グローバルフランチャイズ 軌道に乗り始めたCFGスポンサー獲得戦略
特集の最後はシティ・フットボール・グループ(以下、CFG)の目線から横浜F・マリノス(以下、マリノス)と提携した5年間を事業面、特にスポンサーセールスの角度から振り返る。話を伺ったのは山田敏之氏。2007年から2014年までの間、東京ヴェルディでスポンサー営業を担当。そこでの実績が評価され、CFGからの誘いに応じる形で転職。現在は同社のパートナーシップ部門においてマリノスを中心とした各国クラブの営業を担当している。
CFGの特徴は何と言ってもその世界的なネットワーク。山田氏が所属するパートナーシップ部門だけでも世界中に10拠点存在する。マンチェスター、ニューヨークなどクラブの本拠地を中心に、近年はシンガポールや上海にも進出。無論、社員も国際色豊かで、パートナーシップ部門の長はレンジャーズやチェルシーなどビッグクラブを渡り歩いた人間が務めている。そうした各国の知見は世界中のパートナー部門の社員がイギリスに集結して開催されるコマーシャルミーティングなどで随時共有され、各クラブの発展に役立てられている。つまり、マリノスはCFGグループの一員となることで世界中のスポンサーシップビジネスのトレンドを手に入れられる状況にある。
では、そうしたメリットは具体的にどのようにマリノスに活用されてきたのか。Jクラブの立場も熟知する山田氏がCFGとマリノスをつなぐ潤滑油の役割を果たす中で見えてきた実像とは……。
比類なきアドバンテージ
パートナーシップ部門におけるCFGとマリノスの提携は大きく2点ある。実際にスポンサーを連れてくる“営業”と、ノウハウを共有する“コンサルティング”だ。
「CFGは常にマリノスのスポンサーを探しています。CFGの各国にいる営業が担当する地域の企業にマリノスへのスポンサードを提案している。実際、ヘイズ様(イギリス)、SAP様(ドイツ)、ムンディファーマ様(シンガポール)はCFG経由でマリノスを支援いただくことになりました。海外の企業はスポンサーシップにおいて評価されるポイントや求められる権利がJリーグと違うので、契約に至る過程もマリノスと適宜共有しています」
2019年に新たにスポンサーになった外資系人材紹介会社であるヘイズの事例はCFGにおける営業活動の真骨頂だ。同社が日本市場への参入拡大を検討していたタイミングであったとはいえ、前提としてマリノスにスポンサードする以前からマンチェスター・シティ、ニューヨーク・シティFCのパートナーであったことにより信頼関係を築けていたことが大きい。「昨秋に日本でも展開したプレミアリーグ優勝のトロフィー・ツアーでヘイズ様のオフィスに訪問したことがきっかけになりました。全く知らない国(日本)でスポンサードを実施するのはハードルが高いが、CFGのガイドがあることでマリノスという選択肢を検討頂けた」という言葉には説得力がある。CFGとパートナーシップを結んだことによりマリノスの名前が世界中に売れたのだ。
「我々は単独のクラブではなく、複数のクラブをポートフォリオ(組み合わせ)として案内することができる強みがある。マンチェスター・シティが核ではありますが、北米に進出したい企業にはニューヨーク・シティFCを、日本なら横浜F・マリノスを提案できる。CFGとして1社関係性が構築できると、それがマリノスにも波及するパターンはあります。Jクラブが単独で営業に行っても難しい外資系の企業とも本国のヘッドクォーターに対する営業活動を展開することもできる。そこは特徴ですね」
CFGがアプローチする先は基本的にグローバル企業が中心となるため、スポンサー交渉は世界各国で行われているが、初期のアプローチ段階でマリノスが大きくリソースを割く必要はない。CFG全体で60名程度在籍しているパートナーシップ部門の担当が「ハウスエージェンシー的に」(山田氏)パートナーシップを獲得するのは他のJリーグクラブでは現状、再現性のない大きなアドバンテージだ。
最初は空回り
しかし、5年前の提携当初から首尾よく事が運んだ訳ではない。暫くの間はCFGサイドでも日本市場を熟知し、クライアントに説明できる人材、組織体制が確立していなかったこともあり、グループとして掲げたビジョンに対して内部のセールス体制が追い付かない手探りな状態が続いた。
「営業面では提携後すぐにSAP様と大型契約を締結しましたが、その後はなかなか新規スポンサーを増やすことが出来ませんでした。コンサルティング面においても、欧州フットボール業界を前提とした独り善がりな改善提案になりがちで、ROIベースで評価する欧米型スポンサーと、より支援的側面が強い日本型スポンサーとの違いから、上手く噛み合わないこともしばしば発生しました」
例えば、山田氏によればCFGには「Less is More」というコンセプトが存在する。セールス戦略上、スポンサー数は限定的とし、個々のスポンサーに対してより手厚いサポートを施していくことで、結果的に全体のスポンサー売上をMAXに出来るとの考え方である。一方、マリノスはフリューゲルスと合併した過去の経緯もあり、数多くのスポンサーに支えられてきた歴史を持っていたため、CFGからのアドバイスの真意が正しく伝わらないことも少なくなかったようだ。
また、欧州のスポンサーシップには1業種を1社で独占する「exclusivity(競合排除)」と言う概念がある。「私どもがご紹介したパートナーからこの独占面の適用範囲でクレームが付いたことがあり、契約の解釈や、落としどころを巡って大いに揉める事態が生じました。あまりJクラブのスポンサー契約提携時には詳細に議論されない争点であったこともあり、マリノスのスポンサー営業、契約の在り方全般を見直す格好の機会となりました」
こうした一筋縄では解決しない問題を幾つも乗り越え、今では海外企業だけでなく、国内の企業に対してもCFG主導型の営業活動が実を結びはじめている。「お蔭様で、スポーツマーケティング上の目的をより明確に定義し提案を行うことで、WIND AND SEA様や、ツクイ様、イリソ電子工業様、イノテック様といった横浜に本社を構える地元企業の皆さまにもマリノスのスポンサーとして加わっていただくことが出来ました」
5年と言う歳月と共に、CFGジャパンオフィスを介して、ロンドンを始めとしたCFGインターナショナル・オフィスでの日本市場及びマリノスに対する理解と、マリノスの営業チームにおけるCFGの活用方法に対する理解が双方で深みを増してきたことによる成果と言えるであろう。
提携の未来
具体的な数字は非公開ながらCFGは提携5年目にして初めてパートナーシップに関する売上予算を大幅に上回って達成した模様である。好調の背景には来年に開催が迫った東京五輪による日本への注目度向上もあるが、数ある要因の1つとして山田氏は「グローバルなビジネスフレームワークの浸透」を挙げる。例えば、「ルールオブ3ポイント1」。これは協賛金額の3倍のメディア露出価値をパートナー企業に還元する方針のことで、社会貢献的な視点からの協賛が多い日本のスポーツビジネス界においてCFGの象徴的な取り組みだといえる。
「Jクラブのケースと比べると、海外の企業は露出価値・広告換算価値を一つの指標としてより重視します。だから、僕らもマリノスに対してそうしたことを定期的に計測できるツールの導入を提案しています。共通言語としての指標があれば我々も(価値が明確なので)マリノスを紹介しやすいですからね。そもそも海外の企業からすると日本は言語の問題もありますし、文化的にも遠いので参入障壁が高くて入りにくい。そこをCFGのガイド付きで日本のトップスポーツの1つであるJリーグクラブのスポンサーになれる権利を紹介すると高い価値を感じてもらえます。だからこそ、今までJクラブがリーチしていないマーケットをCFGを通じて開拓することによって新たなスポンサーを増やすことができる。今年はその結果が顕著に出ています」
その他にも、CFGを通じたパートナーシップ契約の特徴は複数年契約であるという点が挙げられる。Jリーグにおいては単年契約のケースが多いが、CFGは「お互いのことを理解し合うことが、価値を高めることにつながる」というポリシーを企業側に理解してもらうことで、中長期でのコミットを可能にしている。
「パートナー企業に対しては定期的にレビューをして、提供するメリットをブラッシュアップすることを行っている。マンチェスター・シティではLED看板のデザイン1つ取っても、パートナー企業のロゴサイズや文字数などの改善を重ねて露出価値の最大化を図っています。日本ではここまで実施しているクラブは少ないと思うのですがCFGにはそういうノウハウや体制があるので、マリノスにもそのエッセンスは常に紹介しています。私は東京ヴェルディに在籍していたから実感としても分かるのですが、J2の規模だとパートナーシップの契約有無がクラブ存続にダイレクトに影響するので単年契約では安定した経営環境となりにくい。そうしたジレンマを感じながらCFGに転職しているので、外資企業を連れてくるだけではなく、長期的な目線でスポーツマーケティングにおける理想を構築したい。複数年契約をしていただくことで、こういうアプローチも可能になります」
山田氏はCFGとマリノスの提携について「今が一番良いチームワークでやれている」と手ごたえを語る。2019年はCFG経由で獲得したスポンサーも増加し、結果が出たことで生まれた信頼関係もあるのだろう。「これまでは目標としていた予算に足りなかったので自信をもって(マリノスに)伝えきれなかった」といった遠慮もなくなり、今後はさらなる世界基準のノウハウがマリノス内で共有されることが期待される。CFGとマリノスの提携が生む相乗効果はこれからが本番だ。
Toshiyuki YAMADA
山田 敏之
1981年生まれ。マサチューセッツ州立大学アムハースト校スポーツマネージメント学科卒業後、プロバスケットボール独立リーグの球団にてインターン。帰国後、デザイン会社を経て、東京ヴェルディでスポンサー営業を担当。2015年よりシティ・フットボール・ジャパン株式会社所属。パートナーシップ部門マネージャー
Photos: Takahiro Fujii
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime