導入3年目。Jリーグも参考にした“VAR先進国”ドイツの現状
【VAR特集#4】欧州のVAR事情コラム
ここまでは審判、リーグ、そして選手それぞれの目線からVARについて語ってもらうことで、VARのリアルに迫ってきた。次に紹介したいのが、日本よりも先にVARを導入した国外のリーグではいったい何が起こり、今どうなっているのか。
今回取り上げるのは、2017-18シーズンにセリエAと並び5大リーグでいち早くVARを導入したドイツ・ブンデスリーガのケース。 今季で3シーズン目を迎えた“VAR先進国”のこれまでと現状について、ドイツ在住で指導者としてもジャーナリストとしても活動する中野吉之伴さんにレポートしてもらった。
ブンデスリーガではVARが導入されて3シーズン目が始まっている。
ドイツではどのように受け止められ、どのような改善が行われてきたのだろうか。その辺りを探ってみようと思う。
導入当初は一つひとつの判定に時間がかかり、スタジアムのファンも、選手や監督もみんなが困惑していた。問題点の一つに、何を、なぜ、どのように判定したのかというところが不明瞭だったことが挙げられる。スタジアムのファンは自チームのゴールだと思って喜んでいたのに、しばらくしたら試合が一時中断され、時に数分間判定が下されるのに待たされた挙句、それが取り消されるというなんとも腑に落ちない時間の過ごし方を余儀なくされていた。
スタジアムにはリズムがあったはずだ。生きた時間が流れていたはずだった。それが、どこからか強制的にストップがかかり、試合の流れが不自然な形で途絶えてしまい、まるで別のスポーツをしているかのようになってしまう。
「審判がどこか不安げ」
基本的にどの選手、監督に話を聞いても、VAR自体は悪いアイディアではないと語る。デュッセルドルフのフリドヘルム・フンケル監督は「例えばオフサイドラインの確認などはいいことだ」と評価している。ただ、その使い方、干渉の仕方がまだ整理・浸透し切っていないところが、試合に不必要ないざこざを招く要因となってしまっている。
気になるのはVARによるサポートがどうこうという以前に、新しい判定の仕方が加わったことで、審判のキャパシティオーバーになっているという指摘だ。フンケルは「私の個人的な意見だが、もちろん、昔の方が良かった。それは判定のミスがあったとしても、いくつかのディスカッションで受け入れることができたからだ。今日では審判がどこか不安げになってしまっている。毅然とした態度で判定をしていた審判らしさがなくなってしまっている」と口にしていた。
審判自身が「本当にこれでいいのだろうか」と少しでも迷いながら笛を吹いていたら、自信を持って判定を下すことが難しくなる。特に昨シーズンはハンドにおける判定基準が非常に複雑で、なぜその判定になったのか、なぜVARが介入したのか、あるいはなぜしなかったのか、誰も納得できないまま試合が進むことも珍しくなかった。試合後に選手や監督、関係者がインタビュー時にそのシーンについて尋ねられても、誰も明確な答えを言えないという不思議で消化不良な空気ばかりが流れてしまっていた。
ブレる介入基準
本来、シンプルなルールがサッカーの醍醐味の一つだったはず。VARもその流れを踏襲することが理想的なのは間違いないし、審判サイドもそれを目指している。ただ現実問題、まだいろいろと難しい。ある試合ではVARが介入したシチュエーションで、別の試合では何も起こらない。
例えば、バイエルンとドルトムントの間で行われた今季のドイツスーパーカップでは、スローインのボールをめぐってヨシュア・キミッヒがジェイドン・サンチョの足を踏みつけるというシーンがあった。モニターで確認すれば一発レッドカードものだったが、主審のダニエル・ジーベルトはイエローカードを提示。VARは介入しなかった。
これに対してドルトムントのミヒャエル・ツォルクSDは「ボールはピッチの外に出ていたし、完全に暴力行為に値する。レッドカード以外あり得ない。あれがイエローカードのままで判定が変わらないのなら、VARは必要ない」と不満を口にした。これに関してVARプロジェクトチーフを務めるヨヘン・ドレースは、この試合でビデオ審判を務めたロベルト・シュレーダーに対して「定められたプロセス通りに(VARの確認を)行わなかった」と指摘し、自分たちのミスを認めた。
あるいは、昨シーズンのDFBポカール準決勝のバイエルン対ブレーメン。バイエルンにPKが与えられたが、主審は足にコンタクトがあるかどうかを探っていたのに、ビデオ判定では選手を押したかどうかチェックしていた。互いのコミュニケーションがずれてしまえば、正しい判定に導くのは困難だ。改善の余地はまだたくさん残っている。
審判サイドの努力
もちろん、審判サイドも何もしていないわけではない。ドレースは今季開幕前に審判講習会を開き、VARシステムの最適化を目指してワークショップを行っている。よりストレスなく、より公正な判定ができるようにと審判サイドは改善に努めているわけだ。そうした努力もあり、より最適な判定が行われるための技術的な進歩も相当見られている。
実際、昨シーズンは感覚的にもビデオ判定によるストレスがだいぶ緩和されたと感じることはできた。導入初年度などは、VARの介入による体感中断時間がすごく長かったのを思い出す。あまりに時間がかかるのでファンのざわざわ・イライラが非常に大きくなっていたことと比べると、非常にスムーズになってきているのは間違いない。
DFBによると、一回のチェックにかかった平均時間は61秒。スタジアムのファンには大型モニターにビデオ判定が行われた場合、すぐに表示される。「ゴールかどうか」「PKかどうか」「レッドカードかどうか」というシチュエーションと、どんなプレーが調べられているのか、そしてどんな決断となったのかがわかるようになっている。一つひとつの判定のたびに試合を止めることなく、必要最低限の働きで最大限の成果を挙げることが目標になる。ある程度はファンも慣れてきているし、受け入れてきている。
統計的にはどれだけの結果を残しているのだろうか。2018-19シーズンのブンデスリーガでは、82回のミスジャッジを修正することに成功。一方で主審の判定にVARが介入すべきだったシーンが19回あり、そのうち2回は完全なミスジャッジとなってしまった。この数字をどう捉えるべきか。
ビデオ判定=100%の正解と考えてしまうと、やはり十分なものとは言えないかもしれない。ただ一方で、そもそもそこに100%の判定を求めるべきなのかという疑問も浮かび上がってくる。サッカーの試合では主審の視点・立ち位置からでは判断しづらいシーンがたくさんある。そうした時に、判定の手助けとなる存在がビデオ判定だったはずだ。より公正に判定できるためのツールの一つとして。だからこそ、すべてのシーンをコントロールする必要はなく、VARが介入すべきシーンと状況がしっかりと整理されることが大切となる。
ドレースは「最終的な決断を下すのはいつでもピッチ上の主審だ」ということを強調しながら、「判定へのプロセスと規則に沿った決断が、うまくいかないこともあった。ただ、VARは我われ審判にとってもまだ新しいものであるんだ」と理解を呼びかけている。同時にファンや関係者がより理解・納得できるように、情報の開示も必要になる。今季からテレビ放送において、VARが介入した際に主審、ビデオ審判、問題のシーンによる3分割の映像が映し出されるようになっている。どのようにその判定が下されたのか、ファンがより明瞭にわかるような努力が行われているのだ。
すでに問題も…アマチュアサッカーとの隔絶
こうした働きかけは、現在VARが導入されているブンデスの1部と2部に関してだけで終わってはいけないと思う。新しい技術や取り組みとともにサッカーのルールをみんなが理解し、納得して使いこなせるようになることが望ましい。これはアマチュアサッカーとの兼ね合いにも繋がる話になる。下部リーグや育成リーグでは当然、VARが導入されていない。だが、試合を観戦しているファンや保護者がビデオを撮影していたら?
実際にそうしたケースがいくつも報じられている。ある下部リーグの試合で主審がPKの判定を下した。するとそのシーンをたまたま撮影していたファンが動画を主審に見せて、ミスジャッジだと強く迫ったという。ある試合ではそれを見た主審が自身の判定を取り消し、またある試合では自らの判定を変えようとはしなかった。ルール上はVARが導入されていない以上、当然、判定を下すのは主審ということになる。ただ、ドイツ中の人がビデオ判定というツールをもう知っている。そして映像というある意味絶対的な判断材料を持ち出そうとするファンや保護者が出てきたりする。日本でもひょっとしたら同じようなことが起こるかもしれない。
だからこそ、審判が毅然たる態度で試合を裁くことが大切であるし、裁けるようにそれぞれの役割がはっきりしていなければならない。そのためには審判の負担が大きくなり過ぎないような配慮をすることが重要になる。VAR独自のルールが生まれてきたら、現場は混乱してしまう。技術は使いこなせなければ重荷にしかならない。
サッカーはシンプルなスポーツなのだ。VARがするのはあくまでも手助けだということを忘れてはいけない。
Photos: Bongarts/Getty Images
Profile
中野 吉之伴
1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。