林舞輝が見た急成長するMLSの今。学ぶべきは“クールなブランド戦略”
ポルト大学で最先端のサッカーを学び、23歳で奈良クラブのGMに就任した林舞輝氏がメジャーリーグサッカーの視察に訪れるということで、急成長するリーグのピッチ内外で見えたことをレポートしてもらうことにした。エンターテインメント大国の「Soccer」から日本サッカーが学ぶべきことは何なのか?
メジャーリーグサッカー、通称「MLS」……。そう聞いて、皆さんの頭の中には何が思い浮かぶだろうか。正直、私には特にこれといった印象がなかった。イブラヒモビッチやベラ、少し前で言うとビージャやランパード、ピルロなどの大物選手を呼び、アメリカ国内外を問わず何とか盛り上げようとはしているもののなかなか上手くいかず、そこまで注目を浴びることができていない、そんなポジティブともネガティブとも取れない印象だった。
そんな中、ちょうど仕事でアメリカ西海岸を訪れることとなったので、初めてアメリカでプロサッカーの試合を観ることにした。ちょうどレギュラーシーズン最終節の週である。今回訪れたのはアメリカ西海岸の2クラブ、ポートランド・ティンバーズとロサンゼルスFC。ティンバーズの方は残念ながら試合を観戦することはできなかったものの(最終節は全試合同時刻キックオフなので1試合を選択しなければならなかった)、スタジアムを訪れガイドを聞く中で多くの学びがあったし、ロサンゼルスFCは「イブラがいない方のロスのクラブ」と思われがちだが、さすがはぶっちぎりで首位を走りレギュラシーズン最多勝ち点を獲得したアメリカ随一の強豪チームとあって、「MLSらしさ」を肌で感じることができた。
地域に根差した「緑」と「ヒスパニック」
ティンバーズとロサンゼルスFCの両チームについて、共通して言えることは、その地に根差した活動やブランディングを行い、しっかりと「地域の顔」となっていることだった。
まずは、ポートランド・ティンバーズのスタジアムの写真を見てほしい。
ティンバーズは、オレゴン州に位置するポートランドという街にある。ポートランドは、そのユニークな街の取り組みによって「全米住みたい街ナンバーワン」として近年注目を浴びている存在だ。ポートランドをはじめ、オレゴン州の一番の魅力はその「大自然」である。アメリカ人は「オレゴン」と聞くと、すぐに大自然が頭に思い浮かぶそうだ。実際、「Oregon」とGoogleで画像検索すると、河、海、山、滝、湖、森、草原……そこには壮大な美しい大自然の画像が広がる。実際に車で走ってみても、ひたすらに、森、森、森。森の間に、街があるような感じだ。その大自然が広がる地とあって、オレゴン州では昔から林業が主産業として栄えている。ポートランドも「Stumptown(切り株の街)」という愛称で親しまれていたほどだ。
そう、ティンバーズには、このような歴史的・地理的背景がチームのカラーやマーケティング、ブランドにしっかりと反映されているのだ。大自然や森を彷彿とさせる緑色のチームカラー、もともと野球場だったものを改築したスタジアムも緑色で、装飾も施されている。チーム名のTimberも樹木や材木という意味で、樹木を切り倒す時に木が倒れることを周りに促すかけ声としても使われるそうだ。クラブのシンボルとなっているのは、林業で使われるチェーンソー。スタジアムのポスターのファンが肩に担いでいるものである。
これがまた、「クール」なのだ。シンプルに、かっこいい。まさにポートランドの発展を支えたものをクラブの応援のシンボルとし、チェーンソーのデザインのグッズもあり、ファンはそれを持ってスタジアムまで行き、クラブを応援する。こうして、クラブの地理的背景や歴史的背景、周りからの街や州への印象からクラブをブランディングしていく取り組みは、欧州以上のクオリティかもしれない。
ロサンゼルスFCは、黒と金がチームカラーの今ひそかに話題のクラブ。カンヌをはじめ数々の受賞歴を持つクリエイティブ界の巨匠である伊藤直樹氏に「今、一番クールなサッカークラブ」と言わしめるほど「イケてる」ブランディングをクラブの至るところに仕掛けている。そんなロサンゼルスFCも、ロサンゼルスという街の歴史と土地柄を上手く生かした取り組みをしている。
皆さんの「ロサンゼルス」という言葉から抱く印象とはだいぶ程遠いかもしれないが、もともとロサンゼルスのあるカリフォルニア州はメキシコ領だったということもあり、アメリカの中でもダントツでヒスパニック系(メキシコなど中南米からのスペイン語を母国語とする移民)の人口が多い街なのだ。ロサンゼルスの人口のおよそ40%がヒスパニックであり、その数は白人や黒人よりも多い。中南米系の移民が多いということは、もちろん中南米ではサッカーには熱狂的な文化が定着しているため、それだけサッカーに対して火が付きやすく、クラブの熱狂的なサポーターになるポテンシャルがある。ロサンゼルスFCはこのヒスパニック層をクラブに上手く取り込んでいるのだ。
スタジアムに着くと、驚いた。普通にスペイン語が飛び交っている。“スタグル”を売る兄ちゃんも、サポーターも、スタジアム内の標識まで、スペイン語を至るところに感じた。スペイン語で歌うチャントもたくさんあり、試合中に発煙筒が炊かれる様子、ファンが一つひとつのプレーに熱狂している様子は、まさに中南米サッカーを彷彿とさせていた。極めつけは、ヒスパニック層の愛されるスターの獲得である。ロサンゼルスFCには、チームの顔として、アーセナルなどで活躍し、メキシコ代表でもエースとなりつつあるカルロス・ベラがキャプテン、そしてスターとして君臨。彼のファンからの愛されようは群を抜いていた。プレーは一人だけ別次元で、完全に「MLSのマラドーナ」レベルだった。私が観た試合でも、美しい軌道を描くミドルシュートで先制点を演出すると、その後に反転からの華麗なバイシクルシュートでゴールを挙げ、50分に3得点目を挙げてハットトリックを達成。この試合を含むリーグ戦31試合で34得点を記録する無双ぶりを発揮し、文字通りクラブの大スターとなっていた。彼の獲得は間違いなくヒスパニック系ファンに火をつけ、クラブの人気沸騰に大きな進歩をもたらした。
アメリカの「Soccer」はオールスターゲーム
さて、肝心のサッカーの中身の話に移ろう。私が観戦したのは、リーグ最終節、ロサンゼルスFC対コロラド・ラピッズ。ロサンゼルスは首位独走で所属するウェスタンカンファレンス優勝を決めているものの、シーズン最多勝ち点数の新記録が懸かっており、コロラド・ラピッズもプレーオフ進出にわずかに可能性を残していた。
試合は完全にロサンゼルスFCのペースで進んでいく。試合を観ていて、何となく既視感があった。そして、思い出した。
良い意味でも悪い意味でも、「オールスターゲーム」のようなのだ。エンターテインメントとして観ると、最高に面白い。以前行われていたようなJリーグのオールスターの試合や、欧州選抜vs世界選抜を観ているようだった。エンターテインメントとしては、本当に最高に面白い。派手なプレーや魅力的なプレーが多く、そのたびにスタジアムの観客が湧く。90分を通して、選手もサポーターも「ノリ」が良い。本気の勝負の中にも、ある意味でプロレスのような面白さがある。「エンターテインメントの国のサッカー」とも観れるし、「ラテン系サッカー」とも観れるが、少なくとも日本ではあまり触れることができないような、一味違うサッカーを楽しむことができた。
一方で、プレミアリーグのような「男たちの闘い」を求めるならば、少し物足りなく感じてしまうだろう。ヨーロッパのような「戦」感や「死闘」感が、あまりない。さすがに勝負は勝負なので、「相手を引き立てる」とまではいかないが、そう思ってもおかしくないくらいに守備が非常にゆるい。組織としても個人としても、簡単に自由を与えてしまう。敵スローイン時のマークひとつ取っても、「相手に自由を与えない」というコンセプトがあまり見られなかった。日本人が「自分のマークはこいつ」と決めると愚直に密着しまくるのとは、あまりに対照的だった。
日本と同じく、「フットボールの国」ではなく「サッカーの国」である、アメリカ。そこには、日本の「サッカー」とはまた異なる「Soccer」が繰り広げられていた。アメリカまで行って野球でもバスケでもなく、あえてSoccerを観る。そんなアメリカの楽しみ方もアリなのではないだろうか。
Photos: Getty Images
Profile
林 舞輝
1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。