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カタールのポジショナルプレー。構造的にボロボロの日本の危うさ

2019.02.04

林舞輝の日本代表テクニカルレポート第9回:日本対カタール

英国チャールトンのアカデミーコーチ、ポルトガルのボアビスタU-22のコーチを経て、昨年末に「23歳のGM」としてJFL奈良クラブGMに就任した林舞輝が、日本代表のゲームを戦術的な視点から斬る。第9回のテーマは、「相手が負けるサッカー」を志向してきた日本が、なぜカタールとの駆け引きに完敗したのか。

 アジアカップ2019はカタールの優勝で幕を閉じた。今回の優勝および日本の完敗であらためてカタールの育成に注目が集まり、「育成の勝利」と銘打つ報道まであった。しかし、今回の優勝が「育成の勝利」と言えるかと訊かれれば、果たしてそうだろうか。

 今回のカタールの真の勝因は育成ではなく、「勝つために何でもしてきた」ことだ。強くなるために、勝つために、ありとあらゆる手を尽くして、カタールはアジアの頂点に立った。アスパイア・アカデミーによる育成年代でのピッチ内外の取り組みももちろんその1つであるし、国家として法を曲げてまでどんどん帰化選手を増やすこともそうだ。あの手この手で有望な若手選手をスペインのクラブに送り込むこと、シャビなどのトップクラスの選手を国内に迎えること、国内リーグがコンパクトで代表戦に集中しやすいこと、すべての選手を国内リーグでプレーさせていること……。カタールの取り組みを振り返ると、「勝つためにできることをすべてやってきた」ことによる勝利としか言いようがなくなる。ここで組織や国家としての戦略論や国際論、倫理観まで持ち出すとキリがないので、とりあえずは、そんな「勝つためにできることを何でもしてきた」カタールとの決勝の試合そのもので何が起き、何ができたかを振り返ってみよう。正直、この試合はどこから突っ込んでいいのかわからないぐらい、構造的にはボロボロの試合だった。

悲願の大会初制覇を遂げ、喜色満面のカタール代表の選手たち

最悪の噛み合わせ。読み合いで完敗

 日本はいつも通りの[4-4-2]。対するカタールは攻撃で[3-5-1-1]、守備は[5-3-2]。守備時にボールがサイドに回ればボール側のウイングバックが出てきて[4-4-2]の形になる。日本がどういうプランでこの試合を迎えたかはわからないが、噛み合わせ的には最悪だった。カタールは日本対策をかなり準備してきたのが目に見えてわかった。その一方、日本はカタールの対策をどこまでしていたのだろうか。

 カタールが「2つのシステムを使うのでどちらで来るかわからなかった」と言うかもしれないが、カタールが相手との力量と噛み合わせで[5-3-2]と[4-3-3]を使い分けているのは明白であり、日本には力関係でも噛み合わせでも[5-3-2]で来ることは予想できたはずだ。さらに、逆に言えば、「どのシステムで来るのかわからなかった」をなぜ日本側は今までしてこなかったのか? 日本も複数フォーメーションを使い分けていれば、カタールも対策を取り切れず最初の15分は読み合いと探り合いになって早い段階でゲームを支配されることも失点することもなかったかもしれない。ここまでカタールに構造を壊されたのにはもちろんカタールのコーチングスタッフと選手の能力もあるが、そもそも日本の構造が今まで一辺倒過ぎたという理由もあるだろう。

 序盤から、カタールにボールを握られると日本は中央で数的優位を作られるので、試合を完全に支配された。まず、噛み合わせがそもそも悪いのだから、どこが噛み合っていないかを把握するためにいったん撤退して様子を見れば良かったのだが、なぜか数的不利のエリア(中盤中央)でむやみにボールを奪いに行き(それもボール奪取が得意なボランチが並んでいるわけではなかったのに)、中央とハーフスペースがガラガラ状態になってしまっていた。カタールは日本の大迫&南野の2に対し3でボールを運び、中央の数的優位を使うか、原口もしくは堂安が食いついてくればボランチとサイドMFの間が割れ、そのハーフスペースで縦パスを受け、人と人の間にボールを送り込みながら最後に前の強力な2人に提供する。非常に良くデザインされた崩しであり、配置の面での優位を生かした美しく効率的なポジショナルなプレーを見せた。その真骨頂が先制弾である。

 どうしてもオーバーヘッドに注目されがちだが、それまでの展開の方が実に美しく、ポジショナルプレーそのものだった。後ろの3枚でボールを動かし、我慢できずに原口が食いつく。それを見た長友がサイドに大きく開く選手へマークをしにスライド。中央でカタールの数的優位になり、誰もいなくなったハーフスペースに鋭い縦パスが通ると、密集地域から逆サイドへ大きく開いた11番のアフィフへ。そのまま最後は決定力に優れたアリへクロス。私が今大会で最も優れたポジショナルプレーの見本を選ぶとしたら、このゴールだろう。数的優位、位置的優位、アイソレーション、最後の質的優位。選手のポジショニングによって綺麗にデザインされ、再現性が高い攻撃だった。

 2点目も然りである。[4-4-2]のブロックを敷く日本の4と4と「ライン間」で位置的優位を作り、食いついたディフェンダーの裏に2列目から飛び出す。飛び出した選手について行こうとラインが下がり、ボールホルダーがノープレッシャーに。そして、ハティム得意の左足ミドルでゴール。日本の守備は完全に崩壊していた。まず、原口と堂安のサイドMFが相手CBにボールを奪いに行ってはいけなかった。もしどうしても奪いに行きたいのだったら、カタールのサイドMFのパスコースを切りながらプレスに行き、長友はサイドの選手をマークしにスライドに行くのではなく、そこは捨ててハーフスペースを埋めているべきだった。見事にカタールのポジショニングとボール回しで組織を動かされ、中央とハーフスペースががら空きになり、カタールのやりたい放題だった。

先制点を奪われた12分のシーン。鮮やかなオーバーヘッドより、そこに至るまでの過程が美しく、デザインされたものだったと林氏

あの時、日本はどうすべきだった?

 このようにデザインされた攻撃が連続し、構造ごとボコボコにされているのが明確だった日本だが、もうこうなるとこの試合に勝つにはシステムを変えるべきだっただろう。逆に言うと、あそこまでボコボコにされ再現性のある崩しを連発されていて、なおかつ失点していたのに、なぜ変えなかったのだろうか。

 一番簡単なのは、FWを1枚下げて[4-3-3]([4-2-3-1])にすることだった。これでひとまず中央の数的不利はしのげる。もう1つは3バックにして相手の2トップに対して数的優位を作り、守備を安定させるのも手だ。ただ、これだけデザインされたゲームプランを組んで日本の構造をボコボコにしてきたのだから、おそらくカタールはこのどちらも読んでいたように思える。それはつまり、日本が修正した時にすぐに修正の修正をされ、また後手に回るということだ。

 それを避けるには、相手が綿密にプランを練り直し意思統一ができるハーフタイムより前に変更するか、相手が読んでいるもの以上に変えるしかなかった。例えば、上記の2つの合わせ技である[3-4-3]や[3-4-1-2]などは手だったかもしれない。こうすれば噛み合わせが良くなるし、チャンスを作れていた酒井がカタールの[5-3-2]の3の脇に入るパターンを増やせていただろう。どっちにしてもその場しのぎだが、あのままボコボコにされ続けるよりかはマシだったのではないか。こうなると、しっかり狙って返しにいくというより、どうやって事故が起きやすい状況に持って行くかという、リードされているのだがある種の撤退戦のような発想にならざるを得ない。そもそも初めにも述べた通り、構造やシステムを変えるベースがないのが痛過ぎたからだ。

[5-4-1]変更の幸運、個の戦闘力に賭ける

 後半、日本は何も変えず[4-4-2]のまま。対するカタールは[5-4-1]に変更し重心を低く設定、 今までの先にリードした試合と同じように引いて守ってカウンターのバージョンへ変更。これが日本にとってはラッキーだった。カタールが[5-4-1]にしてくれたおかげでどさくさに紛れて押し込んでどさくさに紛れて事故を起こせる可能性が高くなった。日本は構造をボコボコにされながら何も変えなかったのだから、こうなると残された道はただ1つ、個の戦闘力で押し切ってアクシデントを起こすしかない。どんどん運び、どんどんボックスに入れ、ファウルとかハンドとか、誰かに当たったのがまた誰かに当たってさらに誰かに当たって味方の目の前にこぼれる、みたいなものだ。サッカーというスポーツの理不尽さにすべてを賭けるしかない。

 カタールが1トップになったので日本のCBがボールを運べるようになり、日本が押し込む時間が続く。今大会ずっと引いて守りを固める相手に対しては苦手だったが、それでも個のクオリティで上回る分、「事故」を起こせる可能性が高くなった。特にデザインされた何かがあるわけではないが、とにもかくもかくにも押し込んでいる。結果、速いボールがボックス内に入るようになり、当たってこぼれ当たってこぼれ当たって南野の目の前にこぼれ、日本が1点を返すことに成功。まさに、事故的なゴールだった。だが、今度は日本が苦手だったカウンターからCKを奪われ、そこでのハンドからPKを奪われ終戦。

相手を押し込み1点を返した日本だったが、これはあくまで2点をリードしたカタールが“引いてくれた”から。反撃及ばず、2大会ぶり5度目のアジア制覇には届かなかった

 このアジアカップを総括すると、結局初戦から問題点として浮き上がってきたものは最後まで問題点だったし、欠点は欠点のままだったし、課題も改善点もそのままで終わった印象だ。引いて守る相手を崩す術がなく、カウンターに滅法弱く、左サイドの位置関係も悪く、中央がスペースを埋められず人に食いついてしまいハーフスペースをがら空きにしてしまう……。

 だが、決してこのアジアカップで優勝することが日本代表の目標ではないことは思い出さなければならない。課題が鮮明になった分、前に進みやすくなったし、決勝での敗戦から3バックにチャレンジする口実もできた。大会中に浮かび上がった改善点も戦い方を変えなかったのも、長い目で見た時の理由が何かあってのことかもしれない。アジアカップは準優勝に終わってしまったが、果たしてこれが良い結果だったのか悪い結果だったのか、実りのある大会だったかどうかは、2022年のW杯が終わった後に振り返って総括するのがフェアだろう。このアジアカップがゴールではないのだから。

Photos: Ryo Kubota, Getty Images

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。