大学サッカーという選択。Jクラブとの比較から考える育成論
大卒選手の活躍に比例する形で、育成における大学サッカーの存在感が増している。高卒でプロになれなかった選手達の受け皿としての役割に留まらず、昨今はJリーグクラブからのオファーがあるにもかかわらず大学進学の道を選ぶ選手も増えてきている。「人間的成長」「試合経験の担保」など、大学でサッカーをするメリットは理解できる。ただ、それらは本当にJリーグで提供する環境以上のものなのだろうか。この疑問をぶつける適任者に会うため茨城県つくば市に向かった。
小井土正亮。三笘薫選手(→川崎フロンターレ)や高嶺朋樹選手(→コンサドーレ札幌)など、2020年シーズンよりJリーグクラブ入団が内定している選手も所属する筑波大学蹴球部の監督だ。大学サッカー界の名門を率いる小井土氏は、柏レイソル、清水エスパルス、ガンバ大阪でのコーチ経験も持つ。“両方を知る”指導者が語る、大学サッカーとJリーグの育成環境の違いとは。
インタビュー・文 玉利剛一(フットボリスタ編集部)
――今回のテーマは「大学サッカー育成論」です。このテーマを考えるきっかけとなったのが、プロからのオファーがあるにもかかわらず、大学に進学する選手がいるという事実です。小井土監督も2014年にコーチを務めていたガンバ大阪を離れ、筑波大学の職員および筑波大学蹴球部の指導者というキャリアの選択をされています。まずは、その経緯を教えてもらえますか?
「私の場合はサッカーの指導者であるとともに、半分は“教育者”であるという自覚がありました。ですから、選手たちの人間的な成長の手助けもしたいんです。けれど、結果が最優先されるのがプロの世界。選手も私もいつクビになってもおかしくない。ゆえに、5年後、10年後を見据えての指導はなかなか難しい。そうした環境下ではどうしても人を育てるということに重きを置きにくい。プロはサッカーだけで繋がっている側面があるけれど、もっと人と向きあって仕事がしたかった。そうした葛藤がある中で、当時出ていた筑波大学の教員公募に応募し、運良く採用が決まったんです。大学は人を育てる場所で、結果に一喜一憂し過ぎずに選手の成長に向き合えることは魅力でした。だから、(長谷川)健太さんに相談してガンバを離れるという決断をさせてもらいました」
――「人間的成長」という言葉は大学サッカーを語る上でキーワードの1つです。大学でプレーするメリットとしてよく語られますが、抽象的なので当事者以外はイメージしにくさもあります。「人間的成長」を具体的に説明するとどういうことになりますか?
「プロの世界で指導していた時のことを思い出すと、やっぱり自分にベクトルを向けていない、向けられない選手は成功していなんですよ。つまり、『ここ(現所属チーム)で評価されないなら(他チームへ)移籍すればいいや』って。だけど、大学は4年間拘束されるので逃げ場がない。この与えられた環境で自分と向き合って成長せざるを得ない。そこがJリーグとの違いかなとは思います」
――タラレバの話なので回答するのは難しいとは思うのですが、例えば2020年のコンサドーレ札幌加入が内定している高嶺朋樹選手。仮に彼が高卒でプロに行っていた場合、筑波大学で成し遂げたような成長はなかったと思いますか?
「……(少し考えて)はい。入学時に同じタイミングでプロになった選手とは『4年後にどうなっているかが勝負だよ』と話して、そこから彼は覚悟を決めて地道に努力してきた。僕から積極的に働きかけた訳ではなく、筑波大学蹴球部という環境が彼をそうさせた。高嶺の2つ上の先輩に一般入試で入ってきて、アルビレックス新潟に入団した戸嶋(祥郎)って選手がいるんです。彼は4年間本当にコツコツと地道な努力を続けてプロ選手としての契約を勝ち取った。そういった姿を多くの後輩は見てきているわけです。『戸嶋と比較してお前はどうなの?』と、問いかけるだけで選手は気づかされますよね。理想とするモデルが身近にいること。そういう積み重ねが伝統なんだと思います」
――同じく2020年から川崎フロンターレ加入が内定している三笘薫選手はどうですか?彼は高卒時にフロンターレでトップ昇格できるにもかかわらず筑波大学進学を選んでいます。
「彼ほどの選手になるとモデルとなる選手は筑波にはいないですね。少なくとも当時の筑波にはいなかった。ただ、彼の場合は筑波で試合経験を求めて入学してきて、1年目から試合に出れると思っていたのに使われなかった。ただ、なぜ自分が使われないのか考えることができた。当初はチームが求める守備ができなかったんですけど、逃げ出さないで『小井土を見返してやろう』と努力した。フィジカルも当時から体重を5㎏くらい増やしたのかな。当たり負けをしない体も意識的に作ってきましたからね」
筑波大学蹴球部の特徴
――「出場機会」についてもお伺いしたいです。今回はJリーグとの比較で大学サッカーを考えたいのですが、最近はU-23を設けるJリーグクラブも存在します。そこに加入すれば高卒でも比較的出場機会を担保される環境にあると感じているのですが、J3で試合経験を積むことと、大学サッカーで試合経験を積むことで成長に違いは生まれると思いますか?
「今年入学してきた岩本(翔/ガンバユース出身)とも話したんですが、シンプルにJ3も筑波大学もほとんど差がないと。入学前に練習にも参加してもらって、ここならもっとうまくなれると思ったと話してましたね」
――岩本選手もそうですが、今年は柏レイソルU-18から森海渡選手や、横浜F・マリノスユースから栗原秀輔選手など実績のある選手が筑波大学を選択しています。皆、レベルの高さに惹かれて入学を決めているのですか?
「いや、サッカー以外のモチベーションも大切にしてもらっています。入試前に面談もするのですが、大学でスポーツの勉強をしたかったり、教員免許を取りたかったり、サッカー選手だけじゃない人生経験を積みたい学生が増えてきているように感じます。筑波はもともと教員育成の大学ですからね。そういう学びの意図を持っている者の方が筑波向きって感じはします」
――「大学サッカー」と一括りにして考えてしまっていましたが、大学間で大きな違いがありそうですね。
「筑波大学(の蹴球部)は推薦入学の数が各学年5名なんです。他の大学は各学年10~15名程度で競争を促すのですが、筑波はその5名以外は一般入試組。それでも学年では40名以上になります。サッカーを一生懸命するのは大前提ですが、いろんなモチベーションを持った学生がいて、プレーヤーとして極めるだけじゃない集団でないことは大きいですね。試合の映像分析をする学生もいれば、スポンサー営業をする学生もいる。それぞれのやり方で部へ貢献したり、自分のスキルを高めようとしていることが最大の特徴ですね。あと、推薦組は体育専門学群に所属するんです。そこではスポーツサイエンスや栄養学など選手として必要な知識を学べる。それは高卒の選手とは決定的に違いますね。いつ、何を食べ、どう休むことが必要なのか、理解できていない高卒のJリーガーはまだ多いように感じます。また、たまたま隣にいる同級生が柔道の日本チャンピオンだったり、他競技にも一流の選手がいますから、そういった交流も大きな刺激になると思います」
――そうした筑波大学の環境で育てたい選手のイメージはお持ちでしょうか? Jクラブのアカデミーではトップチームのサッカーに合わせた選手を育成することを志しているところも存在します。
「あるサッカーしかできない選手を育てるのは育成の観点から考えると大きな弊害だと思います。ベーシック部分は高い基準を求めますが、それ以外は小井土の色を押し付けるようなことはしないようにしています。だから、どんなチームでも監督の求めることを理解し、すぐにフィットし、かつ自分の特徴を出せる選手を輩出することが理想ですね」
――Jリーグのコーチ経験をふまえて、どんな監督でもフィットするために必要な要素は何だと思いますか?
「一番はコミュニケーション能力。つまり、わからなければ聞く。チームメイトの意見を聞く。監督の考えを理解できる力が必要。それをしないで、自分の特徴だけを貫き通そうとする選手は難しいかな。やっぱり双方向にやりとりができる力が大切ですね」
――そういう意味では、今年の筑波大学蹴球部にも対象選手がいますが、「Jリーグ特別指定選手制度」を利用して小井土監督以外の監督の考えに触れられるのは良い経験ですね。
「そうですね。Jリーグに限らず、世代別代表も含めて外の刺激を受けて帰ってくる選手の存在はチームにとっても大きいです。筑波よりも緊張感あったよとか、あの監督はこういう考え方をしていたよとか、様々なサッカーのスタイル、より高い基準を知って、それをチームにフィードバックしてくれるのはありがたいです」
――では、最後に小井土さんが考える、日本サッカー界における大学サッカーの役割をお聞かせください。
「プレーヤーを輩出するという意味では、最後の育成の場として機能していると思います。実際、Jリーグも大卒選手の数が増えている事実もありますし。あとは、Jリーグクラブでのコーチ経験を振り返ると、大卒選手の方がチームでリーダー的に存在になれるケースが多いように感じます。人間的に成長することによって、サッカー文化を創っていく側を担えるようになる。例えば、羽生(直剛)がFC東京のスカウト、兵働(昭弘)がエスパルスのスカウト、岡田(隆)もジュビロ磐田の強化部にいたり……彼らのような筑波OBと話していると、大学を卒業して、人としてさらに成長した者がクラブに残って、今度はクラブを支えていくんだろうなとは感じます。大学で4年間悩み、苦しみながら過ごした者にしか出てこないアイディアとかエネルギーがあると思います。だから、“プレーヤー”以上に、広い意味でサッカー界に貢献できる“人材輩出”という役割が大きいのではないでしょうか」
Masaaki KOIDO
小井土正亮
筑波大学蹴球部監督。1978年岐阜県出身。柏レイソル、清水エスパルス、ガンバ大阪トップチームでのコーチを経て、2014年より現職。現場での指導に従事する一方、大学ではサッカーコーチング論の授業を担当。後進の指導に当たっている。
Photo: Koichi Tamari
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime