J1への正式導入決定。VARの“日本デビュー”で見えた現状と課題
【VAR特集#7】「2019第4回JFAレフェリーブリーフィング」レポート
本特集スタート後の9月13日(金)に開催された「2019第4回JFAレフェリーブリーフィング」 にて、ルヴァンカップ準々決勝で初導入されたVARに関する説明が行われた。その後24日(火)にはJ1来季からJ1全試合での導入が正式決定したVARの“日本デビュー”を受けた現状と課題について、ブリーフィングを取材した川原宏樹氏にレポートしてもらう。
「ない、ない、取らない。コンタクトはあるけど、自分からイニシエートしてやっている。自分からディフェンスのコースに体を入れている」
これは9月8日に行われたルヴァンカップ準々決勝第2戦鹿島アントラーズ対浦和レッズの試合で、佐藤隆治主審からVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)に伝えられた言葉だ。89分、浦和の杉本健勇がボールをコントロールしてペナルティエリア内に進入した後で、鹿島のブエノと接触して倒れたシーンについて、佐藤主審からVARへ判定の説明が行われている。佐藤主審は杉本が自分から接触の機会を作りに行ったと判断して、ノーファウルの判定を下した。
その直後に、VARを務めた飯田淳平審判員とAVAR(アシスタント・ビデオ・アシスタント・レフェリー )を務めた荒木友輔審判員によって、佐藤主審の説明をもとに当該シーンの映像が確認された。その結果、主審の判定と大きな相違がなかったことが確認され、「オールOK。チェック、コンプリート」とVARから主審に伝えられ、当該シーンはノーファウルとして試合は続行された。
9月13日に開催された「2019第4回JFAレフェリーブリーフィング」では、ルヴァンカップ準々決勝全8試合で初めて導入されたVARによるオペレーションについて、VARが試合の時に見ていた映像とコミュニケーションシステムの音声が公開され、扇谷健司トップレフェリーグループマネジャーが説明を行った。
その中で扇谷氏は、「ピッチ上のレフェリーはいろいろな情報を発信しなければならなくなってしまった」とVAR導入に伴う変化について言及した。主審から発信された判定理由をもとに、ジャッジに誤りがないかを確認する。それがVARの仕事になるからだ。
これは主審に限った話ではなく、副審も同様だ。9月8日の名古屋グランパス対川崎フロンターレの試合では、11分に川崎の小林悠が決めたゴールがオフサイドの判定で取り消されている。ただ、副審は小林が右サイドのスペースで縦パスを受けようとした動きをオフサイドと判定したもののすぐにはフラッグアップせず 、「オフサイドディレイ」とVARに発信してプレーを続行させていた。オフサイドディレイとは日本の審判員が共通に使用する言葉で、明らかに得点に向かう流れでオフサイドかどうか際どい場合に、副審が旗を上げるのを遅らせる時に発信する。
VARが導入されても、主審や副審はこれまでと同様に判定をしながら試合を進める。しかし、その導入によって“発信”というオペレーションが加わった。この発信に関して扇谷氏は、「簡潔に伝えることができないと、聞き取る方が何を言っているのかわからない」と説明。VAR導入後の審判員には簡潔かつ具体的な言葉で伝える能力が必須となることを明かした。そのためにJFAは「審判員の言語の共通化」にも取り組んでいるという。
VARに息をつく暇はない
VARは、得点に繋がるシーンの映像を確認しているだけと思っている人も多いのではないだろうか。
4月11日に開催された「VARに関するメディア説明会」では、実際の機器を使って数分間のデモンストレーションが行われたのだが、そこではVARやAVARは試合中に気を抜く暇がないことが理解できた。彼らは判定に誤りがないか確認しつつ、APP(アタッキング・ポゼッション・フェイズ)と呼ばれる映像で振り返れる、レビュー可能な範囲の判定を常に行なっている。
また、VARが介入するのは主審がピッチ脇のモニターで映像を確認する「オン・フィールド・レビュー」の時だけではない。VARからの情報のみで主審が最終的な判定を下す「VARオンリーレビュー」もある。オフサイドなど明らかに判断可能な事象の場合、主審は映像を確認するのではなくVARへの確認によって判定を下すのだ。一方で、ハンドリングや選手間のコンタクトによるファウルの場合は、基本的に主審の判定に委ねられる。主審が映像を見て最終的な判定を下すために用いられるのが「オン・フィールド・レビュー」と言っても良いだろう。
このようにVARらは90分間、休む間もなく映像でプレーの細部を確認する。 加えて、先述のオフサイドのケースのように得点機会を損なわないよう判定を遅らせれば、その分だけ主審や副審のスプリント回数は増える。こうしたオペレーションがあって、初めてVARを導入することができる。正しいオペレーションを行える審判員を早急に育成するために、JFAはIFAB(国際サッカー評議会)が管理する「VARライセンス」の取得に向けたトレーニングを行なっている。第1期のライセンス取得者は14名だったが、現在取得を目指している第3期は42名が挑戦しているという。
鹿島対浦和で“レビューなし”の理由
ここからは、冒頭で紹介した鹿島対浦和の89分のプレーでなぜオン・フィールド・レビューが行われなかったのか、ブリーフィングでの説明を紹介したい。
扇谷氏はあのシーンについて、「VARは明白な間違いでなければ介入しない」と説明した。「この場面はPKという審判もいるでしょうし、そうではない審判もいる」と前置きしたうえで、主審の発信とVARが確認した映像に「ギャップがない」として主審の判定を尊重した結果、オン・フィールド・レビューが行われなかったのだという。例えば、これが審判の見えない位置で手を使って引き倒していた場合は主審の発信と“ギャップが生じる”ので、VARは主審にオン・フィールド・レビューを勧めることになるという。
VARは判定を確認する際に、主審や副審のポジショニングも確認している。前述のプレーにおいて、佐藤主審のポジションはしっかりと接触が見える角度と距離を保っている。さらに、発信と映像に大きな相違はないため、しっかりと正しい判定ができていると尊重されたのだった。
オン・フィールド・レビューには、どうしても時間がかかってしまう。それは、サッカー独特なシームレスな展開を阻害するVAR導入のネガティブな一面であることは否定できない。IFABはこれまでの導入結果を踏まえて、そのネガティブな一面を極力減らそうと試みている。
IFABは8月21日に各国のサッカー協会へ、2019-20シーズンの競技規則に関して注意喚起を行なっている。その中にはVARに関する記載もあり、その主旨について小川佳実審判委員長から説明がなされた。「まずはフィールド上で判定するということを第一にする。そこを崩して自分たちの形でやっていくと、おそらくサッカーというものが崩れていってしまう」とVARの懸念点を挙げ、「単に二度見するとか、説得力を高めるためにオン・フィールド・レビューをするとか、そういったことを安易にやってはいけないということが、もう一回リマインドされた」という。
IFABがこれまで行われていたサッカーという競技を可能な限り阻害しないことを最優先として、VARを運営しようとしているのは十分に理解できる。そのため、ピッチ上の選手たちにも必要があればその都度で説明は行なっているようで、扇谷氏もチーム側に「今は理解していただいていると思っている」との見解を示した。
実際、鹿島対浦和の前述のプレー後にも、VARのチェックがあったことを佐藤主審から選手へ伝えていたことが明かされた。扇谷氏は「佐藤さんはVARの経験があるレフェリーなので、非常に落ち着いていた」と評価。その時の音声データを使って一連の流れを説明した。
「最初(VARから主審に話しかけた)のところでは、(佐藤主審にはVARからの問いかけが)聞こえていないです。なぜなら、選手の対応をしているから。対立も起こりそうだし、交代もある。いろいろなことが起こっているからです。やっぱり、その時の優先順位としてはピッチ上のことをやらなければならない。なのでこの時、彼はVARに『ちょっと待って』と伝えています。これはつまり、ピッチ上が忙しいから後にしてくださいということです。その間に選手にも『今チェックをしているから、落ち着いて』という話をしたり、いろいろなことをしています」
置き去りの観客
選手をはじめとするチーム側からは「VARが入ることによって、納得感は高い」という話が出ていて、審判と選手の間ではある程度スムーズに進行ができているようだ。
一方で、置き去りにされているのが観客である。
前述の試合後にも、「あれはPKじゃないのか?」「VARはなぜ介入しなかったのか?」といったSNSへの投稿が多く見られた。今回のレフェリーブリーフィングを通した記事、あるいは『Jリーグジャッジ リプレイ』によって判定内容を知った人は多いと思う。今回はこうした機会もあったために詳細を知ることができたが、観客やファンが試合中にVARによる判定について知る術はなかった。
ロシアワールドカップ以後、「スタジアムのビジョンでVARが見ている映像を流してくれ」といったような訴えは多く聞くようになった。現在、テレビ中継ではVARが見ているであろうシーンが流れることもある。ブンデスリーガや今季からVARが導入されたプレミアリーグなどでは、ビジョンで対象となったプレーや判定結果が表示されたり、VARによる審議中であることを文字で表示するようになっているものの、映像が見られないことによるモヤモヤは残るだろう。
そもそもVARのシステム導入にはかなりの金額がかかるため、各国のトップリーグや国際大会といった多数の観客が見込める、興行として成立する試合でしか導入できない。現状のオペレーションでは審判や選手・チームのためには役立っているが、もう一人の主役である観客にはフラストレーションの溜まるツールと化している。
シームレスな展開を阻害しないようにするため、むやみにオン・フィールド・レビューを行わないことは個人的に理解を示せる。それに伴い、スタジアム内のビジョンでむやみに映像を流せないことも理解できる。では、スタジアム内の観客はどうすればストレスなく、VAR導入後の試合を観戦できるのだろうか。
モバイル機器で中継映像を見ながら観戦するというのも、一つの正解かもしれない。しかし、放送事業社にも判定の内容はリアルタイムに伝わっていないので、放送を見ればストレスがなくなるというわけではない。
そこで提案したいのが、コミュニケーションシステムのリアルタイム公開だ。
VARらが控えているVOR(ビデオ・オペレーション・ルーム)内でも撮影や録音が行われていて、時にIFABがそれらを確認することがあるという。その説明の際に扇谷氏は、「どこにオープンにされても問題ないような言葉を使いなさい」と、審判員たちに指導していることを明かした。また、選手で口元を隠すように話す選手を見かけるが、審判員は読唇術で話していることを悟られても問題ないようにしなさいとも指導しているという。
そういったこともあって今回のレフェリーブリーフィングでも音声が公開されたのだろうが、どこに公開しても問題ないのであればスタジアム内でも公開すれば、観客もストレスなく観戦を楽しめるようになるはずだ。スタジアム内のWi-Fiを使って、コミュニケーションシステムの音声データを放送するチャンネルを設けてみるのはどうだろうか。オン・フィールド・レビューよりも、よほどストレスがなく観戦できるようになると思う。
Photos: Hiroki Kawahara
Profile
川原 宏樹
1977年生まれ、富山県出身。当時、日本最大級だったサッカーの有料メディアを有するIT企業で、モバイルを中心としたメディアのコンテンツ制作を行うことでサッカー業界と関わり始める。その中で有名海外クラブとのビジネス立ち上げに関わるなど多くの新規事業を創出。その後はサッカー専門誌「ストライカーDX」編集部を経て、独立。現在はサッカーを中心に多くのスポーツコンテンツに携わる。