風間八宏監督に北健一郎が体当たり取材。とんでもないメンタルの持ち主だった
【Jクラブ特集第2弾】集客したければ魅了せよ――偶然には頼らない名古屋グランパス Episode 1
名古屋グランパスはどうして最下位なのに満員になっちゃうのか?
その秘密を解き明かすべく、風間監督を突撃しました!
風間監督が考える「強化」と「集客」の理想の関係とは。
現場のライブ感をそのまま再現したスタイルでお届けします!
インタビュー・文 北健一郎
編集 MCタツ
写真 黒川真衣
「そもそも強化と集客を別々に考えるのがおかしい」
── 風間監督、今日はよろしくお願いします!
「北がインタビュアーだとわかってたら断ったんだけどな(笑)」
── そんなこと言わずに……。
「冗談だよ」
──(ホッ)。今日はですね、「集客したければ魅了せよ 偶然には頼らない名古屋グランパス」というテーマでお話を聞きに来ました。風間監督は名古屋の監督に就任した時に「豊田スタジアムを満員にするのが目標」と言っていたじゃないですか?
「そうだね」
── 普通、J2に降格したチームの監督に就任したら、「1年でJ1に復帰する」とか「J2で優勝したい」とかいうと思うんです。あるいは、風間監督だったら「面白いサッカーをしたい」とか。そのどれでもなく、「豊田スタジアムを満員にしたい」と言った理由はなんだったのかなと。
「それが一番大事なところだと思っているから。いつも言ってるけど、大事なのは『どう勝つか』。そりゃあ、どんなに面白いゲームをやっても、全然勝てなけりゃお客さんは来ない。かといって、勝つだけでお客さんが来る時代でもない。4万人のスタジアムを満員にするという目標があれば、当然、自分たちが何をやるべきかというのも見えてくる」
── 今シーズンは豊田スタジアムで開催した試合の平均観客数が3万人を超えているそうですね。
「うれしいよね」
──「自分の仕事はチームを勝たせること」というコメントをいろいろな監督からよく聞きます。お客さんを集めて来るのは現場の人間の仕事ではない、と。でも、風間監督はそこを結びつけていますよね。
「そもそも、強化と集客を別々に考えるのがおかしいよな」
── ズバッと言いますね……。
「面白いものがそこにあればそれはみんな見に来る。自分たちが面白くなければお客さんは集まらないし。実際に勝ってるチームが本当にお客さんが増えてるかというと、必ずしもそうではない。サッカーの中身が面白くなければ、リピーターにはなってくれない。そこは別々に考えちゃいけないと思う」
── 風間監督がグランパスの小西社長と対談されていたときに「マーケットイン」と「プロダクトアウト」という話が出ていたじゃないですか。改めて言うと「マーケットイン」というのは市場を調査してそのために商品を開発するというもので、「プロダクトアウト」は自分たちがこういうものがあったら喜ばれるんじゃないかという発想から商品を作っていく。それで小西社長は「風間監督のサッカーはプロダクトアウトだ」という話をされていました。
「俺は、『わからなくていい』と思っているから」
── え?
「一番つまらないのは予定調和。一番良いのは『わからなくて面白い』。『わかっていて面白い』というのは、そこまでじゃない。簡単に理解できないからこそ『なんだかわからないけど、また行こうかな』となるし、そうやってスタジアムの人数が多くなれば自分たちの力になる。
同じことをずっとやっていたら、見る人にも飽きられてしまう。どんどん、どんどん変わっていかなければいけない。なにかのパターンを成熟させるのではなくて、新しいものに変化していかなければいけないと思っている」
── サグラダ・ファミリアみたいですね。100年経っても未完成なんだけど、それを見るために世界中からお客さんがやって来る……。
「自分の身内がいるわけでもない。自分の地元でもない。だけど、なんだか面白そうだから見に行ってみよう。そういう人を巻き込んでいくことも4万人のスタジアムを満員にするためには大切だと思っている」
プロセスが決まっていれば負けてもやることは変わらない
── 今回インタビューするにあたって、風間監督の過去のインタビューとかもいろいろ読み返していたんですね。それで川崎フロンターレの監督に就任されるときに、そういう話はそこまでされていなかったんですよ。どちらかといえば、プレースタイルに関する話が多かった。ただグランパスでは、町づくりじゃないですけど、そういうところにまで視野を広げているという印象を受けました。
「グランパスの場合はフロンターレでの仕事を評価してオファーをしてくれたし、就任する前からどういう風にしていきたいのかを話し合う時間もあったからね。そこのすり合わせができていたのは一番大きかったんじゃないかと思ってる」
── 今でこそ、グランパスは降格圏内を脱出しましたけど、今シーズンは8連敗で最下位になったり、J2にいた昨シーズンも「解任か?」と言われたりもしたじゃないですか。その時はどう受け止めていたんでしょうか。
「何も変わらないね」
── それは強がっているとかではなく?
「もちろん。なぜかというと、自分たちがやろうとしていることは、勝った負けたで変わるものではないから。勝ったとしても、負けたとしても、今日の試合以上のプレーをするために積み上げていく。それは何も変わらない」
── 風間監督は「修正はない」とよく言われるじゃないですか。1-3で完敗した古巣の川崎フロンターレ戦の後も、「もっとシンプルにやっておけばよかった」とか普通の監督なら言いますけど「もっとうまく回せればよかった」とかそういう話しかしないじゃないですか。それがグランパスというチーム全体に浸透している気がします。
「人間は弱気になったら過去を見るよね。でも、強気でいれば前しか見ないんだよ。その強気ってなにで生まれるかと言ったら、根拠がなければ生まれないから。その根拠を毎日毎日作っていくということだよね。その根拠を作ることに全力を注がなければいけない。
次の試合に勝つために、何をするか。いろんなやり方があると思うけど、それは『自分たちがもっと強くなればいい』と思うのか『この前良くなかったことを直して勝とう』、あるいは『相手に全部合わせて良さを消そう』とするのか。何を選ぶかだと思う。
そうするとトレーニングも変わるし、人の意識が変わると同じメニューでも内容が全く変わるよね。だからそういう意味では、自分たちは修正型のチームではなくて、1個ずつ覚えていかなければいけない。
なにを覚えていくかと言ったらまだ知らないこと、まだできないこと。できることを1回できたら10回できるようになる。それが自分たちの練習だと思っている」
── でも、サッカー監督というのは「結果が出なければ職を失うかもしれない」というリスクは常に抱えているわけじゃないですか。職を失うことへの怖さはないんですか。
「ないね。そんなことを考えるよりも、本当に今やるべきことをすべてやったのかどうか。それを考えることが大事だと思っている」
── とんでもなくメンタルが強いですね……。
「どんな仕事でも必ず終わりや転機が来る。それは明日かもしれないし、3年後かもしれないけど、必ずその時期は来る。だからこそ1日1日何をするのかが大事で、そこだけに向き合ってやっていきたい」
勝てない時期もお客さんが減らなかった
── 8月11日のJリーグ第21節・鹿島アントラーズ戦では4万3579人という、豊田スタジアムの最多観客数を塗り替えました。驚くべきは、その試合前の時点で名古屋が最下位だったということ。普通は勝ててないクラブは集客が落ち込むはずじゃないですか。でも、名古屋は相関関係からしたらおかしいことになっていて、勝てていない時期もお客さんが減らなく、勝てるようになったら当然どんどん伸びていく感じになっている。なぜ、名古屋は結果に左右されずに、観客数を伸ばしていけているのでしょうか。
「小西さんもフロントの人たちも同じ考えを持ってくれているからだと思う。みんなが『もっと良くするために、どうするか』という目線で考えている。そこで、人のせい、モノのせいにする人がいない」
──「人のせい、モノのせいにしない」というのは、風間監督がうまくなるための絶対条件として選手に求めてきたものですよね。
「例えば、勝てない試合が続いている時期でも『チームが勝ってないからお客さんなんて来ないよ』なんて言う仲間は1人もいない。それぞれの場所でそれぞれがどうすれば本当に楽しいピッチになるかを考えて、全員が今できる最良の仕事を探している。とにかくクラブが一つになって努力をしていることをみんなが理解している。そこに多くのお客さんの期待が乗り、ここにしかない形ができていると思う」
── 名古屋という土地に来てから1年半ぐらい経ちますが、改めて、どんな印象を受けていますか?
「一番驚いたのは、こんなに隔たりがないのかと」
── 隔たりがないというのは?
「名古屋に来る前は、愛知県のサッカー協会、大学、高校など、いろんなものにもっと壁、隔たりがあると思っていた。でも、全然なかった。みんながグランパスを応援してくれるし、グランパスも一緒にいろんなことをやれるようになっている。プロチームが王様でもない。協会が王様でもない。みんなで面白いことを作ろうねという空気ができている」
── そういう人たちを巻き込んでいけば、豊田スタジアムが常に満員になっていくかもしれません。
「もちろん俺たちの第一の仕事は魅力的なものを作ること。さっき言ったとおり『なにをやっているのかわからないけれど面白い』というのを作らなければいけない。それは大事なところではあるけど、だからと言ってそこだけをやっていればいいかというと違う。
愛知のサッカー選手はみんなここにおいでじゃないけど、グランパスの選手のプレーを見てもらったり、グランパスの指導者と交流してもらったり、みんなが垣根を越えて付き合えば面白いものができるんじゃないかな。それができるだけのポテンシャルがここにはあると思う」
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Edition: MC Tatsu
Photo: Mai Kurokawa
Profile
北 健一郎
1982年7月6日生まれ。北海道旭川市出身。『ストライカーDX』編集部を経て2009年からフリーランスに。サッカー・フットサルを中心としてマルチに活動する。主な著書に『なぜボランチはムダなパスを出すのか』『サッカーはミスが9割』。これまでに執筆・構成を担当した本は40冊以上、累計部数は70万部を超える。サッカーW杯は2010年の南アフリカ大会から3大会連続取材中。2020年に新たなスポーツメディア『WHITE BOARD』を立ち上げる。