サッカーメディアの課題は指導者に「書かせる」こと?
喫茶店バル・フットボリスタ ~店主とゲストの蹴球談議~
毎号ワンテーマを掘り下げる月刊フットボリスタ。実は編集者の知りたいことを作りながら学んでいるという面もあるんです。そこで得たことをゲストと一緒に語り合うのが、喫茶店バル・フットボリスタ。お茶でも飲みながらざっくばらんに、時にシリアスに本音トーク。
今回のお題:月刊フットボリスタ2018年2月号
「17-18前半戦108の謎」
店主 :浅野賀一(フットボリスタ編集長)
ゲスト:川端暁彦
“駄目なアーセナル”が教えてくれるもの
川端「さて、今号のフットボリスタのテーマはシーズン前半戦『108の謎』ということですね。前半戦総括のざっくり号と見せかけて、やたらと細かい(笑)」
浅野「『108の謎』は年末年始の恒例企画で、除夜の鐘でおなじみの煩悩の数になぞらえています」
川端「俺、『織田信長99の謎』みたいな本が好きだったタイプなので、楽しかったです(笑)」
浅野「どの『謎』が印象的でした?」
川端「やっぱり『なぜアーセナルは弱いのですか?』。これは実に酷い! 『ベンゲルのお花畑』とか酷いフレーズが山のように出てくるし、このアーセナルのコーナーだけ文章のテンションが違うというか、ライターのセレクションがおかしい(笑)。そもそも108しか謎がないのに、アーセナルで6つ使うのも(笑)」
浅野「(笑)。フットボリスタはアーセナル特別号も出しましたが、このクラブは面白いですよね。今ってサッカーがピッチ内外で変化してきているじゃないですか。一言でいうとビジネス化しているのですが、アーセナルというかベンゲルだけはおとぎの国にいるというか、現実を無視して夢を追っている。この構図は今のサッカー界全体に通用するテーマだと思っていて、それを面白おかしく取り上げています。真面目なグーナーの皆様すみません!」
川端「……単にいじると面白いからかと思っていた」
浅野「まあ、もはや笑うしかない状況になっていることも確かですが。真面目な話、ベンゲルをめぐる言説って厳しいじゃないですか。この成績じゃ仕方ないんですが。ただ、彼は馬鹿にされようとモラル的に正しいことにこだわっているんですね。ムバッペに200億、『そんな価格は適正じゃない』と。そんなこと言っているから勝てないとも言えますが、じゃあ勝つことだけが正しいの?というのは言いたくて」
川端「でもプレミアリーグの謎はいろいろ勉強になりましたわ。こうして輪切りにしてくれると、『普段はセリエAばかり見ている』といった人でも読めると思う。『バーンリー、怪進撃の理由は?』とか。あ、『怪』しいんだ、というところから(笑)」
浅野「バーンリーは面白いですね。監督が『極寒』と認めない限りはロングパンツや手袋禁止とか、部活サッカースタイル」
川端「シュートブロックがやたら多いスタッツもイカしてますね」
浅野「そういう時代錯誤感も魅力的というか(笑)。本来サッカーはもっと自由というか、いろんなやり方があっていいと思うんですよね」
川端「そう、別にみんながポジショナルプレーじゃなくてもいいんですよ(笑)。でも今回一番うけたのはアーセナルじゃなくて『ディストピアのフットボールを信奉する暗黒の預言者』ですね(笑)」
浅野「ああ、Ultimo Uomoのユナイテッド記事か、モウリーニョの(笑)」
川端「そうそう。暗黒大魔王モウリーニョ。欧州の真面目な論者が正義の聖戦士グアルディオラ、光と闇の激闘みたいな捉え方を本気でしているんだな、という(笑)。西部謙司さんがよく使う右翼のサッカーと左翼のサッカーの現代極北バージョンですね」
浅野「弊社からも『モウリーニョvsレアル・マドリー「三年戦争」』という本を出したんだけど、その著者のディエゴ・トーレスもモウリーニョを暗黒のシャーマンになぞらえていました」
川端「もう欧州では一般的な認識なんでしょうね。再現性のあるサッカーをするグアルディオラ的な流れに対して、あえて再現性のないカオスに持ち込む狙いがあるという話は面白いですよね。『ゾーンディフェンスの崩し方』が一般化してくる流れがあって、グアルディオラはその究極を目指しているような感じがあるけれど、そこでマンツーマン傾向の守備にして対抗して再現性をなくしてカオスに持ち込み直そうというモウリーニョ。結局、カオス傾向が強いチームとして今回の『戦術リストランテ』でも分析されているクロップのリバプールが最近シティに土をつけたのも印象的です」
“マンツーマンマーク”がリバイバル
浅野「そういえば、森保ジャパンを題材に似たテーマで記事(「バスケです、バスケ」。森保ジャパンの“便所マーク”大苦戦に思う、古くて新しい戦術とW杯での可能性)を書いていましたよね?」
川端「書きましたね。今回の号を読みながら『よかった。俺の認識はおかしくなかったんだ』と安心しました(笑)」
浅野「その“俺の認識”を詳しく言うと?」
川端「『ゾーンディフェンスの崩し方』に習熟したチームに対しては、そもそもゾーンディフェンスじゃない方が有効なんじゃないか、という非常に単純な話です。言い換えると、『ゾーンディフェンスの崩し方』に習熟したチームが当たり前になっている時代において、そもそもゾーンディフェンスが必ずしも有効でなくなってきているのではないか、ということですが。本誌の中でも詳しく解説されていますが、マンチェスター・ユナイテッドはゾーンディフェンスの一般的な原則から外れた守り方をしていますよね。しかし、まさにその守り方でリーグ最少失点を実現している。そこはパラドックスではなくて、ある種の必然も入っているのかな、と。『ハーフスペース? なにそれ? おいしいの?』みたいな状況を作る」
浅野「グアルディオラやコンテのポジショナルプレーは“ゾーンディフェンス殺し”の意味合いも強いですからね。今流行りの前からのプレッシングもマンツーマンに近いやり方でマークに行きます」
川端「そうそう。マンツーマンプレスは高校サッカーでも見るようになりましたね。昔ながらのアプローチの延長線上として進化させているチームもあって面白い」
浅野「だからDF、MF、FWという分け方ではなく、ビルドアップ時に敵が4人来るから、GK含めた6人でプレスを外す、などの考え方になっています」
川端「ビルドアップは数合わせよね」
浅野「そうそう、攻撃/守備/攻守の切り替え の各フェーズに最適化された布陣をその都度採用していくというか」
川端「純粋に機械的なビルドアップだと機械的に壊されるからね。Jリーグでミシャ式が機能し切れなくなったのも同じ流れの中にあると思う」
浅野「一つのパターンじゃなくて、相手との噛み合わせだったり、起用する選手によって可変のパターンを変えなくてはならない。ミシャ式はそれが一定だから限界があった」
川端「あっ、いかん。こういう小難しい話ばかりする流れを今回はやめようという裏テーマで始めていたのに(笑)」
浅野「じゃあ、次に行きましょう(笑)」
川端「バーンリーの話と地続きの印象でもあったんだけど、バイエルン復活に関しての『ハインケス・マジック』の正体も面白かったね。『時間厳守』、『スマホ禁止』、『整理整頓』と『挨拶徹底』と」
浅野「あと練習時間増ね」
川端「そうそう、ボールを使わない体幹トレーニングを採り入れたのもその流れだよね。バイエルン復活のカギは“部活化”にあった(笑)。FC東京の新監督になった長谷川健太さんが似たようなこと言っていて話題になっていたけれど、いずこも同じよな、という」
浅野「また難しい話になっちゃうけど(笑)、『ケガをしない練習』と『強化のための練習』はヨーロッパサッカーでも答えの出ていないテーマです。果たして、どちらがいいのか。両立できるのか」
川端「育成年代だとなおさらだと思うんだけど、日本は『これが欧州最先端です』と言われると鵜呑みにしちゃう人多いから……」
浅野「『変わること』と『変わらないこと』は、さっきのベンゲルの話にも通じる現代サッカーの普遍的なテーマですよね。フットボリスタは『進化するサッカー』の方がメインテーマだけど、『変わらないものも大切』ということも伝えたいんだよね。アーセナルにフォーカスするのはそれが理由だし、遅れていることが必ずしもダメなわけでもない。さっきのマンツーマンもそうだけど、トレンドが一周することもあるしね」
川端「日本で『3バックは時代遅れ』とか言われていた時代もあったからね。いや、だめだ! 結局、また小難しい流れに(笑)。サイドチェンジや」
欧州で広がる『カウンター・メディア』の動き
浅野「じゃあ、俺からも1つ。冒頭で触れたマンチェスター・ユナイテッドのモウリーニョの記事もイタリアの新世代WEBメディアのUltimo Uomoだったけど、先月号からドイツの分析サイトのSpielverlagerungにも協力してもらうことになりました。最近ヨーロッパのサッカーメディアで面白いと思う流れがあって、とにかく選手の個別取材ができなくなってるじゃない。その理由はTwitterのフォロワー数が1760万人いるピケの言葉(スペインのインディペンデントマガジン『パネンカ』に掲載されたインタビュー)が象徴しているんだけど、『SNSの登場で選手自身が発信できるようになった。もうメディアは必要ない。スペイン最大の『マルカ』紙のTwitterフォロワー数は400万人。これを超える選手はたくさんいる』と。逆にこうしたクラブ/選手側の動きに対してメディア側としては、直接取材できないならコアな分析に力を入れようという動きがあって、各国で今までになかったコアな記事が読める新世代メディアが出てきている。フットボリスタでは、それらをキャッチアップして、どんどん紹介していこうかなと考えています」
川端「選手・監督のコメント取れなくていいとなると、(取材対象との関係悪化を気にしなくてもいいから)自然と批判もやり放題になりますよね。『暗黒の預言者』にしてもいい(笑)。ゴシップ記事も加速するでしょう。アームチェア・ライティングみたいな時代になってきているのかな。そういうのは机上の空論と紙一重ですけど。ただ、これは日本でも中田英寿という異才が先鞭を付けている流れではありますが、当初思われていたほどには浸透しなかったですよね。なぜかというと、ちゃんと発信できる能力や識見もそうなんだけれど、何よりそもそも発信できる意欲を持って、それを維持できる選手って、そこまでいないんだよね」
浅野「当時はまだSNSがなかったしね。ただ、今のヨーロッパサッカー界の現場は先鋭的な人を許容する懐の深さがあって、Spielverlagerungの分析チームの一員だったレネ・マリッチは今ザルツブルクのアシスタントコーチに抜擢されていますし、この前イタリアサッカー連盟(FIGC)が主催したアナリスト養成講座にはUltimo Uomoの書き手がゲストスピーカーとして招待されていました」
川端「逆に書き手側は、安楽椅子のアームチェアに甘んじる気がさらさらないんですよね」
浅野「そもそも書き手がセミプロというか、現役の若いコーチが多いですから(笑)。そういう人が『ディストピアのフットボールを信奉する暗黒の預言者』という豊かな表現(!)を使えるのが凄い。あとアカデミックな研究者系の人もいますね」
川端「ヨーロッパの育成年代の指導者って、ほとんどが兼業農家的な感じなんですよね。指導業だけで食えていなくて、フルタイムコーチがいない。だからいろいろな経験をしている人の玉手箱みたいな感じになっているというのもあるんだと思います。日本のJユースは欧州をコピーしたつもりで、コピーし損なっていたなあという気があらためてしています。ヨーロッパではビッグクラブの育成のコーチですら、フルタイムじゃない人がたくさんいますからね。日本のように中小クラブもフルタイムの専業指導者ばかりなんてのは不思議な話で。最近、日本でも副業文化をなんて声がありますが、この流れはサッカーでも汲むべきだなと。日本の場合、『サッカーで食えなかった』時代が長過ぎたので、その反動が出てる部分もありそうですが」
浅野「副業文化の差は間違いなくあるよね。日本はコーチが他の仕事をあまりしないというか、できない。あとヨーロッパのコーチは自分のメソッドを隠さないし、オープンソースとしてSNSやWEBに上げて議論したり、お互いに高め合っているのがいいなと。英語ができれば普通に高度な情報を取ってこれる」
川端「日本だと副業を『しなくてはいけない』みたいなネガティブニュアンスですからね。個人的に、ウルティモさんの記事は、(翻訳の)片野道郎さんがどれだけ言葉を補ってるのか気になる。ホントにここまで書いてるのかな?と(笑)」
浅野「前に片野さんに聞いたけど、ほんとにこういう表現です。むしろあまりに過激なやつはカットしているくらいです。普通に文化的な教養が高いと言っていました。あと向こうの人は体系化して考える癖があるので、現場レベルのコーチが論理的な文章が書けるというのもあると思います。副業文化の話に繋がってくるけど、コーチって教えるのが仕事じゃないですか。本職の肝が選手にわかりやすく伝えることなんだから、本当は書けるはずなんです。だから日本の現場の人はもっとSNSやブログで発信したり、書くべきだと思う。この前、アレグリ(ユベントス監督)のコーチライセンス取得時の論文が日本語訳されていましたが、ヨーロッパの指導者は本当に書ける人ばかりです」
川端「言語化する作業って、自分の考えを整理するのを助けますしね」
浅野「試合での采配など勝負事には向かない(=監督として結果は出せない)けど、理論や分析力は凄いというコーチもリスペクトされていて、適切な舞台や役職が与えられています」
川端「まあ、日本はロジックよりエモーションを大切にする文化だというのもあるかもしれない。少年漫画でも、ロジック派の敵が感情的な主人公に敗れるでしょう(笑)」
浅野「日本人コーチの練習メニュー好きはそれを象徴していますよね。具体的であることを求め過ぎるというか、抽象化を好まない。例えば、海外サッカー見学に行った日本人指導者が練習について聞く時、具体的なメニューばかり聞くそうです。向こうの人はそんなの毎日変わるし、そこに至った流れや意図が大事なのにそこはまったく聞かれない、といつも感じるそうです」
川端「そもそも何でそのメニューを思いついたのかとか、なんでそれをやるのかの方が大事だよね。レベルも状況もまちまちなんだから。指導者向けの雑誌を作っている編集者さんも『需要があるのはとにかく練習メニュー』と言っていましたね。その話を曹貴裁さん(湘南監督)にしたら、笑われたけれど(笑)」
浅野「練習メニューの背後にある指導者の哲学の方が大事で、そこを自分がどう解釈して今そこにある状況に合わせてアレンジするか、そこを省略することはできないし、ドリルのように答えが簡単に出てくるものでもない。背後にあるものを見ないと自分の中で理論化もできないですし、頭の中で理論が体系化されていないから書けないというのもあると思います。もちろんできている人もいるけどね」
川端「小嶺先生もまさにそんなこと言ってたなあ。賛否あっても、あの人が確固たる哲学を持って指導に当たってることは誰も否定しないでしょ」
浅野「だから哲学があることが大事で、その内容の是非じゃないんだよね。そういう資質を持った若い日本人コーチを見つけられていないメディアの責任もあるので、今後は積極的にやっていきたいです。来月号ではそうした方たちに登場してもらう予定です」
川端「お、それは楽しみです。しかし、また小難しい話にいってしまったような……」
浅野「この2人で話している限り、どうしようもないな(笑)」
川端「では最後に、何かこの号について言っておきたいことは?」
浅野「先月号で好評だったセリエA分析官バルディの日本代表スカウティングレポートを踏まえた『じゃあ、どうするの?』という対談も収録されていますし、ベティス監督のキケ・セティエンのインタビューは風間監督に似ていると名古屋方面で評判なので、ぜひ読んでくださいということで(笑)」
川端「キケ・セティエン監督のインタビューは面白かったですね。すごくベティス感ある(笑)。たとえ敗れようとも!」
浅野「だからサッカーは単なる勝ち負けじゃないんですよ!」
川端「それでは、今後も強い気持ちで!」
浅野「ありがとうございました!!」
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Photos: Bongarts/Getty Images, Getty Images
Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。