「寿司職人に下積みはいらない」 戦術的ピリオダイゼーションの本質
対談:脇真一郎×林舞輝(後編)
7月に発売した『プレー経験ゼロでもできる実践的ゲームモデルの作り方』は、プレー経験ゼロの公立高校のサッカー部顧問、脇真一郎氏が欧州最先端理論ゲームモデルに基づくチーム作りを自身の体験を交えて解説した意欲作だ。彼にその道を指南したのが、現奈良クラブGMの林舞輝氏。
同書の中に収録された20歳差の“師弟対談”は、ゲームモデルやその背後にある戦術的ピリオダイゼーションのエッセンスを考える上で示唆に富むものになっている。今回その一部を特別公開!後編では難解な概念である戦術的ピリオダイゼーションの本質に迫る。
<前編はこちら>
体系化のメリットは「時間の省略」
脇「変更する・しない以前に何をもってゲームモデルとするかみたいなところもあるよね」
林「ゲームモデルなんて言語化されてるかされてないかの問題です。きっとサッカーが始まった時から何となくそういうものがあったとは思うんですけれども、『戦術的ピリオダイゼーション』がすごいのは、ちゃんとゲームモデルというものを体系として捉えてちゃんと言語化したから次の人が学べたところ。『学問化』したってことです。寿司職人は皿洗いから始めていろんなものを経験して一流になれると言われていましたが、ちゃんと寿司職人を育てるためのカリキュラムを体系化したら1年とかでミシュランを獲った寿司職人さんが出たじゃないですか。ポルトガルでジョゼ・モウリーニョやビラス・ボアスら若手指導者がどんどん育ったのも寿司職人と同じ理由です。日本では若い時から指導者をやっても、自分で経験して、たくさん失敗して、そこから自分で学んで、自分で何となくゲームモデルみたいなものがわかってきて、それぞれ勝手に独自の名前をつけて、何となくそうやっているので何も後には残りません。学問化というのはそういうのをちゃんと集積して体系化するっていうことです」
――戦術的ピリオダイゼーションがヨーロッパでこれだけ広まった理由はなんだと思いますか?
林「戦術的ピリオダイゼーションはサッカーとは意思決定のスポーツだということを一番最初に明確化させた理論で、だから皆が同じように考えなきゃいけないし、皆が同じように意思決定して、皆が同じように判断しなきゃいけないから、全体のモデルとなるゲームモデルが必要なんだとなったわけですね。あと大きかったのはモウリーニョの功績ですね。それまでは戦術的ピリオダイゼーションって異教徒みたいなところがありましたから。成功したモウリーニョがインタビューとかで戦術的ピリオダイゼーションうんぬんみたいなことを言うから、皆の興味を集めて一気に火がついた感じですね。それまでも戦術的ピリオダイゼーションを現場でやってた人はいたけど、モウリーニョがプロの世界で本当に世界のトップになれることを証明しましたから」
脇「戦術的ピリオダイゼーション自体はもっと昔からあったんだっけ?」
林「マラドーナの時代くらいにポルト大学のビトール・フラーデが提唱し始めて。フラーデの愛弟子にしてモウリーニョの元片腕であるルイ・ファリアが大学の時に書いた戦術的ピリオダイゼーションっていう論文も1999年とかだったはずです」
言語化は「受け取る側に通じるか」がすべて
――ゲームモデルに紐づいて欧州サッカーでは言語化が進んでいます。
林「言語化して一番大きいのはちゃんと後世に残せることです。だからバルセロナは廃れない。バルサの中の人の話を聞くと、公にはしていないものの、あれは絶対言語化して文字に残している。変な話、わっきーさんが言語化せずにいなくなったら、全部一緒に消えちゃうじゃないですか。ペップが言語化しなかったらその後は結果以外何も残らない。でも、言語化してればその後もちゃんと引き継げるので、本と一緒ですよ。『文化』として残る」
脇「学校では生徒にとってわからないことばっかりの世界史を教えているので、生徒に初めて聞くようなよくわからない出来事や人の話をどう伝えるのか、どうやってわかってもらうのかをひたすら意識しながら仕事している。もちろん、いろんなことを中身として正しく表現するっていうことも大切だけど、受け取る側が受け取れないのであれば、意味のない言語化になってしまう。例えば舞輝がサッカーにおける時間の概念をスーパーマリオにたとえて説明したり、ゲームモデルを家の建て方にたとえるのは受け取る側の文化を意識しているから。そんな話を聞くのは初めてでも、そうやって話せば伝わるっていう意図がそこに存在するわけで。言語化の目的が、自分がただ単に整理するためにやってるんだったら自分の中で納得のいく形でやればいい。でも、俺のゲームモデルを作る目的はチームで共有することなので、大前提としてまずチーム内で共有できるように用語から整理しましょうっていう。サッカーにはいろんな用語があるけど、意味が共有されないのであればその用語を使う意味がない。逆に小難しい用語でも選手と共有しやすいのであれば使うべきだし。これは舞輝とも話したんだけれども、それこそ『ハーフスペース』なんて高校生の食いつきがすごく良くて。でも、『ビエルサゾーン』って言ったらよくわからないので見向きもしてくれない」
林「そうした言語化は奈良クラブのアカデミーでもやってます。それが通じないとどうしょうもないですからね。今僕が急死したら奈良クラブに何も残らない、というのも困る(笑)」
脇「学校の授業でもそうだけれども、答えややり方が1つしかなければそれに適合できない受けとる側はどうしようもない。でも、目的はその人に一方的に投げつけてあとはその人次第なんていうことじゃなく、チームとして皆で共有して理解することっていう。そこに目的がある限り、それが実現できるものを選ぶことが一番現実的。それを見極めるために共有したい受け取る側ときちっと対話をする」
林「そういうのがあるから言語をちゃんと統一しなきゃマズイっていうことに気づいたオランダとかポルトガルは早いうちからやってますよね。オランダは教科書や辞書みたいなのがちゃんとあって、どんな人でも理解できるようになってたりします」
――そこも含めてコミュニケーションですよね。グアルディオラも映像とかを積極的に見せていたわけじゃないですか。
林「グアルディオラが本当に良かったのは海外に行ったことですよね。言葉にしないと誰もわからないから、ドイツに来てドイツ語にして初めて伝わるようになった。さらにイングランドに行った彼は英語で発信するようになって、世界中の人がやっとグアルディオラがやっていることがわかるようになった。だって、グアルディオラがバルセロナにいた時は、めっちゃ強いけど何が起こってるのか皆よくわかってなかったわけですよ。だから、皆バルサのサッカーを見て、ボールを持てば勝てるからボールを回せみたいな。ボールを奪われなければ勝つからみたいな。日本もそういう方向にちょっといったじゃないですか。でも、バルセロナの中だったらカンテラの中ですでにやってたから言語化する必要のないものを、ペップがドイツとイングランドに行って言語化するようになって、大事なのはボールを動かすことじゃなくて相手を動かすことだったんだっていうのに最近世界中が気づいたわけじゃないですか。ペップがずっとバルサにいたら、今も世界中のチームがボールを回せって言ってたかもしれない。だから、ペップが外に行ったのは本当に世界のサッカーを発展させましたよね。ハーフスペースって言葉も概念もペップの発信とトレーニングによってドイツで生まれたわけだし」
対談全編を読むなら『実践的ゲームモデルの作り方』!
Photos: Getty Images, Bongarts/Getty Images
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。