「エコロジカル・トレーニング」ムバッペたちを磨き上げた新理論
“スターの原石”を集めては次々と“真のスター”に育て上げてきたモナコとレオナルド・ジャルディン監督。その「原石を磨く」秘密は、彼らが採用した革新的なトレーニング理論「エコロジカル・トレーニング(生態学的トレーニング)」にあった。ジョゼ・モウリーニョが責任者を務めるポルトガルの指導者養成講座でそれに触れた林舞輝氏が、この戦術面だけではない「育てて勝つ」トレーニング理論を紐解く。
モナコにおいて、通算で5年にわたりチームを指揮してきたレオナルド・ジャルディン監督の功績は計り知れない。初年度の2014-15シーズンに、準優勝を飾った2003-04以来となるCLベスト8進出。2016-17には戦力や財政力などすべての面でモナコを凌駕するパリ・サンジェルマンを抑えて、17年ぶりのリーグ優勝を果たす。CLでもマンチェスター・シティやドルトムントを撃破し、堂々のベスト4。
だが、ジャルディン前監督の最も偉大な功績は、タイトル数や結果ではないだろう。彼がモナコを率いている間にスターとなってビッグクラブへと巣立っていった若手選手を挙げてみよう。アントニー・マルシャル(マンチェスター・ユナイテッド)、ヤニック・フェライラ・カラスコ(大連一方)、ベルナルド・シルバ、バンジャマン・メンディ (ともにマンチェスターC) 、ティエムエ・バカヨコ(チェルシー)、トマ・ルマル(アトレティコ・マドリー)、ファビーニョ(リバプール)、 レイバン・クルザワ、 そしてキリアン・ムバッペ(ともにPSG)……。わずか4年の間で一つのクラブからこれだけのスターが誕生するというのは、はっきり言ってかなり特殊な状態だ。もちろん、その原石を見つけ出してくるスカウトの功績も無視してはならない。しかし、スターの原石を磨いて正真正銘のスターにするというのは、原石を見つけ出すこと以上に難しいことだと言っても過言ではない。事実、「スター候補」として将来を渇望されながらも、その才能を存分に開花させることなくキャリアを終えていった選手を数え出したらキリがないだろう。ただでさえ、「超」がつくほど上手い選手たちをトレーニングでさらに上手くさせるというのは、なかなかできるものではない。にもかかわらず、これだけの超一流選手たちがジャルディンの下で育った理由は何だったのだろうか? どのような練習やトレーニングでそんなことが可能になるのか?
そのヒントは、ジャルディンがおそらく世界のトップレベルで初めて採用した、「エコロジカル・トレーニング」というメソッドにある。これは今までの欧州のトレーニング理論とはあまりにかけ離れているものであると同時に、もしかしたら未来のサッカーを先取りした革新的なメソッドかもしれない。
中心に「生態学」、最重要は「相互関係」
エコロジカル・トレーニングの提唱者であり、現在シェフィールド・ハラム大学で教鞭を執るキース・デイビッズ教授は、運動学習の研究を進めるうちに2000年に入る直前の頃、この「エコロジカル・アプローチ」または「エコロジカル・トレーニング」と呼ばれる、スポーツにおける新しいトレーニング理論を提唱し始めた。これに強く感化され、その研究をポルトガルで熱心に広めていったのがマデイラ大学である。そして、ジャルディン監督とその右腕であるコーチのネルソン・カルデイラは、このマデイラ大学のスポーツ学部の同級生であった。2人はいつか同じチームでともに、エコロジカル・トレーニングによって世界で戦おうと約束し、それぞれ別のチームを渡り歩いて独自にその実践と検証を繰り返す。
彼らがタッグを組み始めたのは2011年。ジャルディンがブラガの監督就任に際し、学生時代の約束を果たすべくカルデイラをコーチとして呼び寄せた。すると、いきなりリーグ戦13連勝のクラブ新記録を樹立し、ポルトガル“ビッグ3”の牙城を崩してリーグ3位の快挙を達成。その後、2人はオリンピアコス、スポルティング、モナコで次々と結果を出していった。
では、エコロジカル・トレーニングとは何なのか? その中心的な考えは「エコロジー」、つまり生態学(生物学の一部門。生物の個体、集団の生活、他の生物や環境との相互関係を研究する分野)である。生態学的な面から練習を積み重ねる、つまりチームを一つの生態系、選手を生物としての一つの個体と捉え、生態学での知識やアプローチによってトレーニングを構築しようという理論だ。この理論で最も重要視されるのは、「環境での関わり合い」であり、「相互関係」である。したがって、すべての練習は選手同士の関係性を深めることに重きが置かれ、選手が自分の能力と個性を環境の中で最大限に生かし、また他の選手と互いに生かし生かされるような、ある意味「相互依存」のような関係の構築を促すことが、このトレーニングの最大の目的である。
リスボン大学とポルトガルサッカー連盟が主催する指導者養成講座で、実際にカルデイラコーチの授業を受けたが、実に難解な理論であった。チームをより良い「生態系」にするために、生態学から理論や法則をサッカーに置き換えて練習メニューのアイディアに取り組む。「ニッチ」「レーベンスフォルム」「CAS(複雑適応系)」「コロニー」「アトラクター」「アフォーダンス」「グローカル」など、サッカー界では聞き慣れない生態学の用語が次々と飛び出し、それが練習メニューを作る上での原則となる。選手同士の関係性を深め、生態系というダイナミクスが自然にでき上がることが狙いであるため、ゲーム形式の練習を毎日行い、異なるタスクや異なる環境を与えることで、適応能力とそれに応じた相互関係を最大限に引き出す。例えばコーンドリブルをずっとやっているだけでは、そこに相互関係は生まれない。2人組での練習だけでは「ローカル」な関係性は深まっても、試合という大きな「グローバル」な関係性は存在しない。逆に、11対11の試合ばかりではローカルな練習にはならず、例えば右ウイングと右SBのような深い相互関係の構築にはローカルな練習も必須である。
ゲームモデルのゲの字も出てこない
エコロジカル・トレーニングが従来のトレーニング理論、例えば「戦術的ピリオダイゼーション」や「構造化トレーニング」と比べて革命的なところは、ゲームモデルのゲの字も出てこないことだ。現代のサッカーでは「ゲームモデル至上主義」とも言えるような、ゲームモデルとプレー原則がすべての元となるトレーニングが主流だ。ゲームモデル至上主義の欠点として、「いい選手」とは「ゲームモデルに従ったプレーができる選手」であり、ゲームモデルに合わない選手はチームから排除されてしまう。仮にガットゥーゾがカタルーニャで生まれてもバルセロナではプレーできなかっただろう。
一方、エコロジカル・トレーニングでは選手が生態系の中で「自分の生きる道」を探る生物としての個体となるため、各々がそのポテンシャルを存分に生かすことができる。これが、力で劣るはずのモナコがCLベスト4に入り、その中で各選手が本当に生き生きとプレーし最大限のポテンシャルを発揮できていたこと、さらにその上でチームとしての連係も素晴らしかったことの理由の一つに違いない。その結果として、多くの選手がメガクラブに引き抜かれた。
また、毎年のように主力が引き抜かれても、「モデル」や「構造」ではなく「生態系」であるため、組織が崩壊することなく新たな生態系として変化し続け、また各々が新たな環境の中で適応し、そのポテンシャルを発揮することができる。これがモデルや構造だった場合、主力が抜け選手が変われば、当然のことながらモデルチェンジしなければならないし、構造自体を作り直さなければならない。要するに、チーム作りを一から始めなければならないのだ。
思えば、レアルもフランスも
サッカーはもしかすると、今後この方向に進むかもしれない。CLを3連覇したレアル・マドリーも、W杯で優勝したフランス代表も、「ゲームモデル」と呼べるものはなかった。フランスの場合、一見するとバランスが悪そうなところから試合を重ねるごとに各々が快適なプレースペースと連係を見出し、少年ジャンプ方式で試合の中で成長していった印象だ。ゲームモデルに選手を当てはめるのではなく、選手の関係性によってチームができ、生態系がより洗練されていった。スティーブン・エンゾンジがエンゴロ・カンテに代わって入った時、エンゾンジがカンテの役割の代わりを果たすのではなく、エンゾンジがいるバージョンのダイナミクス、チームの生態系が自然とできていった。これは、まさにエコロジカル・トレーニングが理想とするようなチームができ上がっていく過程である。
なぜモナコの選手があんなにも生き生きとプレーし、CL4強に進み、スターの原石が正真正銘のスターとなって羽ばたいていったのか。この理由を彼らが行っていた「選手を育てて勝つ」トレーニングという面から深く掘り下げていくと、ゲームモデル至上主義から「脱・ゲームモデル」の時代が来ている――そんな未来のサッカーを予感させてくれる。
Photos: Bongarts/Getty Images, Getty Images
Profile
林 舞輝
1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。