限界を超えていけ ポステコグルー流、魅了するサッカーとは
ポステコグルー監督が就任2年目を迎える今シーズン、決して高くなかった下馬評を覆して横浜F・マリノスは第18節終了時点で2位と好位置につけている。結果だけではなく、攻撃的なサッカーは多くのJリーグファンを魅了し、5月には月間優秀監督賞を受賞。現在、最も注目されている指揮官の1人である同監督に対し、単独インタビューを実施した。好調の要因、魅力的なサッカーの背景には揺るがない信念があった。
結果がついてこなくても私は変えない
今どこのサッカーがJリーグで面白いかと聞かれたら横浜F・マリノス(以下マリノス)を挙げる人は多いのではないだろうか。マリノスは90分間攻め続ける非常にアグレッシブなサッカーを見せてくれる。17節終了時点でリーグ最多の29得点を誇るが、失点も5番目に多い24失点。つまり、とにかく点が入るわけだ。マリノスのサポーターは日本代表戦でJリーグが中断に入るとSNSで「ポステコ病」だと投稿する。ポステコ病とは、もうマリノス以外のサッカーでは満足を得られない状態のことを言う。
「サポーターにそう言っていただけるのはすごく嬉しいです。勝ち負けや順位も大事ですが、まずはワクワクするようなエキサイティングなゲームを展開したい。今シーズンが始まる初日に選手たちへ『サポーターを90分間座らせたくない』という言葉を送りました。それくらい魅了するプレーを見せ続ける。もちろん勝つことは重要ですが、サポーターのためにどれだけ楽しく、そしてワクワクするようなプレーをみんなに見せられるのか。そこに重点を置いています。サッカーにおいて全部勝つというのは中々難しいことですが、負けた時でも何か一つ、二つでもワッと盛り上がれるようなプレーを見せたい。それが自分の哲学だと選手・スタッフにも伝えています」
今のマリノスのサッカーが面白いのは単に点が入るだけでなく、ポステコグルー監督の独特なサッカー観がピッチ上に現れていて新鮮味があるからだろう。時には「頑固」と評されることもあるが、ピッチ上で表現されているサッカーから強い哲学を感じることができる。
「私が目指したいのは『皆がやっていないことをしたい』ということです。多くの人が攻撃的なサッカーを目指してやっていると思います。しかし、結果がついてこないとみんなやり方を変えてしまう。それが人間というものだと思います。けれど私はやり続けます。信念を持ってやり続けることが大事だと思いますし、それはスポーツだけでなく人生においても大事なことだと思います。また、皆がやっていることをそのままやるのではなく、ユニークさや、オリジナリティとはまた違うかもしれませんが、自分らしくこうありたい、こうやっていきたいという信念を持って伝え続ける、やり続けることがすごく大事です。それは私だけでなく選手たちもそうですし、スタッフたちも含めてクラブ全体でそれを身につけてもらいたいです。
そして、常に何事からも学び続けることです。私の場合サッカーでも他のジャンルでも、人と違うことをやっている人に注目しています。それは私の好奇心から来るものですが、アートだったり、科学だったり分野はさまざまです。全てを取り入れることは難しいですが、何かしらヒントになるものは必ずあります。やはり人間の90%は同じ方向性、同じレールに乗っていくと思うのですが、10%はちょっと変わった考えやぶっ飛んだ感覚を持っている人たちがいます。どちらが正解というのはありませんが、私は10%の人間のほうが面白いと思います。彼らの言葉や功績、そしてそのプロセスの経緯にはすごく興味があります。聞いたりもしますし、読んだりもします。日々色々なところから拾ってくるような感じですね」
ポステコグルー監督が本、アート、映画などでどんな作品に興味があるのか非常に知りたかったので、結構しつこく聞いてみたのだが具体例はあげてくれなかった。だがそれは作品に固執するのではなく、森羅万象すべてから学び続けるという監督の生き様の現れでもあった。
「一つ作品をあげて、これだ、あれだというのは特にないですね。本当に何に対してでも興味があるので、例えば映画を見ていても、ワンシーンの言葉に惹かれる時もありますし、ただ人と喋っていて『あ、面白い考え方をするな』と感じることもあります。自分の考えに固執することなく、常にオープンマインドでいたいと思っていますから、色んなところからヒントを探しています。だから、本も絵も映画も『これが好き』というふうに対象を狭めないで、なんでも見るようにしています」
ポステコグル―監督は「フォーカスするのは、作品自体ではなく新しい事象だ」と続ける。
「例えば1マイルを4分で走るというのは不可能だと言われていたとします。それが長年達成されなかったにも関わらず、ある時期に1人の選手がその記録を破った。なぜそれができたのか、そういうことに興味があります。絶対に不可能だと言われたことを可能にしてしまう。それができるのが我々人間だと思います。だから常にチャレンジしていくことが大事です。絶対に誰かができるはずだ、成功するはずだ。そう思っています。
サッカーに例えると、点を入れられてはダメなスポーツだから守備を固めなければいけない。攻撃的に戦うのはリスクがある。そういう風に言われてしまいますが、自分はそうは考えていません。限界を置かないというのが自分のコーチングだと思いますし、選手にそういう風に言い続けています。やはり縛られないプレーをすることが1番大事です。どうしたら楽しくできるのか。『ヨーイ、スタート!』と言ってドリブルしてどんどんゴールを決める。それが楽しいに繋がるわけじゃないですか。そういう精神を忘れてはいけないと思います。もちろんああだ、こうだとみんな言いますが、私はすぐに諦めることはしません。さきほど挙げた1マイルを4分で走る例の通り、人間はそういう可能性を常に秘めています。記録を破った人が、どうして破れたのか。それはちょっとみんなとは違う感性を持った人だからだと自分は思います。私はやっぱりそういう人に興味を持ちます。ブレない気持ちでやり抜くというのが大事だと考えています」
なぜマリノスは崩しきって点が取れるのか
現在マリノスがピッチ上で見せているサッカーは、いわゆるパスを細かくつなぐサッカーだが、日本が陥りやすい「パスをつなぐことが目的のサッカー」にはなっていない。前述したようにリーグ最多得点を誇っており、日本でよく言われる「決定力不足」という言葉があてはまらない。相手を崩しきって点を取る秘訣はどこにあるのか。
「まず前提として強度の高いサッカーを目指しています。ベースとしてそれを実行するフィジカルの部分など様々な要素が必要です。しかし、1番大事なのは『頭』で、しっかりと我々のサッカーを理解できるかどうかです」
ポステコグル―監督のサッカーを頭で理解する中で、一番大事なのは「いつどこにどんなパスを出すのか」だと続ける。
「どこに出すか、いつ出すか、そしてどんなパスのスピードで出すのか、それを理解することが大事です。サッカーはチェスととても良く似ていると思います。だから私は常に3手先まで見ています。だいたいの相手は1手目をどう止めるかしか考えていません。そこを止められたとしても、2手目、3手目で自分たちが優位を取ればいい。だから相手よりも先に動くことを意識しています」
常に相手より優位にゲームを進めたい。そのためには常に11人が関わり続け、11人が相手よりも先に動くことが大事だという。
「ボールの動く早さも重要と言いましたが、基本的に“ボールに全員が関わること”が大事です。ボールを持っていない時でも、持っている時でも、選手11人が相手よりも早くポジショニングを取ること。どこにいつ動くべきかは、私とコーチングスタッフが、相手の映像を分析して考えています」
第14節湘南ベルマーレ戦の先制点はまさにそんな形から生まれた得点だった。
「あのゴールは中央でボールを受けたマルコス(・ジュニオール)、そして仲川(輝人)、エジガル(・ジュニオ)の3人だけが関わったのではなく、崩しの段階でGKからFWまで全員が関わっていたからこそのゴールです。加えて、仲川はラストパスをワンタッチで中に折り返しています。ボールが来てから考えていたらあのパスはエジガルに通っていなかったでしょう。それは『こういう状況だったら、こういうボールが来るから自分はそこへ信じて動く。そこでボールが来たら次はこうしよう』というのが、自然と身体が反応するからできることで、そうなるように私はずっとコーチングしていますし、他のコーチングスタッフも日々の練習からずっと植え付けている部分です。我々のゴールは、全てアクシデントではなくゴールから逆算しているからこそ生まれたものです。サッカーは自分たちが組み立ててこそ、ゴールまで繋がっていくと信じています。それを実現させるには『自分たちがこうやれば、こうなる』と選手全員が信じて動くことが大事だと思っています」
CFGとサポーターの支え
ポステコグルー監督のサッカーをバックヤードで支えるのがシティ・フットボール・グループ(以下CFG)のテクノロジーだ。特にフィジカルコンディションと映像分析においては、ヨーロッパスタンダードを取り入れており、他のJクラブとは一線を画している。
「オンザピッチとオフザピッチの両面で選手の体調にどんな変化があるのか、それをしっかりと全選手管理することがとても大事です。今はCFGの協力により全選手の体調管理が非常にスムーズです。どの選手が復帰までどれくらいかかるのかなど、わかりやすくなっています。また映像分析も本当に重要です。今は練習している時間よりも多くの時間をそれらのデータ収集だったり分析だったりに費やしています。現代はアプリケーションやテクノロジーが進化して、多くの選択肢がありますが、CFGは全てのツールを持っているので本当に助けになっています」
中でも驚いたのは、前半の試合映像を編集して選手全員に見せるというマリノス独自のハーフタイム活用術だ。
「私は日本語が使えないので直接伝えられない。だから言葉だけでハーフタイム中に全てを伝えきるのは難しいことです。しかし、今マリノスでは前半に撮った映像を編集してすぐ見せることができます。『この時の場面、ここは良かった』、『後半はこうしていこう』というのを映像でハーフタイムに伝えることができます。最新のテクノロジーでやらせていただいていることに本当に感謝しています。だからこそ自分たちはもっともっと成長できると思っています」
さらに監督が頼もしく感じているのがマリノスのサポーターの存在だ。
「本当に我々のサポーターは最高です。私がマリノスで監督をして感じたのは、ホームでも遠くアウェイの地でも足を運んでくださり、90分間その情熱を持って常に応援してくれる皆様が、本当にかけがえのない存在だということです。試合に負けた際は本当に悔しい感情で溢れていますが、サポーターの皆様は90分間応援という自分達の仕事をやり遂げた。だから、小さなことかもしれませんが、感謝の気持ちとして負けた試合でも挨拶に向かっています。私は、どの世界でも、どのクラブでも、サポーターが一番大事だと思っています。攻撃的でどれだけいいサッカーをしても全然見てくれる人がいなければ、やりがいは全くありません。やはり見てくれる人たちがいること、共感して喜んでくれること、一緒に悔しがったり、そういうことができる人がサポーターの皆様です。本当に感謝していますし、選手もそう思っていると思います」
そして7月27日には、今や世界最強チームと評されるマンチェスター・シティをホーム日産スタジアムに迎えて一戦を交える。ポステコグル―監督は「マリノスのサッカーを見せつけたい」とやる気でみなぎっていた。
「世界一の力があるチームにマリノスのサッカーを見せつけたい。それだけはこだわります。0-0では絶対に終わらない試合になると断言します。お互い攻撃的なチームですし、サポーターも両チームの普段のサッカーを見たいと思っているでしょう。萎縮して守備的にプレーするなどはなく、3-6という結果になろうとも攻撃的に戦うことをサポーターは望んでいると思います。もちろん勝てれば嬉しいですよ。けれど、負けたとしても世界で有数な選手たちが集まるチームに3点取れたという自信にも繋がります。とにかく怖がってしまったら終わりです。自分たちの『マリノスサッカー』を見せて、どんな試合になるのか。私も楽しみたいと思っています」
監督の言うようにこの試合がスコアレスになることはないだろう。むしろポステコグル―監督から溢れる自信と意欲を目の前にすると、ひょっとしたらという気持ちになる。
Ange Postecoglou
アンジェ・ポステコグルー
1965年生まれ、オーストラリア国籍。現役時代はサウス・メルボルンや豪州代表でDFとして活躍。96 年より監督としてのキャリアをスタートし。豪国内クラブや世代別代表監督として実績を残したのち、13 年には豪代表監督に就任。14 年W 杯出場、15 年アジアカップ制覇に導き、18年1 月より横浜F・マリノスで指揮を執る。
Photos: Ryo Kubota
Profile
池田 タツ
1980年、ニューヨーク生まれ。株式会社スクワッド、株式会社フロムワンを経て2016年に独立する。スポーツの文字コンテンツの編集、ライティング、生放送番組のプロデュース、制作、司会もする。湘南ベルマーレの水谷尚人社長との共著に『たのしめてるか。2016フロントの戦い』がある。