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「サッカーでランニングは無駄」ピリオダイゼーションとは何か?

2017.06.12

「サッカーのピリオダイゼーション理論」考案者レイモンド・フェルハイエン独占インタビュー

最先端のコンディショニング理論としてヨーロッパのトップレベルに急速に広まっている「サッカーのピリオダイゼーション理論」。サッカーのトレーニングを大きく変えつつある新概念とは何なのか? その考案者であるレイモンド・フェルハイエン氏――ヒディンクやライカールトを陰から支えたオランダの名コーチだ――に2016年12月に開催された「ワールドフットボールアカデミー・ジャパン」の講習会後に話を聞いた。

選手時代に「サッカーではない」トレーニングを全員横並びでやることに強い違和感を覚えていた

――日本でも最近「ピリオダイゼーション」という言葉がよく聞かれるようになっています。ただ、私自身も勘違いをしていたのですが、「戦術的ピリオダイゼーション」とレイモンドさんが提唱する「サッカーのピリオダイゼーション」は別のものとのことでした。まずはその違いから教えてください。

 「戦術的ピリオダイゼーションというのはポルトガルを発祥とするものです。他の要素も少しは含まれていますが、基本的には戦術に限定するピリオダイゼーションという認識です。一方で、私が話しているサッカーのピリオダイゼーションというのは、すべてのトレーニングに関するものになります。それが違いです」

――ピリオダイゼーションと聞いた時に私が真っ先にイメージしたのは、ボールを使ったフィジカルトレーニング――今までは分離されていたフィジカルトレーニングと戦術トレーニングを一体化し、戦術トレーニングの中でサッカーに必要なフィジカルを鍛える――のことでした。ヨーロッパでもトレンドとなっているメソッドですが、これはレイモンドさんが提唱した理論なのでしょうか?

 「そうです。私が選手だった頃、コンディショントレーニングの時はボールを使わない、つまり『サッカーではない』トレーニングで、しかも全員が同じエクササイズをしなくてはいけないことに対して強い違和感を覚えていました。その理由は2つです。

 まず1つは、従来のコンディショントレーニングでは試合の中で必要となる動作とまったく違う動きをする点です。続けていけばそれ自体はうまくできるようになっていきますが、コンディショニングトレーニングがうまくこなせるようになることとサッカーが上達することは別だと感じていたのです。例えばランニング。当時は一定のペースでグルグルと同じところを走るだけでした。ただ、実際の試合ではスプリントして、回復してまたスプリントして、回復して……の繰り返しであり、その間には酸素を体に取り込んで回復していくという過程が必ずあります。ですが、一定のペースで走るエクササイズからはそうしたサイクルがすっぽりと抜け落ちてしまっている。だから、おかしいと考えたわけです。

 もう1つは、ゲーム中に各選手はそれぞれ異なる動きをしているにもかかわらず、トレーニングでは全員が同じメニューに取り組まなくてはならない点です。私は17歳の時、U–17オランダ代表でプレーしていたのですが、股関節のケガで選手を辞めなければいけなくなりました。それから大学に行って、実際に試合の中で各選手が行っているアクションは何か?という研究を始めました。その結果、DF、MF、FWは試合中まったく異なるアクションを行っていることがわかりました。ということは、コンディショントレーニングの時間よりもサッカーのトレーニングの時間、つまりゲーム形式のトレーニングを増やせば、DFは自身に求められるタスクをより長い時間トレーニングできますし、MF、FWについても同じです。個別の事情に合ったトレーニングをした方が、むしろコンディションの問題(ケガも含めて)は解決されるのではないかと考えたのです。

 その研究成果が認められ、25歳の時にオランダサッカー協会(KNVB)で仕事を始めました。そして10年かけてこの理論を発展させ、いろいろな場面に適用させていくことに着手しました。例えばワールドカップではどうするのか、EUROではどうするのか、あるいは女子サッカーではどうするのか、というように、様々な現場で自分の理論を試していきました。現場で実践して適応させていく中で、理論をさらに発展させることができました。常に理論をブラッシュアップし、それを現場に適用することを繰り返していったのです。

 それを10年間続けた後、2009年にワールドフットボールアカデミー(※)という会社を設立して、今まで積み上げてきた理論を世界中でシェアしてくことを決めました。今では様々な国に支社(支部)があります。日本はもちろん、オーストラリア、UAE、南アフリカ、オランダ、ブラジル、アメリカに展開しています」

写真奥、コーチ陣の一番左がフェルハイエン。ヒディンク(同右から2番目)とのコンビで02年W杯の韓国代表やEURO2008のロシア代表でベスト4進出を果たした。その他、クラブレベルでもバルセロナやゼニト、チェルシー、マンチェスター・シティなどで働いた経験がある

――これまでは日本もそうでしたが、サッカーのトレーニングは質より量、2部練習も当たり前というのが常識でした。短時間で質にこだわったトレーニングを導入するのは革新的ですが、それだけに現場の反発も大きかったのではないでしょうか。オランダ国内であなたの理論を導入するにあたり、現場にどうやって浸透させていったのでしょうか?

 「いろいろと議論は起こりました。けれどそれは、反発が大きかったという意味ではありません。論理立てて説明すれば、確かに理にかなっていると感じてもらえました。ただ、本当に効果的かどうかというのは当然ながら最初の時点ではわかりませんでしたので、実践を通して証明していく必要はありました。
一番大きな変化が起こったのは、(ヒディンク監督のフィジカルコーチとして帯同した)2002年の日韓ワールドカップの韓国代表の時でした。私のところに『どうやったらあんなにフィットネスの高いチームを作ることができるんだ?』という問い合わせがたくさんあったのです。

 さらにその後、バルセロナでライカールト監督のアシスタントをしていた05–06シーズンのチャンピオンズリーグで優勝しました。こうして、発展させてきた理論を実践の中で証明していくことができました。

 日本も同じで、現状ではトレーニングの量をこなせば上達するという考え方が根強く残っているそうですが、(ピリオダイゼーションの効果が)実践で証明されたケースもたくさんあるのではないかと思っています。例えば、14年シーズン前に3冠を達成したガンバ大阪や16年に2冠に輝いた鹿島アントラーズ、J3で優勝した大分トリニータや昨年の大学サッカー選手権で優勝した筑波大学は、いずれもサッカーのピリオダイゼーション理論を取り入れたチームでした。日本でも講習会を通してこの理論が広まってきていますし、現場でも実証されてきていることを見てもらえれば、より積極的に導入してもらえるのではないかと考えています」

――ガンバ大阪や鹿島アントラーズがピリオダイゼーション理論を導入したという話は耳にしていましたが、具体的にどういった関わり方をされているのですか?

 「自分が直接チームに関わっているのではなく、そのチームの指導者たちが私の講習会に来てくれました。そこでこの理論について学んでもらい、それを指導者たちが自分のチームに持ち帰って現場で実践しているということです。直接的な関わりは特にはありません。チームから私への質問があれば答えますが、指導者たちが自分たちなりの方法でこの理論を実践していくことが大事というのが私の考えです」

16年のJリーグ王者鹿島アントラーズも、フェルハイエンのピリオダイゼーション理論を取り入れたチームの一つだ

“スパルタ式”でメンタルを鍛えるのは間違っていない。しかし、同じことはサッカーのゲームでできる

――今回の講習会の内容を踏まえて、質問したいことが2つあります。1つ目は日本の悪しき伝統と言われている長時間のハートドレーニングについてです。ただ、スパルタ式のトレーニングは過酷な状況下でメンタルを鍛える効果も期待しているという側面もあります。サッカーにおけるメンタルを向上させるトレーニングについてはどうお考えですか?

 「選手を激しくトレーニングすると脳が強くなる、激しい負荷に耐えられるようになるというのは論理的に正しいです。それを走るという方法で鍛えることは可能だと思います。だから必ずしも日本の指導法が間違っているわけではありません。ただし、単純に走らせるのではなく、それをサッカーのエクササイズの中でやらせた方がより効果的というのが私からの提案です。日本の指導者は走らせて選手を疲れ果てさせ、疲れてもまだ走らなければならないという過酷な状況を作り出していますが、それと同じシチュエーションをサッカーのゲームの中で起こすのが私のトレーニングです。選手が疲れ果てている状況でサッカーをプレーさせ続けさせることで、ゲームの中の(判断/実行などの)タスクをこなさせるのです」

――もう1つの質問が、ヨーロッパのトップレベルでは選手の負荷を厳密に管理しているそうですが、例えば管理外のトレーニング、練習が終わった後の個別練習や子供たちの遊びのサッカーといったものに関してはどう負荷を管理し、どういうやり方で対応すればいいのでしょうか?

 「まず負荷の管理に関してですが、強度を細かく設定し、オーバーロード(過負荷)を与えるのは成長期が終わってからだと考えています。その上で、クラブでは優れた選手同士がしのぎを削るようにトレーニングに取り組みますので、強度を管理するのは非常に重要になってくるでしょう。一方で、遊びのサッカーの場合はトレーニングほど強度は高くないですし、テンポの低いサッカーになるので、それほど強度を管理する必要はないと考えています」

――それは遊びのサッカーは自由にやらせていいということですか?

 「子供たちに関してはそうです」

――では少し年齢が上、例えばU–15のカテゴリーの場合はどうでしょう?

 「それくらいの年代になってくると、トレーニング以外でサッカーはさせたくないです。トレーニング自体の強度が非常に高くなる年代ですし、さらにそれ以外の活動を行うと負荷をコントロールできなくなります」

プレーのインテンシティは今以上に高くなる。それに伴い選手交代のルールも改正されるだろう

――講義を聞いてとても興味深かったのが練習の強度を調整する方法です。エクササイズに参加する人数を変えて調整したり、例えばU-16対U-17のようにカテゴリーの違うチームを対戦させて強度を変えたりするとおっしゃっていましたが、U-16とU-17のチームが戦った時、カテゴリーが上のU-17側のメリットというのは何かあるのでしょうか?

 「U-17の選手にとっては彼らの方がボールを持つ時間が長くなるので、攻撃をテーマにした戦術トレーニングをするのに有効なのです。もちろん、U-16の選手にとっては同年代のチームとの対戦に比べて、より高い強度の練習ができることがメリットです」

――ヨーロッパ全体の話なのですが、ここ2、3年でトップレベルのインテンシティが急激に上がっていると感じています。例えば、プレミアリーグでは前線からのハイプレスの進化が著しい。このようにゲームのインテンシティ、テンポが上がっていく中で、コンディショニングはどう変わっていくのか、あるいはそこに対応するには何が必要になってくるのかを教えてください。

 「まず、プレーのインテンシティに関しては今以上に高くなっていくでしょうね。最終的にどうなるかというと、おそらくは交代選手の数が増えていくか、あるいはアイスホッケーのように一度交代してもまた戻って来られるようルールが改正されるのではないかと予想しています。ですから、強度やテンポはこれからもどんどん上がっていく可能性が高いでしょう。強度が上がっていく中で、今度はその高いインテンシティをより長い時間維持させるにはどうするか、その方法を考えていくことになるでしょうね」

――具体的にどういうトレーニング法でしょうか?

 「例えば、ハイテンポなプレーを4分間行い、2分間の休憩を挟み、またハイテンポなプレーを4分間、これを4回繰り返すとします。4分の間に20回アクションを起こすとしたら、4セットで計80回アクションを起こすことになります。そうすると、22分の間に80本スプリントすることになります。ここで休憩を2分から1分半にすると、同じ80本のスプリントを20分半の中で行うことになります。さらに休憩を1分にすると、19分間で80本スプリントすることになります。こうしてスプリントの頻度を上げることで、より素早く回復する能力を養っていく、といった高いインテンシティを維持するトレーニングメニューが求められるようになっていくのではないでしょうか」

※ワールドフットボールアカデミー(WFA)とは?
各国サッカー協会やいくつもの海外クラブへの主要な情報プロバイダーとして世界中のサッカースペシャリストとその専門知識を共有し、サッカーに関わるすべてのコーチ、スタッフ、選手の育成を目的とした最先端の組織。

Photos: Bongarts/Getty Images, Getty Images

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WFAレイモンド・フェルハイエン

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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