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メンタルの正体は神経伝達物質。食事・サプリメントで変えられる

2017.07.10

オランダで活躍する日本人フィジオセラピストが語るメンタル改善法


15-16シーズンのオランダ2部リーグを制したスパルタ・ロッテルダムはケガ人が極端に少なかった。その立役者がサッカーのピリオダイゼーション理論を駆使して、綿密にトレーニングの負荷をコントロールしていた日本人フィジオセラピスト、相良浩平だ。


「ケガとメンタルの関係を教えてほしい」と申し込んだ取材は、思わぬ方向に発展していった。

ホルモンと神経伝達物質

ストレスホルモンが大量に分泌されると今まで感じなかった痛みを感じるようになる

──まずはフィジオセラピストの役割について教えてください。

 「基本的にはケガの予防とリハビリを担当しますが、スパルタにはフィジカルコーチがいないのでトレーニングの負荷のコントロールに関わっています。昔は走るトレーニング中心でしたが、今はサッカーのコンディショニングをゲーム形式のトレーニングで行うことが主流になりました。その際のトレーニングの分数やセット数などを設定するところだけに専門知識がいるんですね。コンディショニングに関する知識を持っているフィジオセラピストやアシスタントコーチがいれば、フィジカルコーチがいなくても対応できてしまう部分もあります。もちろん、スパルタがたくさんスタッフを雇える規模のクラブではないという事情もあります」

──トレーニングの負荷を設定する際に選手のメンタルを見て負荷を調整することはありますか?

 「僕らがあえて負荷を下げるというよりはむしろ逆で、精神的な要因でこちらが設定していた負荷に達さないということがあります。試合で負ける、ポジションを奪われるなどのネガティブな要因で練習に身が入らなくなる状態ですね。それは避けたいというのが大前提です。ではどうするのかと言えば、“結果ではなくプロセスを意識する”ことで思考をコントロールするということをシーズンの初めからずっと言い続けています」

──メンタルが落ちているとケガをしやすいという話をよく聞くのですが?

 「それはあると思います。ネガティブなことが起こった時や試合に負けた時はコルチゾールなどのストレスホルモンが大量に分泌されます。そうすると痛みに敏感になり、今まで感じなかった痛みを感じるようになるんです。実際、負けが続いた時は痛みを訴える選手が多くなります」

──大きなケガに関してはどうですか? それは偶然ですか?

 「試合中に疲れてくると感情のコントロールができなくなってくることは証明されています。そうなると自分の体の動きに意識を向けることが難しくなり、大きなケガに繋がりやすくなるのではないかと考えています。ネガティブな要因で思考がコントロールできなくなると、同じことが起こるかもしれません」

──疲労状態になると感情をコントロールできなくなるし、自分の体をどう動かすかというところでも反応速度が遅くなりプレーの質も下がるし、運が悪ければケガに繋がるというのよくわかる話です。メンタルも同じメカニズムというわけですね。

 「ケガは一つの要素だけが原因になるわけではないです。例えばトレーニングの負荷を調整する時も、30歳を過ぎている選手は負荷を下げましょうとか、ハムストリングのケガの既往歴がある選手はスプリントの回数を減らしましょうなど様々なリスクファクターを考慮します。その一つとしてメンタル面もあります」

──メンタルを改善するには、具体的にどういうアプローチがあるのでしょう?

 「先ほどコルチゾールなどのストレスホルモンの話をしましたが、神経伝達物質のセロトニン、アセチルコリン、ドーパミンなどの分量によって、今までと気持ちの持ち方が変わってくることが証明されています。最近はサプリメントの摂取や食事のとり方によって人間の脳内に直接アプローチする取り組みが研究されています。今までは気持ちの問題は人と話をすることによって解決しようとしていましたが、新しいアプローチですよね」

──心理カウンセラーはコミュニケーションを取ることによって気持ちの問題を解決しますが、フィジオセラピストとしては違うアプローチがあるということですね。

 「体の中の神経伝達物質の量を食事やサプリメントによって調整することで、その人の考え方を変えることができるということです。今までの栄養学はタンパク質や炭水化物の量をどのくらい摂取すれば体がより早く回復するとか、より筋肉を付けられるという考え方でしたが、選手の考え方や思考に栄養面からアプローチできるという考え方が今オランダで広まりつつあります」

7シーズンぶりの1部挑戦となった昨季のスパルタは苦しいシーズンを送り、残り2節の時点で昇降格プレーオフ行きとなる16位だった。しかし、最後の2節で連勝。16位と同勝ち点の15位に浮上し、大逆転で1部残留を勝ち取った(写真中央でフィテッセのカシアーと競り合っているのはポール・ポグバの兄マティアス)

思考のコントロール

実は今クラブの中で週1回ヨガをやっている

──リハビリについても聞かせてください。ケガをした選手はネガティブになりがちですが、意識することは?

 「とにかくコミュニケーションが大事。こまめに会話することは意識しています。あとはポジティブにコーチングすることですね。具体的には、長期的なプランを常に提示すること。リハビリ中は不安要素が大きくなってしまうので、『今こういう状態で、ここからこういうメニューになって、この時期にはこうなりますよ』というプランを言い続けることで、選手の目標設定を明確にする。そうすればポジティブにリハビリに励めるようになります。リハビリ中は『もし良くならなかったらどうしよう』というネガティブな心理になりやすいです。常に今やるべきことに意識を向けさせることがポイントになります。つまり、自分の思考のコントロールですね。実は今クラブの中で週1回ヨガをやっているんです。もしかしたら選手たちは柔軟性を高めるためのトレーニングと受け取っているかもしれませんが、目的は思考のコントロールです」

──ヨガで心の持ちようが変わってくるものなのですか?

 「ヨガをやっている時は自分の呼吸や自分の体がどうなっているかに意識を向けることができます。メディテーション(瞑想)という、目を閉じて何も考えないで呼吸だけに意識を向けるトレーニングがありますが、それって実は凄く難しいんです。何も考えないことはハードルが高くて、呼吸だけに意識を向けようとしてもいろいろなことが頭に浮かんできてしまうんです。選手にいきなりメディテーションをさせるのはハードルが高いので、ヨガという形で少しずつ思考をコントロールしていく方向に影響を与えたいと考えています。ヨガの最中には呼吸や自分の体のどこがストレッチしているのかを意識するように言っているんですけれども、それによって思考のコントロール、頭の中に湧いてくる余計な考えに左右されるのではなくて自分の呼吸だけに集中する『無の状態』に持って行く訓練をしています。自分の思考をコントロールできるようになると、リハビリの時もそうですが、ネガティブな方向に思考が引っ張られなくなるのではないかと考えています」

──思考をコントロールするのも技術なんですね。

 「そうです。今の若い選手たちはロッカールームにいる時も常にスマートフォンを持ってFacebookやTwitterを見ていて、外からの情報にずっと刺激されている状態です。外部から自分を切り離して思考をコントロールすることが難しくなってきている世代だと感じます。ヨガやメディテーションで無意識的な思考をコントロールする術を学ぶのは、これからますます重要になっていくと思います」

──思考がネガティブに転がることをコントロールできれば、ケガの予防やリハビリなどすべてに繋がってくるということですね。

 「自分の頭をコントロールできるということは、結局体をコントロールしているのは頭なので、すべてに繋がる大事な要素なんです」

メンタルの再定義

メンタルの正体はホルモンであったり神経伝達物質であったり、脳の器官

──相良さんが師事するレイモンド・フェルハイエンの研究テーマでメンタルは脳にあるのか心臓にあるのか、という話を聞いたことがあります。これはどういうことですか?

 「今までサッカー界ではフィジカルとメンタルを別々のものとして認識していましたが、科学の発展に伴ってメンタルの正体はホルモンであったり神経伝達物質であったり脳の器官であることが明らかになってきました。だから結局は体の中の機能の一つに過ぎない。それをメンタルとフィジカルという言葉で表現すると、メンタルは体の外にある何かなんじゃないかと誤解されてしまう。その分類の仕方自体が違うという問題提起ですね。

 レイモンドが心臓を指さすのは、心の問題といった時に胸を叩いたりすることがよくあるじゃないですか。それは問題の所在を曖昧にする行為で、メンタルというものを体の外にある抽象的なものとして扱っているからです。例えば、試合で負けた時に監督が『今日の私たちはメンタル的に弱かった』と言うことがありますが、意図的かどうかは別にして問題の所在を曖昧にする行為です。メンタルを曖昧なものとしてとらえる考え方は、最終的には根性論に繋がってくる危険性があります。理不尽なトレーニングの理由として『あれはメンタルを鍛えているんだ』『根性を鍛えているんだ』という話を聞きます。論理立てて説明できないからメンタルとか根性という言葉で片付けられてしまっていると感じます」

──グラウンド上でメンタルを鍛えるトレーニングというものもあるのですか?

 「メンタルに特化したトレーニングというよりは、試合の中で自分のタスクに集中するようコーチングすることを意識しています。例えば、感情が高まって審判に文句を言う、あるいは自分のタスクではなく自分をマークする相手の行動に思考が向いてしまって切り替えのスピードが遅くなることがあります。思考のコントロールは今日話したテーマすべてに共通する話ですが、トレーニング中に冷静さを失っていないかを監督は常にチェックしていますし、僕らスタッフも意識しています。ミーティングでもまず言いますし、試合で起きた感情的になったシーンの映像を見せて、『これは自分のタスクに集中しているのではなく相手に対して気を取られている』と指摘することもあります。負けている時はスコアに意識が向いて前がかりになり過ぎている、反対に勝っている時は前からプレスに行きたいのに後ろに下がって守るなど、スコアや状況に左右され過ぎることも問題です。そうではなくて、自分たちがトレーニングしてきたことを試合の中でやらなければならないという方向に集中するよう、トレーニング中にもコーチングしています」

──スコアによってゲームプランが変わることもありますが、チームとしての軸を見失わないということですか?

 「結局チームとしての約束事というのがまずあって、勝っている時は後ろに引いてラインを下げて守備をしましょうという約束事を決める時もあります。そうではなくて勝っている時でもロングボールを蹴られて相手の大きいCFにボールが渡ってしまうことが怖いから、プレスは前から行こうと決めているとしますよね。でも勝っていることで運動量が減ってしまったり、ラインを下げた状態でプレスに行かなくなってしまったりという状況がサッカーではよく起きます。そうしたメンタルに起因するゲームプランの崩壊を避けたいということです。もちろん試合状況によって初めにプランしていたことと違うことが求められることもありますが、その際も今やるべきことに集中する思考のコントロールが重要になってきます」

プロフィール
相良浩平
(スパルタ・ロッテルダム/フィジオセラピスト)
1980.4.3(37歳)JAPAN

筑波大学卒業後2003年に渡蘭。2004年からFCユトレヒトの育成で5年間トレーナーとして働く。2010年からオランダ3部リーグでピリオダイゼーションスペシャリストとしての活動を始める。2015年から当時2部のスパルタ・ロッテルダムのフィジオセラピストに就任し、15-16シーズンの2部優勝に貢献。7季ぶりの1部リーグとなった昨シーズン、チームは見事1部残留を果たした。World Football Academy(WFA)主催サッカーのピリオダイゼーションセミナー、ベーシックコース講師。

※ワールドフットボールアカデミー(WFA)とは?
各国サッカー協会やいくつもの海外クラブへの主要な情報プロバイダーとして世界中のサッカースペシャリストとその専門知識を共有し、サッカーに関わるすべてのコーチ、スタッフ、選手の育成を目的とした最先端の組織。

Photos: Getty Images

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スパルタ・ロッテルダム相良浩平

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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