頂いています」
大多和「偏愛ですね。『トリパラ』という応援におけるマストアイテムである傘があるのですが、試合が平日開催の時は(サポーターが)晴れの日であっても職場にそれを持っていくんです。結構目立つので周りからは『あれ、何?』みたいに思われていると思うのですが(笑)。けど、それを持って出勤することで悦に浸るみたいな。そういう気持ちを分かりあえるコミュニティが沸騰プロジェクトにあることも大きいと思います」
――サポーターとコミュニケーションを取る中で社員にはない発想のアイデアが出ることはありますか?都会のクラブですし、多様なバックボーンを持ったサポーターが集まっていると想像します。
永井「あります。例えば、日産スタジアムにはお子さんと一緒にご飯を食べる場所がないという指摘。スタジアムの席は横並びなので、(子供に)食べさせにくい。だから、子供用の机や椅子があると便利ですよと言われて。当たり前のことなのかもしれませんが、自分達が子供を連れてスタジアムに行ったことがないから意外と出てこない発想です。あとはトイレの評価が高い。クラブがトイレをアピールすることは無いですが、お客さんの立場になるとそこはポイントが高い。新しいことを作るのも大切ですが、今あるものの良さを再確認できる部分もあります」
大多和「あとは、スペシャルな能力を持ったサポーターが結構いらっしゃいます。ARの技術者、著名なウェブデザイナー、雑誌の編集者、俳優まで。上手く力を集結できたら凄いアウトプットが出来ると毎回思います。今後の課題ですね」
――直近で沸騰プロジェクト発の企画で実施される予定のイベントはありますか?
永井「8月3日(土)の清水エスパルス戦でユニホーム付チケットを発売します。この企画自体は4年前から実施しているものです。これまでは大人用ユニホームのワンサイズのみでしたが、沸騰プロジェクト内での声を受けて今年は初めて子供サイズも準備します」
――サポーターの声が実際に反映されると沸騰プロジェトはさらに盛り上がると思います。
永井「沸騰プロジェクトでの企画が実現するまでのスパンは色んな事情も絡むのでケースバイケースですが、伝えたいのはクラブスタッフも相当ツイッターやインスタグラムを見ているということです。多分、皆さんが想像しているより見ています(笑)。クラブが抱える課題や、それに対する改善案が(ツイッターに)投稿されていることが結構ありますが、そういうものはスクショを撮って社内で共有しています。それをきっかけに社内で議論が起きることもよくあります。
先日も階段を手すりを使わなければ登れない方がいたのに、手すり付近で多くの人が座ってご飯を食べていて困ったという投稿がありました。最終的にはそれに気が付いたサポーターが登るのを手伝ってくれたという話なのですが、それに気が付けなかった自分達はダメだなと反省して。それからは『手すり付近には座らないでください』という案内を作りました。そういう日常の改善も意識しています」
――今後、沸騰プロジェクトはどのような共創関係を目指していきますか?
大多和「共に創ることを目的化するのではなく、その過程でサポーター同士がつながることも大切にしたいですね。最近はCtoBのつながりも出てきています。沸騰プロジェクトでマリノスのパートナーであるオウルテック社さん、三省製薬さんの商品を一緒に考えようというミーティングを実施しています。こうした関係性を築けるとパートナーさんにとっての広告価値の発想も変わってくる」
永井「マリノスは株式会社なので形としては一般的な企業と同じなのですが、公共性が高い団体という側面もある。だから、収益を上げてさえいればいいという話ではなく、文化を一緒に創っていく。それは自分達だけで実現できるものではない。共感してもらえる人がいてこそ成立する。そういう意味ではクラブの存在そのものが既に共創関係であると言っても過言ではないと思います」
大多和「一般的にはピッチで戦う選手が主人公で、それを応援するのがサポーターという関係性だと思いますが、サポーターにも主人公でいて欲しい。マリノスに関わる一人の主人公として、自分の楽しみ方を周りに共有してもらいつつ、クラブと共に歩んで欲しいです」
沸騰プロジェクトに参加したあるサポーターは「(クラブから)求められることが嬉しい」と語る。希薄な人間関係が当たり前である現代において、“つながり”はもはや資本だ。マリノスは同プロジェクトを通じてサポーターが持つ知識や愛を活用すればするほど、彼らの帰属意識は高まる。そして、それは更なる共創関係を促進するだろう。宣伝広告施策としてスタートした同プロジェクトはサポーターをお客様ではなく“仲間”と捉えることで口コミ以上の価値をもたらしはじめた。
Photos: Takahiro Fujii
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime