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グランパスは一つになった。2018年8月11日、豊スタのあの景色を見たか?

2018.11.09

【Jクラブ特集第2弾】集客したければ魅了せよ――偶然には頼らない名古屋グランパス Episode 3


サッカーを応援していると必ず記念すべき日が訪れる。日本代表で言えば97年のジョホールバルの奇跡のような瞬間だ。サポーターがスタジアムの空気を変えて勝敗を呼び込む。それはサッカーにおいて最大の醍醐味である。そんな記念すべき日が8月11日に名古屋グランパスに訪れた。この日スタジアムで何が起きたのか。グランパスの応援サイトを運営するグラぽ氏があの日のスタジアムを振り返った。


 2018年8月11日、豊田スタジアムには「グランパスで一つになる幸せ」があった。

 名古屋グランパスはJ1第21節鹿島戦を「グランパス夏祭り」と銘打ち、入場者数40000人チャレンジという企画を実施していた。入場待機も、各種の売店もすべて長蛇の列。いつも試合前に過ごしている西広場が、まるで渋谷のスクランブル交差点のようだった。過去ここまでの混雑は経験がない。「これ、本当に40000人超えるんじゃ?」と思わされた。第20節のガンバ戦で今シーズン2回目の連勝をあげた後だったものの、依然として最下位のまま。そんなチームのゲームに「なんでここまで人が集まるのか」と。

 試合は激しく点が動いた。前半にジョーのゴールが決まると、一際大きい「エ・ノッソ・ジョー(俺たちのジョー)」というチャントが響き渡る。試合開始前、強豪鹿島相手の試合で、不安に思っていたサポーターも多かったはずだ。自分もそう思っていた一人だったが、「これはひょっとして?」と淡い期待を抱いた。後半すぐに同点にされるが、落ち込む間もなく1分後には金井貢史のビューティフルゴールで勝ち越し。これで勝てるか! と思ったらまた同点。心臓がいくつあっても足りないと、サポーターなら誰でも感じたはずだ。これまでの名古屋グランパスの試合では、試合終盤に劣勢に立たされると席を立つ人も少なくなかった。しかし、この日は誰も席を立つことはなかった。

 同点にされても、この日はゴール裏からチャントが鳴り止むことがない。今の名古屋を象徴するような「楽しめこの時を」というフレーズが印象的な「デスパシート」がかかれば、昨年のプレーオフでは勝負のかかった終盤にヘビーローテーションされ、それ以来、勝負所で使われるようになった“風チャント”と呼ばれるチャント「名古屋 俺らの風を起こそう」が繰り返される。自分も声を枯らせて叫んでいた。そこから10分も経たないうちに再勝ち越し。まさにジェットコースター。そんな試合だった。

 金井貢史の勝ち越しゴールでどよめくスタンドが静まると、手拍子が起こりはじめた。ボールを回すグランパスの選手たちに調子を合わせるように、パンっ、パンっと。

 そこに太鼓やコールリーダーのリードもない中で、自然と歌声が起こる。

 最初は小さく、そして徐々に大きく。

 「名古屋 俺らの風を起こそう その風に乗って どこまでもいこう」

 風チャントの2周目からは、スタジアムほぼ全体から声が上がった。その日集った4万人の声は、豊田スタジアムの大きな屋根にもはね返り、幾重にも重なって聞こてきた。サポーターのジャンプは振動にもなってスタジアム全体に響き渡った。足下から伝わってくるズンッズンッという響きは、4万人のサポーターの1人1人の心も震わせたに違いない。観衆は一つになっていた。

 このスタジアムを覆い尽くす「グランパスを元気づけよう」「グランパスを勝たせよう」という確かなオーラがそこにはあった。

この日2ゴールを決めて勝利の立役者となった金井は試合後、過去最多を記録した観衆について「味方というか一緒になって闘ってくれたと思います。スタジアム全体で勝たないといけない雰囲気を作ってくれていました」。スタンドを埋めたサポーターのエネルギーが、文字通りグランパスを一つにした

 それはこの2年半を思い返すと、とても現実のものとは思えなかった。

 2016年11月3日、J1リーグ最終戦、名古屋グランパスは湘南ベルマーレに敗れた。J2リーグへの降格。メインスタンドで観戦していた自分は呆然として最終戦セレモニーを眺めていた。貴賓席では来賓に向けて頭を下げる関係者が、唇を噛みしめていた。選手たちも俯くもの、天を仰いで嘆くもの、遠くを見つめてなにか考えるもの、それぞれバラバラだった。スタンドからは罵声が上がっていた。

 「グランパスで一つになる幸せ」をコンセプトに掲げた年に、グランパスは降格してしまった。それによって選手が去って行っただけでなく、サポーターも少なからぬ数が去って行ってしまった。

 一つになるべき年に、グランパスとサポーターはバラバラになってしまった。

 仲間だったサポーターが、スタジアムから消えてしまうことが、本当に辛かった。

 だからこそ、ここにたどり着くまで、本当に長かった。本当に辛かった。

 試合は前田直輝の得点で、グランパスの勝利に終わった。隣の席の見知らぬ男性とハイタッチをして抱き合った。これで勝てる! 飢えていた勝利が、やっと現実のものとなった。応援してきてよかった、これからもグランパスを支えていこう。鳴り止まぬ称賛のチャントを歌いながら、決意を新たにした。

 それから連勝を7まで伸ばすものの、シャビエルの離脱とともに連敗を喫して、まだグランパスは残留争いの中にいる。まだ何も終わってない。

 でも8月11日はグランパスの頂点じゃない。もう一度一つになれたグランパスならば、もっと多くの観衆を魅了する。そんなクラブになっていくはずだ。

Photos: © N.G.E.

Profile

Yukinobu Yoshihara

大手コンピューターメーカーの人事部で人財育成に携わり、スピンアウト後は動態解析などの測定技術系、データ解析やWebサイト構築などを主として担当する。またかつての縁で講師として登壇することもあり。 名古屋グランパスとはJリーグ開幕前のナビスコカップからの縁。グランパス系ファンサイト グラぽ https://grapo.net を主催して、グランパスの話題が盛り上がることを目的に日々活動している。サッカーは地元リーグ、フットサルは地元チームで25年ほどプレーをしている。