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河内一馬が提唱する異色の戦術論。「戦術×意思」の新フレームワーク

2020.03.26

戦術的ピリオダイゼーション vs Japan’s Way #5】 河内一馬(鎌倉インターナショナルFC監督兼CBO)インタビュー前編

2021年から鎌倉インターナショナルFCの監督兼CBO(Chief Branding Officer/ブランディング責任者)に就任することを発表した河内一馬。 今回は、サッカークラブの最大のブランディングでもあるピッチ内でのサッカースタイルについて聞いてみた。「サッカーはアート」と考える彼が体系化した戦術論は、サッカーの4局面に「人間の意思」を組み込んだまったく新しいフレームワークだった。

「海外基準」のフレームワークを疑う

――前回はブランディング中心にクラブのビジョンをお話しいただきましたが、今回は監督としての仕事、戦術面のビジョンを聞かせてください。河内さんは今まで意図的にピッチ内の戦術への言及を避けていたように見えるんですが、それはなぜなんですか?

 「まず、アルゼンチンにいる間に監督になるための自分のブランディングをして、日本に帰ってくるタイミングですぐに監督としてのキャリアをスタートさせることが目的だったので、中途半端に言及するくらいだったらしない方がいいという考えですね。監督として興味を持ってくれたクラブが出てきた時に、そこでサッカーの話をすればまったく問題ないと思っていました。ビジネスに関連する話題を提供した方が話題性を作れるということも考慮していました。あとは単純に僕の理論をしっかりと体系化するのにかなり時間がかかったというのもありますね」


――その体系化した戦術論の中身をぜひ教えてください。

 「ぜひ、聞いていただき意見をください。今はまだ他人の意見を加味していないので、これを機に他の人と話をしたりできたらと考えています。一応資料があるので、見ていただきながら説明させてください(※以下挿入画像は河内さんの資料より引用)。まず、僕はサッカーはアートだと言っているくらいなので、自分が思うサッカーというものを自分で考えて、その上で体系化したかったんですね。自由に考えて、外国人の言っていることを疑ってみるところから始めました」


――海外の基準をそのまま取り入れるわけではなく、自分の中で一度消化して体系化しようとしたわけですね。

 「なので、そもそも“サッカーとは何か”を考えることに最初は時間を費やしました。そのために、まずあらゆるスポーツ競技を自分の方法で分類することから始めて、そうするとサッカーは団体闘争(チーム・ストラッグル)というカテゴリーに属する、という結論が出ました。簡単に説明すると、団体であるということ、相手競技者と同じ時間と空間で行われるスポーツ競技であるということ、意図した妨害が可能、もしくは許されているスポーツ競技である、ということです。次にサッカーの目的ですが、今言ったようにサッカーはスポーツ競技の1分類に属すので、相手の競技団体よりも優れた結果を残すこと、つまり勝利が目的になります。なので、個人として『僕は勝ちたいからサッカーをやっているんです』っていうのは正しいようで正しくない。あなたの目的ではなくて、そもそもサッカーというもの自体の目的が勝利ということになります。じゃあそのために何をしなければいけないのかというと、得点を取ることと、失点を防ぐこと。それが勝利の手段としてあると。ここを整理しておくことは、この後の体系化に非常に重要な意味を持ちます」


――まず、サッカーという競技自体の定義から始めたわけですね。

 「はい。じゃあサッカーで最も強いチームって何かと考えると、時間と空間を自発的にコントロールできるチームだと僕は定義します。例えばペップだったら、ボールをずっと持ち続ければ負けることはない、つまり最強だと考えていると思います。相手が準備をしない間に早く攻め続ければ負けることはない、という考え方もありますよね。同じように、僕は時間と空間を自発的にコントロールすることができればサッカーで最も強いチームが作れると考えています。というのも、先ほど触れた通り、サッカーというのは相手と同時空間で行われるスポーツ競技なので」


――攻撃と守備ではっきりプレーエリアが変わるわけではないし、っていう話ですよね。

 「そうです。時間のコントロールと空間のコントロールって言うと簡単なんですけど、要するに、時間のコントロールはプレーのテンポを自発的に操れるかどうか、空間のコントロールはピッチの全体を自発的に使えるかどうか。この2つを自由にできるチームは強い。1人でやるのは簡単だと思うんですけど、サッカーは11人いるので非常に難しいわけです」

「攻撃」と「守備」ってそもそも何?

――相手も11人、合計22人でやるわけですからね。

 「そうです。そして、そう考えていくと、今世の中にあるサッカーの考え方には問題があることに気がつきます」


――というと?

 「今世の中に存在している、ほとんどのサッカー理論においては、必ずこの2つのサイクルのどちらかが出発点になっています。つまり人々は、サッカーの構造をこのように理解している。

 ここを僕はかなり疑っています。大前提として、サッカーというゲームは、何が攻撃で何が守備なのかという定義が、非常にしづらい特徴を持っています。だから左のサイクルに疑いを持った人が、右のようなサイクルでサッカーを説明し始めたんだと思います。攻撃と守備っていうのを、はっきりとボールを持ってる時は攻撃で、ボールを持ってない時は守備っていう風に定義をした人がこのサイクルを使うんです。アルゼンチン人もそうですね。攻撃っていうのはボールを持ってる時で、守備っていうのがボールを持ってない時だ、と考える方が簡単なので。ただそれって、例えばボールを持っている時にゴールを目指そうという意思がなくても攻撃だと言えるのか、ボールを持ってなかったらゴールを守ろうとしなくても守備だと言えるのか、という疑問がどうしても残ってしまう」


――リードした鹿島アントラーズがコーナーフラッグ付近でボールキープするのが、果たして攻撃なのかってことですよね。

 「これって今までも指摘をされてきたかもしれないけど、結局誰もこの先を考えていないんです。要はサッカーをわかりやすくするために、矛盾点は残るけど、こうやって考えようねと。僕はここを徹底的に考えました。理論の出発点さえズラせれば、そこから先はすべて変わってくるんじゃないかと。じゃあそもそも攻撃と守備の概念って何かって考えた時に、権利、意思、姿勢の3つの観点から説明しなければならないことがわかりました。そのうちサッカーの体系化おいて重要になるのが『権利』と『意思』です。つまり、英語とかスペイン語で考えると、オフェンスという意味での攻撃と、アタックという意味での攻撃、ディフェンスという意味での守備と、プロテクトという意味での守備があるなと思ったんですね」


――攻撃と守備をそれぞれ2つに分類しちゃうわけですね。

 「はい。じゃあそれぞれの概念が具体的に何を指してるかってことになりますが、まずオフェンスとディフェンスについて説明します。

 図で見てもらうと、自分の背中にお宝があるとして、1人は剣を持っていて、1人は盾を持っています。ここでは剣を持っている人がオフェンスの状態で、盾を持っている人はディフェンスの状態だと定義できます。何を言いたいのかというと、剣を持っている方は攻撃する権利を持っていて、盾を持っている方にはそれがない。つまり、権利として攻撃できる状況かどうかという意味で、オフェンスとディフェンスを定義しているんです。では真ん中の矢印で何が起きているのかというと、ターンの切り替えですね。そして、その切り替えは、例えば野球ではルールで決まってるわけですけど、サッカーにおいてはボールの切り替わりがターンの切り替わりだと言えるわけです。ボールがないと得点ができませんので。さっき出した従来のサッカーの構造理解はこれです。ボールの有無で切り分けるっていう。でもこの理解の仕方は正しいけれど十分ではない。サッカーには攻撃と守備なんてものはないんだ、とたまにいう人がいますが、そのような人も必ずボールの持ち主が変わった瞬間に切り替え!と叫びます。なので、矛盾しているんです。そこでさっき出した内の、残りのアタックとプロテクトが何かという話に繋がってきます」


――「オフェンス」と「ディフェンス」は従来の「攻撃」と「守備」とイコールですよね。で、「アタック」と「プロテクト」は何なんでしょう?

 「その説明がこの図になります。図を見てもらうと、両方とも何も持ってないんですけど、1人は相手に対して向かっていっていて、1人はその場に立ち尽くしている。つまり、持っている意思と、それによって表れる身体動作が違うということを言いたいんです。アタックしよう、という意思を持っている人、もしくは物体っていうのは、必ず移動するんですね。そしてプロテクトしようと思っている人は静止するんです。例えばボクシングだと、パンチする姿勢とガードする姿勢ってはっきりわかりますよね。つまり、パンチをする時の拳は移動していて、ガードしようとする時の拳は静止するんです。サッカー含め、他のスポーツでも、意思が身体動作に必ず表れます。サッカーでは、ここを概念に組み込むことができていないんです。

 あらためて整理すると、オフェンスとディフェンスは、ターンの切り替え、つまりサッカーではボールの持ち主で定義されます。そしてアタックとプロテクトは、相手に向かう意思を持って移動しているか、迎えうつ意思を持って静止しているかという、意思とそれに伴う身体動作による定義をしているわけです。そして、オフェンスとアタック、ディフェンスとプロテクトの概念がイコールかって考えると、イコールのスポーツもたくさんあると思うんですよ。もしくはどっちかしかないスポーツ。ただサッカーはそうではない。攻撃の権利が与えられているオフェンス時に、プロテクトをする、つまり静止することもある。逆にディフェンスの権利が与えられている時に、アタックをする、つまり相手に向かっていくこともある。今までのサッカーの概念っていうのは、攻撃と守備はずっとボールに依存させてきたんです。つまり僕の解釈でいうターンのサイクルをずっと攻撃と守備と言ってきたわけです。ただ、それでは説明できないことが当然サッカーではたくさんあるわけです。なのでこの4つの観点を整理しようと考えました」

「意思」が向かう場所はどこか?

――なるほど。「意思」というメンタルな要素をサッカーのサイクルに組み込んだわけですね。

 「その『意思』の話を進める前に、大事なことがあります。ボールと人間、サッカーにおいて共通点が1つあるんですけど、何だかわかりますか?」


――移動するってことですか?

 「そういうことです。動くってことですね。なんでこれが大事かというと、そもそも攻撃と守備の概念は動くものにしか依存させることができないんです。つまり止まっている人とか物には攻守の概念を依存させることは絶対にできない。それをみんな本能的に理解しているので、今までボールに攻守を依存させてきた。でも今言った通りサッカーには動くものがもう1つあります。人ですね。ボールは意思を持つことはできないのに対して、人間は意思を持つことができます。じゃあ意思を持ってコントロールできる自分というものに攻撃と守備の概念を依存させることができれば正しくサッカーを理解できるんじゃないかと考えたんですね。時間と空間を自発的にコントロールするためには、理論上自分じゃないと不可能になります」


――じゃあサッカーにおいて意思が向かう先って何でしょう?

 「これもすごく大事で、例えばボクサーだったら、向かっていきたいという意思を持っていても、相手がいないところにその意思が向かっていたら意味がないわけですよね。相手の顔に意思が向いているから攻撃として成立すると。じゃあサッカーの意思が向かう目的物が何かと考えると、相手のゴールと相手のボール、ここの2つしかないと僕は考えます。

 これは当たり前のように聞こえるんですけど、ただ実はここの理解が間違っているからサッカーでいろんな問題が発生していると僕は思っています。じゃあこの2つの目的物がどういうタイミングで切り替わるかというと、それがボールを持っているかいないかですよね。つまりボールを持ってる時は、絶対に目的物っていうのは相手のゴールだし、ボールを持っていない時は絶対に相手のボールが目的物になります。で、これを味方のゴールとか味方のボールっていうのを目的物にすることがサッカーでは往々に発生していて、これが大きなミスであると考えています。

 なぜかというと、味方のゴールが目的物になるということは、守備=自分たちのゴールを守るという意思になっていて、この意思が、ボールに向かわない無抵抗のブロック、つまり無抵抗な失点が発生することを生んでいると思うんです。逆に味方のボールが目的物になってプレーをするとなると、攻撃=ボールを持つことだと無意識に理解するようになります。こうなると、ゴールに向かわないポゼッションだったり、恐さのない、いわゆる攻撃が発生してくると」


――チームメイト同士でも「意思」の向かう先に齟齬が出てくるってことか。

 「日本サッカーの問題点の1つかもしれません。例えば11人でブロックを敷いて、ペナ付近に7、8人いるんだけど、クロサーに対してプレッシャーがかからなくて、頭の上を越えて失点するという場面や、ミドルシュートを打つ場面で相手と間合いを取りながら、そのままプレッシャーをかけずにシュートを打たれて失点する場面はよくあると思います。彼らは『ゴールを守るという意思』を持っています。ただ先ほども言ったように、僕の概念ではゴールを守るというプレーはサッカーには存在しません。ボールに向かっている結果ゴールを守れているんです。逆に味方のボールが目的物になっている場合は、当然恐さがない。ボールを持っているだけなのに、選手としては攻撃している意識でいるわけです。つまりサッカーは、相手ゴールを攻めながら自陣ゴールを守るゲームではなく、相手ゴールを攻めながら相手ボールに向かうゲームなんです」


――小さい子のサッカーでもボールにめちゃくちゃ集まる団子サッカーになりますからね。ボールが目的地になってそこに密集するのは、もはや日本サッカーのDNAかも(笑)。

 「僕はこれを撲滅したいんですね。ボールを持つのは、目的じゃなくてただの状態だと。ゴールを守るのも、あくまでも相手のボールに向かった結果、ゴールを守れるんです」


――でも攻撃の時にボールは見ますし、守備の時にゴールは見ますよね?

 「できるだけ目を離した方がいいですが、そうだと思います。ただ自分たちがボールを持っていない時に相手のボールだけを見なさいということでは当然ないです。つまり良いポジションを取らないと、目的物に向かうことができない。例えばブロックもそうです。あれは、自陣ゴールに意識がいくんじゃなくて、あくまでもボールに向かうためにポジションを取っているんだっていう発想を持たないと、僕はゴールを守ることはできないと思っています」

――ただポジションを埋めてスペースを消すのではなく、どこかのタイミングで、どうやってボールを取るかっていうイメージをちゃんと持っていなきゃだめだって話ですよね。

 「闇雲にボールを奪えということではなくて、相手ボールに向かう意思を常に持たなければいけない、ということに言及しています。どういう状況でも意思が向かう場所は相手ゴールと相手ボールの2つしかない。この2つをシンプルに定義しておけば、選手にとって非常にわかりやすくなるんじゃないかと思うんです」

新しい4局面の解釈

――従来のオフェンスとディフェンスに、「意思」を含むアタックとプロテクトを加えた河内さんの考えたサッカーのサイクルを具体的にピッチに落とし込むと、どうなりますか?

 「まずさっきも言った通り、サッカーにはターンの切り替えというのがあって、ボール保持とボール非保持というのがあるっていうのは確実ですよね。誰が見てもそうなので、じゃあこの2つでまず区切ろうと。で、次の軸としてどうしたら矛盾点がなくサイクルが回るのかっていうのが非常に難しくて。唯一辻褄が合うのが、自然的であるか、不自然的であるかっていうところだったんですね。この2軸で考えると、この4つの局面ができます。


――これは難解ですね(笑)。

 「ちょっとわかりづらい日本語になっちゃうんですけど(苦笑)、ここでいう自然・不自然って何かっていうと、さっきの図で言えば、例えば自分の後ろに守らなければいけない宝があって、ただ何かを奪いたいという意思を持った人間が、何をするのが自然で、逆に何をするのが不自然なのか、という話です。例えば浅野さんが向こうにある宝を奪いたいという意思を持ったらどうするかといったら、そこに向かうじゃないですか。もし奪いたいという意思を持っているにもかかわらずそこに留まるのなら、そこには何か戦略があるか、それとも相手の宝の場所を把握していないか、のどちからかになります」


――確かに普通に考えれば、宝のある場所に自分から奪いに行きますよね。

 「その目的物をちゃんと把握していれば、ボールを持った時とボールを持ってない時って何が自然な身体動作で、何が不自然な身体動作なのかも定義できるはずです。例えば、ゴールが目の前にあって、それをみんな把握していて、ボールを持っているのに、間接的に相手ゴールに向かうのって不自然ですよね」


――それは具体的にはサイドに展開するとかですか?

 「そうとも言えるし、必ずしもそうではありません。つまり、浅野さんがボールをもらって、『ゴールを奪わないと死ぬ』と言われたら当然がむしゃらに直接ゴールに向かうじゃないですか。それなのに、何らかの方法で間接的に向かっていくのは不自然な行動であると。逆に、ボールを持っていない時、もしくは自分の後ろに何か守りたいものがある時に、その守りたいものから離れていく行為は不自然だ、と言えます。『ゴールを奪われたら死ぬ』と言われたら、ゴールから離れていかないですよね。これを日本語で表すとゆっくり相手ゴールに向かうことが不自然で、はやく相手ゴールに向かうことが自然というふうに置き換えて言うことができます。逆に、はやく相手ボールに向かうことは不自然で、ゆっくり相手ボールに向かうことが自然である、と定義するわけです。

 ここで、なぜ『遅く』ではなく『ゆっくり』という言葉を使うのかというと、例えば旅行をする時を想像してください。今日はゆっくりいきましょうって言った時に、人は動作を遅くするんじゃなくて、例えば出発の時間を遅らせたり、もしくは寄り道をしたりするじゃないですか。それと同じで、このゆっくりっていうのは時間的な概念で、身体が動いているスピードじゃないよと。だから漢字の『速い』と『遅い』は使いません」


――4つの局面のサイクルの循環はどうなります? かなり複雑になりそうですが……。

 「このサイクルが今までの攻撃とか守備とかのサイクルと決定的に違うのが、逆回りが発生する、ということです。つまりゆっくり相手ゴールに向かっている時から、はやく相手ゴールに向かうこともできれば、はやく相手ボールに向かうこともできるし、逆のサイクルが発生してくると。そしてこの4つのフェイズを馴染みのある言葉にすると、以下のようになります。

 つまり、サッカーにはこの4つのフェイズしかないので、4つの意思しか存在しないという理解です。この意思がずっとゲームを通して回ってるんです。じゃあこの4つのフェイズがどういう性質を持っているのかって話なんですけど、ちょっと複雑ですがこうなります。英語でも書いているのは、日本語だと誤解が生まれる箇所があるからです。

 例えばポゼッションフェイズっていうのは、さっきの言葉で言うと不自然なボール保持に当たるわけですけど、性質を見てみると、まず最初の方に話をしたオフェンスです。ボールを持っているので。そして、目的物に対してインダイレクトです。さっきも言った通り、ゆっくり間接的に目的物に向かうことなので、間接的だよねと。英語だとlate、slowですね。先ほどゆっくりというのは時間的なものですと言いましたが、時間的にゆっくりしようと思ったら、通常人間の身体動作はその意思に伴ってスローになるのが普通です。日本語では鈍いと定義しています。ただ必ずしもそうではないのでニアリーイコールで示しています。例えばゆっくり旅行をしている時でも、信号で捕まりそうになったら身体動作は速くなりますよね? また、static、静的なプレーにもなります。じゃあこれが何かっていうと、最初に出てきたうちのプロテクトです。人間がプロテクトしようと思ったら身体が止まります。つまり、静的なプレーってことは相手を迎えうとうとしているプレーなので、ボールを持っている、つまりオフェンスだけどプロテクトなわけですよね。じゃあそのためにどういう要素が必要かというと、テクニックが必要だと。静止するためにはボールを持ち続けなきゃいけないので、テクニックなプレーです。それを考えると、ポジショナル、つまり配置が大事だということがわかります。図を見ていただければわかりますが、このポジショナルに対義する概念として動作的やアクショナルがあるので、僕の中ではストーミングとは呼んでいません。つまりアクショナルなプレーは配置よりも動作が大事なプレーということになります。それを考えると、ポゼッションっていうのはチームプレーであって、逆にアクショナルなプレーっていうのはグループプレーであると言えます。例えばプレッシングやいわゆる速攻とかって、3人で成立するんですよ。2人でも1人でも成立します。だけどポゼッションというのは1人、2人で成立しない。ここで重要なのは、間接的な性質を持つポゼッションフェイズとブロックフェイズは空間をコントロールするためのフェイズであり、直接的な性質を持つダイレクトフェイズとプレッシングフェイズは時間をコントロールするフェイズである、ということです」


――この表は4つのフェイズのそれぞれの性質を表しているんですね。

 「そうです。そして、この真ん中のサイクルが何かっていうと、さっきも言った通り右回りと左回りがあって、右回りがポジティブサイクルって書いているんですけど、ポゼッションからボールを失ったら、プレッシングをする、つまり直接的に相手のボールに向かうと。で、そこでボールが奪えなかったらブロックを敷いて、ボールを奪ったらダイレクトフェイズにいくというサイクルですね。このサイクルって、ボールの持ち主が変わった瞬間に目的物に対して直接的なので、ポジティブなサイクルと呼ぶわけですね。逆にいうと、ネガティブサイクルでは、ダイレクトフェイズ、つまり直接ゴールに向かっているフェイズでボールを失った時に、ブロックをまず敷くんです。ブロックを敷いて、そこからプレッシングに移るわけですね。で、プレッシングをしてボールを奪っても、相手の目的物に直接向かわないんです。基本的にこの2つのサイクルがあるわけですね。監督や選手によって、どちらのサイクルを好むかは変化します。加えて、4つの局面の中での変化として、身体動作もボールの有無も変わるオールスイッチ、身体動作のみが変わるボディスイッチ、ボールの有無のみが変わるボールスイッチがあるというのを矢印で示しています。

 話を戻して整理すると、ポゼッションフェイズっていうのはゆっくり相手ゴールに向かうという意思を持っている局面のことで、プレッシングフェイズっていうのははやく相手ボールに向かうという意思を持っている局面のこと、とそれぞれ4つの局面を定義できて、この4つだけ頭の中に入っていれば、11人の意思を統一することができると。で、それを簡単に図で示したのがこれです」


――この図だと、たいぶすっきりしましたね。

 「サッカーにはこの4つの意思しか存在しない。例えばペップはポゼッションフェイズを軸にしてサッカーをやっていて、プレッシングフェイズというフェイズも持っていると。で、逆にクロップはプレッシングフェイズを軸にしながらやっていて、その中にダイレクトフェイズが入っていると。シメオネはブロックフェイズを軸にやっていて、その中にダイレクトフェイズが入っている。ただ今は限られた局面だけでは勝てなくなってきていて、ペップも今ではダイレクトフェイズを意図的に作り出しています。直接的にアタックする場面を作ることができている。それはクロップも同じで、今まではプレッシングに軸を置きながらボールを奪ったら直接相手のゴールに向かうサッカーだったわけですけど、今はポゼッションフェイズが入っている。つまりこれからのサッカーは、4つのフェイズを自発的に作れるチームが強い、と僕は考えています。サッカーにおいてはすべてのフェイズを作り出せることが重要なわけですが、そこには各チームや各ゲームに適切なバランスが存在している。限られた局面でしか勝負できないと、相手の相性が悪かったり、自分たちの特徴を消されちゃうとどんなに強いチームでもどこかで絶対に負けるんです。それよりもダメなチームは、何の意思もなくボールをずっと蹴ったりとか、意思もなく自陣に篭ったりとか、意思のないチームは例外なく弱いですよね。つまりフェイズを自発的に作れないチームです。そして、じゃあどうすればこのフェイズを作れるかっていうことをこのように整理しました。

 こういう各フェイズのプレーの仕方について、今までは状況によって変えてねっていうことしか言えなかったわけですけど、これをみんなで共有していれば、このような身体動作を選手がすれば、その選手がどのような意図を持ってプレーしたいのかが、認識可能になります。そしてこのフェイズが切り替わる瞬間は、以下の12のパターンに整理できます」


――12パターンのトランジション(切り替え)があるわけですね。

 「星が付いてるのはより難しい局面ですね。身体動作も変わるし、ボールの持ち主も変わる。その局面は4つしかサッカーの中に存在していない。例えば、ポゼッションフェイズの時にボールが奪われてプレッシングフェイズに移る場合、ポゼッションフェイズをプレーしている段階から何かしらの工夫が必要ですよね。左に書いてあるのは、それの一例です」


――ゆっくり攻めて→はやく守る、という変化の幅が大きいトランジションであるからですね。急に「静」から「動」に意思を変えていかなければならないので。

 「注意点としては、ここで攻める、とか守る、という言葉を使ってはいけないということです。相手ゴールに向かうか、相手ボールに向かうかです。『ゆっくり相手ゴールに向かう』という日本語を用いれば、一文でオフェンスとプロテクトの要素を入れることができています。じゃあそのために例えばペップが何をしてるかというと、ポジショニングを作ってるし、例えば三角形を作っておくとか、もしくは近い距離にいておくとか、そういう準備をしている。他にも、ダイレクトフェイズで相手のゴールに直接向かってる時にボールが奪われてしまった時に、ブロックフェイズに入るとなると、そこでファウルが必要だったりとか、もしくはアウトオブプレーが必要だったりするわけですよね。そうした準備も、こうしてパターンを整理することで可能になります。加えて、ポゼッションフェイズでどういうことが発生していたらプレッシングフェイズに移れるのかっていうのを定義できるわけですよね。これまでのサッカーのゲームサイクルの捉え方とは決定的に違うのは、これは指導者のためじゃなくて、選手のためのサイクルであるということです。選手がピッチでプレーをするために役立つサイクルです」


――ピッチ上の選手の意思を統一できるからですね。

 「そうです。従来のサイクルは、実はピッチ上で戦う選手にはあまり役に立っていない」


――この図はどういう意味なんですか?

 「色の違いは目的物に対する意思を示しています。左図だったらわかりやすくブロックフェイズなんですけど、全員がゆっくり相手のボールに向かうっていう意思が統一されている状態なので青色で表していて、逆に右図の状況だったら全員が直接的にボールに向かうという意思が統一されている状態なので、全員赤色になっていると。ポゼッションとダイレクトのフェイズの場合も同様ですね。このようになります。

 例えばプレッシングフェイズからポゼッションフェイズに移行する、つまりスピードを落とす際には、どこに向かっていきながら静的にしていくか、という場所を事前にニュートラルポジションとして決めておけば、選手はそこにゆっくり向かっていくことができます。選手が静止したい場所を決めておくと何が良いかと言えば、相手が静止する場所と身体の向きが事前に把握できるということです。つまり、僕がサッカーでポゼッションをしたい理由は、ボールを持ちたいからでも、相手を動かしたいからでもなく、相手を静止させたいからです。相手を静止させるには、自分たちが静止するしかないんです。相手がしかるべき場所で、しかるべき身体の向きで静止してくれれば、計画的に背後を取りやすくなります。ペップのチームがゴール前でバンバン背後を取るのは、それができているからだと僕は考えています」


――逆に、そうした基準がないと……。

 「下の図は、ゲームの中で11人の意思が統一されていない状況ですね。それぞれ意思が違う段階から、フェイズの切れ目で、みんなの意思が徐々に統一されていく状況ですね」

後編:「空気を読む」ように意思を伝播。 身体動作=インテンション・サイクル3月27日(金)公開!

Kazuma KAWAUCHI
河内一馬

1992年生まれ、27歳。サッカー監督。アルゼンチン在住。アルゼンチン指導者協会名誉会長が校長を務める監督養成学校「Escuela Osvaldo Zubeldía」に在籍中。サッカーを非科学的な観点から思考する『芸術としてのサッカー論』筆者。サッカーカルチャーブランド『92 F.C.』ファウンダー。NPO法人 love.fútbol Japan理事。

Edition: Milano Yokobori, Baku Horimoto
Photos: footballista

戦術的ピリオダイゼーション vs Japan's Way ラインナップ

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。