現役Jリーガー林陵平が教える、噂のポジショナルプレーって何?
林 陵平(東京ヴェルディ)インタビュー
スペインの名将ロティーナ監督率いる東京ヴェルディに新加入した林陵平が2月11日にユニークなツイートをしていた。
現役選手が考えるポジショナルプレー、プレーモデル、そして個人戦術とは何なのか?Jリーガー屈指(本人いわくナンバー1)の海外サッカーマニアの独特の語りを堪能してほしい。 ※このインタビューは18年2月に収録した
選手から見たポジショナルプレー
僕の言葉で言うと『自分のポジションを守ること』
仲間を信じていればボールから寄ってくる
──「メンタル」特集号(17年5月号)の感想ツイートありがとうございました。
「やっとフットボリスタが僕のところに来たなと(笑)。とても光栄です!」
── 最近フットボリスタでは「ポジショナルプレー」や「ハーフスペース」など新しい戦術用語を紹介していたのですが、実際にプレーする選手はこういった新しい用語だったり、理論についてどう思っているのか興味がありました。そんな時、林選手のツイートを拝見して、ぜひお話を聞きたいと思いました。
「そこは多分、選手の中でもわかってない人が多いと思います。選手の中でも『ポジショナルプレーとは何か?』と聞かれたら答えられない人が多いはずです。それは難しいというか、選手は『プレーすればいい』という考えなので、そこまでポジショナルプレーとかハーフスペースは意識していないです。僕自身はそういう言葉が好きだったり、海外のサッカーをよく見るので、そういう新しい概念にも興味があって頭に入ってくる。でも他の選手たちは海外サッカーを見ない人もたくさんいますし、それはもう人それぞれだと思います」
── 林選手はこういう新しい戦術用語についてどう思われますか?
「今、本当にこのチームでやっていることです。ロティーナ監督もそうですけど、イバンコーチ(09年から12年までバルセロナスクール福岡校のテクニカルディレクター)がバルセロナのメソッドを持っていて、その練習内容がここ(18年3月号「戦術用語講座」特集)に書いてあるようなことをやっているし、ポジショナルプレーについて意識させていると僕は感じました」
── 縦に5つのレーンに分けたり、サッカーの新しい解釈ですよね。
「こういった考え方はグアルディオラ監督がバルセロナだったり、バイエルン、シティでやって見せて今注目されているじゃないですか。僕はプロ10年目で、いろんな監督とやってきましたけど、このポジショナルプレーとか、ピッチを分けて考える練習は今年が初めてです。全員が全員、そういった理論を監督自身が持っているわけではないので、教えられる人が少ないと感じます」
── 短い期間ですが、ロティーナ監督のトレーニングから学んだことは?
「毎日のトレーニングを通して選手全員がピッチ上で『何をしなければいけないのか』を理解させるのがうまい。だから『どのようにプレーして、どのように考えるか』を学べていると感じます。選手がピッチに立った時に自分たちのプレーモデルというか、やることがはっきりしていれば動きやすいし、チーム全員で共通理解を持ってプレーできるのが大きい。それを作り出す練習というのは難しいと思うのですが、それがわかりやすくできているのが凄いなと」
── プレーモデルという言葉は最近よく使われるようになっていますが、チームの構造を明確にするということでしょうか?
「そうですね。攻撃、守備の中で自分たちのプレーはどういうものか。ポゼッションであればポゼッションだし、後ろから蹴るんであればそういうチーム作りになるし、それをはっきりさせる。『自分たちが何をしなければいけない』というのが、明確なチーム作りですよね。それがプレーモデルかなと感じます」
── ちょっと難しい質問になってしまうかもしれないのですが、ポジショナルプレーって僕らも最近よく使うのですが、説明するのが難しい概念的な話じゃないですか。林選手にポジショナルプレーとは何ですかと聞くと、どういう答えが返ってくるのか知りたいと思ったのですけど……。
「難しいな(笑)」
──(笑)。先ほどのロティーナ監督のトレーニングを踏まえて!
「まだ1カ月くらいしか経験してないんですけど、ポジショナルプレーって戦略じゃなくて、概念というか、考え方みたいなところがあります。多分外から見てる人にポジショナルプレーの説明文を書いても『何だこれ?』みたいに思われてしまうだろうけど、より簡単に僕の言葉で言うと『自分のポジションを守ること』。自分のポジションを守って、自分からボールを迎えに行かないというか、正しいポジションをしっかり取って仲間を信じていればボールから寄ってくる。自分が正しいポジションをうまく取っておけば、そこの範囲を動くだけでもボールはしっかり繋がって自分のところに来て、周りの選手もフリーにして優位性を保てる。そういうのがポジショナルプレー。『待つ』っていうことが大事です」
── わかりやすいですね。こういう概念的な話って頭でっかちになりがちなので、僕らも悩みどころなのですが……。
「こういうことをわかっていかないと、日本サッカーの成長もないかなと。選手もそうですけど、同じように周りの見る目の成長もないと日本サッカーのレベルも上がっていかないと思うんですよ。海外にサッカーを見に行くと、ファンもサッカーをわかっている。それってすごく大事で、ゴールが入って喜ぶだけじゃなくて、良い場面でスライディングで止めたりとか、攻撃の時にうまく時間を作ったりすると拍手が起こったりする。周りの見る目が肥えてくることで、選手も緊張感が高まるし、良いプレーに拍手してもらえれば、選手もモチベーションが上がる。見る側も選手もサッカーに対する引き出しが増えて、両方のレベルが上がっていけば日本サッカー界のレベルも上がっていくので、新しい言葉でも戦術用語でも覚えていくのは大事だと思いますね」
── 抽象的な話は、現場の人に受けが悪いというのはないですか?
「そんなことはないですけど、小さい頃から育った環境で、選手もそうだけど、指導者のレベルが上がっていないというか、個人のテクニックは教えやすいけど、戦術の部分ももっと指導者が教えていかないといけないとは感じますね。日本の育成年代では個人を伸ばせって言われているけれど、今スペイン人のカルロス・マルティネスという同い年のチームメイトがいて、『海外はもっと小さい頃から戦術的な練習をするよ、日本は個の練習ばかりで戦術的な練習が少ない』と言っていました。それって戦術的インテリジェンスとか、頭の良さに繋がっているのかなと」
── 小さい頃から理論を詰め込むと良くないという考え方があるんでしょうね。
「それができる指導者がいないんだと思います。テクニックはわかりやすいし、教えるのも簡単だけど、戦術的なことは指導者もしっかり(全体像が)頭に入ってないと教えられない。日本に足りないのは個の部分と言われていますが、戦術的な部分もないと個が生きない」
── 例えばハーフスペースはわかりやすいじゃないですか。ピッチを縦に5つに分けて2番目と4番目のレーン、それを意識することで少しピッチ上のプレーも変わってきますよね。
「それは間違いなくあると思います。僕はまだ1カ月ですけど、ロティーナ監督の練習を通してすごく考えることが多くなったし、自分の中の戦術的な引き出しが増えている感じがします。この1カ月だけでそういう実感があるので、1年間を通してやればもっと自分自身が成長できると感じています」
個人戦術とは何か?
その場の状況に合わせて判断して、
正しく技術を発揮、実行できること
── 重要なことを忘れていました! 個人戦術についてメモしてきてくれたんですよね(編注:林選手はこのインタビュー前に話したいことをノートに書き留めていた)。林選手が考える個人戦術とは何でしょう?
「個人戦術はその場の状況に合わせて瞬間、瞬間に正しくやるべきことを判断して、正しく技術を発揮、実行できること。それが僕の定義ですね。個人戦術がなければチーム戦術が成り立たないし、チーム戦術がなければ個人戦術も成り立たない。サッカーではボールを持っている時と持っていない時があって、基本的にはボールを持っていない時間の方が長い。その時にどのように動くのかが大事だし、そのボールを持っていない時に敵、味方、ボール、ゴール、スペースを見ておくのも個人戦術の1つ。逆にボールを持っている時は、トラップであったり、パスの質もそうだし、どっち側にパスを出してあげるか、僕はFWなのでポストプレーの時にどっち側にパスを出してあげれば逆側に展開できるとか、そういうのは個人戦術だと思います」
── ピッチ上で経験を重ねていくと次第に引き出しが増えていく?
「ただプレーするだけではダメで、考えながらプレーしなければいけないし、その上でさらにチームとしてのやり方があるので。だからボールを取りに行く時にどっち側から切ればこっちに追い込めるとか、それは個人戦術のところかなと。そうしたものは各人が持っておかなければいけない」
── そこは監督が教えるものではない?
「そうですね。プレーインテリジェンスというか、頭の良さは大事かなと思いますね」
── どこまでがチームとしての約束事で、どこから先が個人が判断するのかは難しくないですか?
「どうなんでしょうね。そこまで深く考えてないというか。サッカー選手は昔からサッカーやってる奴ばかりなので。その中で培ったものを自然と出している選手もいるし、本能的にやっている選手もいれば、逆に考えながらプレーしている選手もいますね。ただ、昔よりスペースは縮まってきているし、なかなかドリブルで何人抜いてとかは難しい。どんどんコンパクトになってきているので、戦術的な部分は大きな要素になってきていると感じます」
── 例えばポジショナルプレーとかハーフスペースとか5レーン理論とか、ロティーナ監督はそういう言葉を使いますか?
「いや、そのことについてはそこまで言わないかな。『ハーフスペースを使え』とか、『ポジショナルプレー』とか、そういうことは言わないです。でもやっていることがそういうことなのかなと。『ハーフスペース』とか言っても選手が『は? 何それ?』という人が多いと思いますし。専門用語を使わないでわからせるというか、練習の中でそういうことをやらせて、それがもうポジショナルプレーに繋がっているみたいな」
── 選手に伝わらないと意味ないですからね。
「だから普通に練習中、自分の中で『あっ、これポジショナルプレーだ』、『あっ、これハーフスペース使ってるな』と思っています。知らない人は単にやっているだけだと思う(笑)」
── 専門用語を使わないでわかるようにするのは、他の海外の指導者も同じなんでしょうね。
「そうだと思います」
── 僕は半分以上、選手は知らなくてもいいのかなと思うんですけど、知ってたら知ってたで……。
「知ってたら知ってたで楽しめる(笑)。監督はこういうふうに考えてとか想像して、選手としてじゃなくて選手が終わった後、自分が今ロティーナ監督やイバンコーチから教わったことを次に生かせることがすごく大事だし、(彼らの言葉は)スッと入ってくるというか、そういうところがあります」
── 海外の人は言葉がうまいですよね。
「ちょっとしたジョークとかもうまいですよね。僕は海外サッカーの記者会見の記事とかも読んだりするんですけど……」
── 超マニアックですね(笑)。
「本当にマニアックなんで(笑)。自分たちのチームだけじゃなくて他のチームの記事も読んだりするし、海外だとモウリーニョ監督とか、コンテ監督の記者会見を読んだりすると、言葉のチョイスがすごくうまい。選手からすると、監督の言葉がうまいとモチベーションが高まるし、試合前にどれだけ選手をやる気にさせるかとか、外国人監督はそういうのがうまいと思います。柏レイソル時代のネルシーニョ監督は話がうまかったですし、感心するようなミーティングが多かったです」
── そういった経験が林選手の財産になっているんですね。
「とてもなってますよ」
── 現役の選手にこんなこと言うのは失礼ですけど、将来指導者になることは考えていますか?
「いや僕はGMとかスカウトやったら、絶対良いチームが作れる(笑)」
── そっちですか(笑)。
「監督はちょっと……。僕この前、B級ライセンスを取りに行って、そこでもいろんな情報というか、自分の頭の中を整理できて面白かった。ただ、実際に選手を教えるのは難しいと感じました。練習ではプレーモデルというか、自分がやってほしいことをやれるけど、実際に試合に出せるかといったらそれは難しい。プロとして長くやってきて、練習でやってきたことがしっかり試合で出せるかどうかは意外と難しいと感じました」
── それはなぜだと思いますか?
「そこまでやることが明確にされていないからかもしれません。今ヴェルディでは何をピッチでしなければいけないか、1人ひとりのやるべきことが明確になっている。だから練習試合とか練習の中でも、こうやったらこういう現象が起きたと感じることができるし、それがそのまま公式戦に繋がっていくのかなという手ごたえがあります」
── 去年、水戸でプレーしていた時、ヴェルディのサッカーを外から見てどういう印象を受けましたか?
「最初の頃に対戦して(第3節/2017年3月11日、ヴェルディが4-0で勝利)、すごくボールを回されたんですよ。だから非常に戦術的に整理されている印象があって、良いチームになるだろうな、というのが正直な感想でした。実際にプレーオフまで行ったので、“俺の目は節穴じゃなかったな”と(笑)」
── 徳島のリカルド・ロドリゲス監督もそうですけど、ロティーナ監督も最初から評判良かったですからね。
「徳島もすごく繋ぐし、前に仕掛けてくる。やっぱりプロのレベルになると監督は非常に重要な存在になると感じています。やるのは選手ですけど、出場する選手も含めて監督が全部決めるし、戦術的なことも作り上げていくので、監督によってサッカーの質、プレーモデルが変わってくるんですよね」
── ロティーナ体制2年目のヴェルディも楽しみです。去年のチームから複数の主力が抜けてしまいましたけど、チームの雰囲気はどうですか?
「良いですよ。僕も含めて今年新しく入ってきた人以外は2年目ですし、監督のやりたいことを意識できてきているから、『モウリーニョの2年目が強い』と言うように、今年はそんなに強くないけど(笑)」
── ちょいちょい、海外サッカーマニアぶりを挟んできますね(笑)。
「アハハ(笑)。やっぱり2年目だから成熟してくるんじゃないかなと思いますね」
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Ryohei HAYASHI
林 陵平(東京ヴェルディ)
1986.9.8(31歳)186cm/80kg FW JAPAN
東京都八王子市生まれ。東京ヴェルディの下部組織でジュニアからユースまで過ごした。05年に明治大へ進学して頭角を現し、大学3年の07年関東大学サッカーリーグで43年ぶりの優勝に貢献した。その年の天皇杯では4回戦まで勝ち進み、京都サンガから1得点、清水エスパルスから2得点を挙げる快挙を達成した。大学卒業後、09年に古巣の東京ヴェルディに加入したが、翌年に柏へ移籍する。12年7月からはレンタル、翌13年シーズンより完全移籍でモンテディオ山形に加入。17年に水戸へ活躍の場を移し、チーム最多の14得点を記録した。プロ10年目となる節目の今季、東京ヴェルディへ復帰を果たした。
Twitter:@Ryohei_h11 Instagram:@ryohei_hayashi
Photos: Takahiro Fujii, Getty Images
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。