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[4-4-2]、一撃の殺気、ラスト5分の奇跡…PSG戦、あのユナイテッドが帰って来た

2019.03.08

【短期集中連載】 新世代コーチが見たUEFAチャンピオンズリーグ#3

欧州最高峰の舞台は目まぐるしいスピードで進化している。そこで起こっている出来事をより深く知るためには、戦術革命後の「新しいサッカー」に精通するエキスパートの力を借りるしかないだろう。それぞれの方法で欧州サッカーのトレンドを探究する4人の新世代コーチに、CLラウンド16の“戦術合戦”を徹底分析してもらおう。#3は昨年末に弱冠23歳にしてJFL奈良クラブのGMに就任した林舞輝が登場!

 25%――。

 今シーズンのCLラウンド16で、第1レグで勝利を収めたチームが準々決勝へと進出を決めた確率だ(ローマ、レアル・マドリー、パリ・サンジェルマンが第2レグで逆転されベスト16敗退が決定、トッテナムのみ準々決勝進出)。もっとも、サンプル数が非常に少ないのでこの傾向に関して何かを述べるのはまだ早いのだが、それにしてもリードしているチームがことごとく負けるというのも珍しい。中でも一番あり得ないと思われていたのがマンチェスター・ユナイテッドのアウェイでの逆転だ。満身創痍だった彼らはいかにして、もはや格上とも言えるPSGに対してアウェイの地で準々決勝進出を決めたのか。

危機のユナイテッド、[4-4-2]というクレバーな選択

 ホームのPSGはムバッペを頂点、ディ・マリアとドラクスラーをシャドーに置いた[3-4-2-1]。対するユナイテッドは、イングランド伝統の中盤がフラットな[4-4-2]。両チームが互いのフォーメーションとプランを観察し合い様子を見合っているうちに、PSGのバックパスのミスからユナイテッドが先制。おかげでPSGの試合前のプランは崩れ去り、観戦している方にはPSGがどういうゲームプランで臨んだのかわからずじまいになってしまった。守備を固めて相手を焦らせ自陣に引きつけてカウンターという第1レグでのリードを生かしたゲームプランだったのか、それとも関係なしにユナイテッドを序盤から叩きのめしにいくつもりだったのか、気になるところだ。

 この試合でユナイテッドがこのシステムを採用したのは、クレバーな選択だった。オーソドックスな[4-4-2]はシンプルで落とし込めるのが早い。ほぼ全員の選手がプレーし慣れているシステムである。さらに、[4-4-2]のゾーンディフェンスは相手が何にせよとりあえずは適応できる。相手がどんなシステムでどんな戦術であろうと対応しやすい。CLグループステージでもそうであったように、PSGは多様なフォーメーション、多様な選手構成、多様な戦術をあらゆる方法で使いこなす。そんな相手に対し、ケガ人と累積警告が積み重なって駒も限られているという状況の中で(何しろユナイテッドのベンチがまったく見たことも聞いたこともない選手だらけだった)、[4-4-2]はうってつけだと言える。どんなシステムでどんな選手を組み合わせどんな戦術できてどんな噛み合わせであろうと、[4-4-2]のゾーンディフェンスならばならばとりあえずは対応が可能だ。

 ユナイテッドの[4-4-2]はイングランドでは極めてオーソドックスな形だが、その実態はイングランドサッカーの代名詞でもあるような大雑把な感じはなく、非常に洗練され組織化されたゾーンディフェンスの[4-4-2]だった。縦の間隔も横の間隔も非常に狭くした超コンパクトな一つの塊としてよく組織されていた。FW-MFとMF-DFのライン間はほとんどなく、ボールが中央にある時は5レーンのうち大外の両レーンを捨てて中央に固まり、ボールがサイドにある時はボールと逆サイドのSBが中央のレーンまで絞ってスペースを圧縮。右サイドを崩されることが多々あったものの、何とか耐えしのいだ。

(上)相手がサイドにボールを展開した時、ユナイテッドの逆サイドの選手がセンターレーン付近まで絞ってきているのがわかる (下)ボールが中央にある時は両サイドの選手が中に絞り緊密なブロックを形成する

 サイドMFはほとんど前に出ることがなく、構え続けて相手のミスを根気強く待つ。唯一、PSGのウイングバックからCBへのバックパスをスイッチにハメに行く場面があったのみだ(先制点もこの形だ)。

先制点直前のシーン。サイドに下りてきていたドラクスラーから右CBケーラーへパスが出た瞬間、ラッシュフォードが猛然とプレス。ミスを誘発した

 ユナイテッドの攻撃はFWへのクリア気味のロングボールが精一杯。しかし、それもPSGは3バックでユナイテッドの2トップに対して数的優位なので拾われ続け、苦しかった。唯一、ボールを奪った直後にしっかりとルカクとラッシュフォードに当てられた時はカウンターのチャンスができ、この2人に収まればここぞとばかりに後ろからどんどん出てくる姿は、モウリーニョの遺産を感じさせた。

PSGのロジック、ユナイテッドの非論理

 自滅による失点で出鼻をくじかれたPSGだが、すぐにユナイテッドのコンパクトな[4-4-2]をセオリー通りに崩そうとする。ユナイテッドの守備は圧縮している分、外に大きく開いているウイングバックは放っておかざるを得ないので、どうしても対応が遅れる。[3-4-2-1]の両ウイングバックが大きく開いてピッチを広く使い、横に大きく速くボールを動かして[4-4-2]の塊を何度も動かし、人と人の間にボールを入れる。すると、すぐに同点へ。

 横に何度も動かし、ムバッペが割れたディフェンスの裏を取ってクロス、あとは無人のゴールに押し込むのみ。その後もユナイテッドの組織を横に動かし続け、ムバッペがフリーマンのように動いて[4-4-2]の塊の中の局面局面で数的優位を作って崩しにかかる。奪われれば素早いネガティブトランジション(攻→守の切り替え)でボールを回収。守備になればボール側のウイングバックが前に出てボールと逆サイドのシャドーが1つ後ろに下りて[4-4-2]のブロックを形成。

9分40秒の自陣でのゴールキック後、攻撃→回収を繰り返し同点ゴールに繋げたPSG。一連の攻めの中で、選手の動きやウイングバックが幅を取ることによって生み出したスペースを突く場面が何度も見られた

 苦しかったユナイテッドだが、29分、ラッシュフォードの無回転シュートをブッフォンが前にこぼしてしまい、狙っていたルカクが2点目を挙げる。ブッフォンのミスと言ってしまえばそれまでだが、こぼれ球を律義に狙っていたルカクはさすがであるし、この試合のユナイテッドには「どんな隙も絶対に逃さない感」があった。チャンスの数は限られるであろうこの試合の中ではどんなに小さな隙、どんなに小さな相手の綻びも絶対に逃してはいけない。そういう意識が得点シーンに限らずユナイテッドにはあったように見られたし、逆にPSGに最も欠けていたパーツのようにも感じた。前半20分頃に訪れた決定機を決めていたらユナイテッドの息の根を止めていただろう。第1レグでのリードが心理面で悪い方向に働いてしまったのかもしれない。

2ゴールをマークし大逆転勝利を呼び込んだ殊勲者の一人ルカク

 前半の32分にユナイテッドはこの日右SBで出場していたバイリーを下げるが、バイリーはこれがケガでの交代なのかどうかもわからない酷い出来だった。簡単に裏を取られ、DFラインでも1人で余ってオフサイドが取れず、1対1ではディ・マリアにボコボコにされていた。最も危なっかしかった選手を前半で代えたならばスールシャールの英断であったし、ケガだったならばバイリーには悪いがこれはラッキーだった。この交代がのちのち大きな幸運を呼ぶことになる。

負けているのに守備固め――スールシャールの驚きの決断

 後半の立ち上がりを過ぎた頃からユナイテッドは耐え切れなくなり、どんどん[4-4-2]のブロックが下がっていき完全に引きこもるだけという状態になっていく。ここで、スールシャールは[4-4-2]から[5-4-1]に変更。これがこの試合の分岐点だった。この戦術的判断には驚いた。引きこもって守るならば当然[4-4-2]よりも[5-4-1]の方が守れるのだが、リードされている時にこの決断を下すのは容易ではない。何しろ、絶対に得点しなければならない展開の中で、前の数を減らし、後ろの枚数を増やしたのだ。もちろん得点しなければ勝ち上がれないわけだが、それよりもまずは失点しない方を選んだ。ここで耐え切れずに失点してしまうとその瞬間ほぼ試合は終わる。もしあのまま押し込まれまくっている展開の中で[4-4-2]のままだったら、ユナイテッドはおそらく耐え切れずにどこかで失点していただろう。ここで腹を括って、このスコアで耐え切り最後の数分でのオール・オア・ナッシングの攻撃に一縷の望みを託すという決断をしたスールシャールは、現実を見て判断できる監督だと言えばそうだし、一方で単にドラマチックな展開が好みなだけなのかもしれない。彼自身がドラマチックな選手だったのも関係しているのだろうか? いずれにせよ、これでユナイテッドの意思統一はハッキリした。

ビハインドの状況で5バックへの変更を決断したユナイテッド

 ここであやふやになってしまったのはPSGである。あの状況でなぜ普通に攻め続けたのかがわからない。こちらがリードしている状況の中で相手が[5-4-1]にして下がったのだから、攻める必要はまったくない。無理に攻めずに後ろでボールを回していれば良かった。相手1トップに対して3バックなのだから、永遠にボールは回していられるはずだ。それなのに、普通に攻撃を仕掛け普通にカウンターの罠にかかった。リスタートまでわざわざ速く進めていたが、一体何のためにそんなことをしなければならなかったのか。こじ開ける必要のない扉をなぜこじ開けようとしたのか?

 もしかすると、交代でカバーニを入れずにダニエウ・アウベスをシャドーに配置するというのがトゥヘル監督のメッセージだったのかもしれないが、だとしたら選手たちにはそれはまったく伝わっていなかった。1失点目がトラウマになっていたのかもしれないし、はたまた(大量リードした後のどん引き戦術が裏目に出て)世紀の大逆転負けを許したあのバルセロナ戦がトラウマになっていて、その判断ができなかったのかもしれない。いずれにせよ意思統一があやふやだったとしか言いようがない。

そして、すべてを賭けた「最後の5分」が訪れる

 こじ開ける必要のない扉をなぜかこじ開けるのに必死になり無駄に体力を消費し続けたPSGの選手たちの足が80分過ぎに止まり始め、ここでユナイテッドが一気に攻勢をかける。攻勢といっても、ただのロングボールだが、これがまたイングランドらしかった。わけもわからず放っていき、リスクをかけたハードワークでセカンドボールを回収。そこから二次攻撃。

 80分過ぎのあの「行け!行くぞお前ら!放り込め!今こそ待っていたあの時間だ!」というようなスールシャールの大きな身振り手振りを見ると、やはりこの最後の5分にすべてを賭けていたらしい。我慢強く耐えていた選手たちが最後の力を振り絞り、一縷の望みを託していたこの最後の5分にすべてを捧げ、攻撃に出ていく。

 このユナイテッドの殺気をPSGはまったく察知していないように見えた。一瞬で押し戻され、その一瞬の中でアクシデントに近い形のハンドでPKを献上してしまう。ハンドを奪ったのは、バイリーに代わって入ったダロットのシュート。頭を抱えるPSGの選手たち。喜ぶのはまだ早いと気を引き締めるユナイテッド。してやったり顔のスールシャール。スタジアムの空気がガラッと変わった。その異様な雰囲気の中で、ラッシュフォードがPKを決める。

試合後、敵地まで応援に駆けつけたファンからの声援に力強く応えるスールシャール監督。ユナイテッドにとっては13-14以来、5シーズンぶりの準々決勝進出だ

 伝統の「古き良きイングランド」っぽさ、基本中の基本である[4-4-2]、我慢、忍耐、ハードワーク、勇敢さ、一縷の望みを託した最後の5分、そしてなぜかいつも最後に訪れるドラマチックな「幸運」……。

 あのユナイテッドが帰って来た――そう感じたファンが多かったのではないだろうか。

Photos: Getty Images

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。