FEATURE

アイディアと工夫で、僕らは強くなる。 異色のCDが目指す新しいクラブ作り

2018.12.07

新生・奈良クラブが目指す「サッカー」と「学び」の融合 Chapter 5】幅允孝(奈良クラブ クリエイティブディレクター)インタビュー


サッカー(現場)とマネジメント(経営)を縦軸、そしてITとデザイン/クリエイティブを横軸に据えた奈良クラブの新体制において、その一翼を担うクリエイティブディレクター(CD)に就任したのがBACH代表の幅允孝だ。本と人の出会いをプロデュースするブックディレクターとして国内外で活躍中の氏が、なぜ奈良クラブに辿り着いたのか。サッカー×クリエイティブの領域でどのような設計・発信をしていくのか。「N」ロゴの制作に始まる、まさに現在進行中の構想を聞いた。


はじまりは、公式ブックディレクター?

―― 公共図書館や企業、病院のライブラリー制作を中心に様々な分野で活躍中の幅さんが、新たに参戦したのはサッカー界。サッカー本大賞の選考委員や、footballistaで“アーセナル担当”を務めていただいているとはいえ、今回の就任は驚きでした。奈良クラブとは2017年8月から、まず「公式ブックディレクター」という聞きなれない役職で関わられていたのですよね。

 「公式ブックディレクター就任は、3年ほど前に知り合った矢部次郎さん(奈良クラブ副社長)にお声がけいただきまして。矢部さんはすごく本もお読みになる方。そもそも僕は、愛知の出身でグランパスからベンゲル監督の繋がりでアーセナルのことがどうにも好きになってしまったアーセナル・アディクトな人間で……というのは今回割愛しますが(笑)、矢部さんは現役時代、名古屋でベンゲル監督の下プレーしていたわけじゃないですか。実際にコーチングを受けた方と会話できるなんて珍しいので、東京都内で食事をしたり奈良クラブの試合を観戦した際にはあれやこれや話して。その縁で昨年、新しくできたクラブオフィス内に選手のためのライブラリーを作る依頼をいただきました」


―― では、中川政七社長とも矢部さんとの繋がりから?

 「それはまた別軸です。中川さんとは、本×工芸という形でちょくちょくお仕事をご一緒していました。中川政七商店のメディアサイトさんち~工芸と探訪~でも、中川さんと男2人旅で、日本各地を周って工芸品や本や食べ物を紹介する旅日記みたいな連載をやらせてもらったり。でも仲良くなったのは、それこそサッカーがきっかけだったんです。本業は別ですが、中川さんが元ゴールキーパーで小学生の時に奈良代表としてよみうりランドまで行った! みたいな話から(笑)、いつもサッカー談義で異様に盛り上がるわけで。

 ただ、今回のお話は急だったんです。経営者である中川さんが中川政七商店の(社長を退いて)会長になる(2018年2月)と聞いた時、『次は何やるのかな』と思っていたら、電話がかかってきて『奈良クラブの社長になります』って。『いいですね!』とただ聞いていたんですけど、突然『クリエイティブディレクターやりませんか?』と誘われまして、最初はびっくりでしたよね」


―― クリエイティブディレクターとしての仕事については、のちほど詳しくお聞きしようと思います。公式ブックディレクターとしてどんな活動をされていたか、もう少し教えてもらえますか。

 「他のライブラリー制作も同様なのですが、実際に本を使う人、つまり選手たちにインタビューをしながら作っていきました。自分の好きな本だけを並べてもお節介にしかならないですから。奈良クラブの場合は、選手たちに何十冊も本を見せながら話を聞くことから始まりました。人気があったのは一人暮らしの選手も多い中でアスリート用の料理レシピ本や、体をどう作るかというコンディショニング本だったり、意外にサッカーよりも異分野の成功譚が読まれたり、同世代選手のサクセスストーリーはちょっと嫉妬もあるのか、敬遠されてましたね。ちなみに、一番ウケが良かったのはセカンドキャリアに関する本だったりして……」


―― セカンドキャリアですか……少し寂しい気もしますが、それが現実なのですね。

 「中には『3分以上は文字を読めません』という選手もいるわけで、なかなか浸透させるのは難しいなというのが実感でした。しかも、本のあるクラブハウスと練習場には距離があり、矢部さんとも、もう少し機能させるようにしたいですねと話していたところだったんです」


―― ライブラリー作りを通じて、サッカークラブに携わるということに、やりがいだったり湧き上がる思いはあったのですか?

 「僕はこれまで人が図書館や書店に来ないから、人がいる場所に本を持っていく仕事をしてきました。それは、届かないものを届ける、コミュニケーションの仕事ともいえます。公共図書館や企業図書館の仕事はご想像がつくと思うんですけど、最近では病院や特別養護老人ホーム、学校や児童保育施設……病院でも視覚障がい者用の病院があれば、心療内科で認知症患者のためにライブラリーを作ったり。知らない人と出会い、本なんか必要ないみたいな場所での思いもよらない仕事も増えていて、実はそっちの方がやりがいを感じているんです。歳とともに増すMっ気でしょうか(笑)。

 奈良クラブに関わり始めた時も、これは相当アウェイ感があるぞ(笑)というのが率直な感想でしたよね。ただ、読書というのは共有を前提にしたSNSと違う、書き手と読み手が1 on 1で向き合う精神の受け渡しだから、今回奈良クラブでやろうとしている『学びの型』作りには役立てる部分もあると思っているんです」


車の後ろに貼ってほしい「N」ロゴ

―― このたび、新たにクリエイティブディレクターという役職に就きました。中川社長は「サッカー(現場)」と「マネジメント(経営)」に加え、「IT」そして「デザイン/クリエイティブ」部門との連携・相互作用について語られていましたが、その一つの柱を幅さんが担うわけですね。

 「中川さんから言われたのは、コミュニケーション全体――奈良クラブが、サポーターに対して、選手に対して、世の中に対してどう見えていて、どんなことを伝えられるのか、そういったものを考える人になってほしいと。それって実は、伝わりにくいものをどう伝えるかという意味で、自分が本をツールにここ15年近く(BACHは2005年に設立)やってきたこととあまり変わらない。実際は僕が図面を引いてやるわけではないので、こういうものが必要だとか、こういうベクトルで行きたいとか、方向性を示し、判断を下し、奈良クラブのコミュニケーション全体をまとめていく役割です」


―― まさに現在進行中なのでしょうけれど、具体的にはどういった点から始動されているのでしょう?

 「いやもう本当に多岐にわたるのですが、(新体制発表のプレスリリース紙を取り出して)リリース1枚の出し方、送り方から考えたい、そんな感じですよね。ちゃんとしたものが届いた方がみなさん来る気になるのですから、レイアウト、フォントの選び方、言葉遣い……新しいロゴができたんだから入れましょうとか、リリースにおっさん全員の写真いらないじゃん(笑)とか順番に整理していきます」


―― そうしてこのきれいなフォーマットができ上がったのですね。

 「他にもWEBやSNSはどうしようと考えたり、屋台が出ているスタジアム前のスペースをもっと居心地の良い空間にしようと考えたり。また、奈良クラブのソシオ専用アプリの在り方や、GMの林舞輝さんによる戦術解説コンテンツなども企画しているんですけど、そのインターフェースの部分、どうしたら伝わるかというのを考えたり。要するに、クラブの根幹を成すものを世の中に伝達するために一個一個“ゼロの目”から見て考える、考え直すという仕事です」


―― 奈良クラブは水野学さんによるエンブレムや中川政七商店デザインのユニフォームなど、これまでもデザイン性の面で面白い試みをされてきたクラブのように見えましたが、実際は……

 「決して規模が大きいクラブではないですからね。また中に入ってみて、やはりJFL生活が長引く中で、なかなか上昇気流に乗り切れないモヤモヤとした停滞感みたいなものが、ピッチ上のパフォーマンスだけではなく運営や事務側のマインドにもあるのかもしれないなと思うところはありました。けれどそれこそ、自分たちが世の中に発信する要素が、そこで働いている方々にとって誇らしいものになるというのはすごく重要だと考えているので、リリースひとつから丁寧に作りたいなって」


―― そして先ほどお話に出ましたが、かなりクールな「ロゴ」が既存のエンブレムとは別に制作されました。新生・奈良クラブというブランドの象徴になりそうです。

 「中川さん、新体制で『アートディレクター』を務める山野英之さんと3人で考えたものです。デザインソースが奈良の地で約1300年前に造られた平城京であることは、コンセプトとともに公式サイト等で見ていただきたいのですが、その独特な形から『N』を作り上げていこうと何十種類も試行錯誤しましたね。ただ、デザイン性が高過ぎてもダメなんじゃないかと考え、地元のみなさんが気軽に車の後ろに貼れるようなものにしようと。なお、個人的に長い付き合いのあるグラフィックデザイナーの山野さん(『高い山』代表)も奈良出身の方です」


―― 奈良クラブならではのコンセプトや視覚的な先進性も強く感じるロゴですが、やはり今後のグッズ展開への運用なども考慮されて?

 「ありますね。まぁ紆余曲折ありながら細かく精査し、愛着を持ってもらえるものを作りたいと思っています。グッズに関しては、まだまだこれからですが、10年以上ともに仕事してきた山田遊さん(method代表)が今回『マーチャンダイザー』として協力してくれます。

 既存のエンブレムを大切にしながら別にロゴを作るというのは、今後のクラブ、ブランディングを考えたら必然だと考えていました。ユベントスなどの成功例もありますが、一般的にクラブのロゴ化しているエンブレムというものは、そこに入っている情報、要素がけっこう細かいので、ロゴとしてはあまり強くない。ゆえ、コミュニケーションのために機能しづらいのではないかと思っていて、一目で“これが奈良クラブ”とわかるロゴを作りたかった。だから、ここから最初に取り組みましたね」


―― 新体制となっての新ユニフォームも待ち遠しいです。

 「デザインはこんなふうに進んでいまして(と、ちらり図案を見せてくれる)」


―― かっこいい!

 「これもいろいろ考えたんですよ。でも、まだ発表はできません。来年まで楽しみにしていてください」


―― 大変そうですが、楽しそうでもあります(笑)。

 「サッカークラブのユニフォームを作るなんて経験、なかなかないですから。相当、楽しんでますよ。これからチケット、チラシ、ポスター、マッチデープログラム、イヤーブック、名刺、営業資料バナー、のぼり、テント、トレーニングウェアとクラブウェアのデザイン、SNSのリニューアルやインスタグラムの稼働……メチャメチャやることあるんですけど(笑)」


ひとんちのお風呂の汚れを指摘する係

―― 幅さんのお仕事はサイトスペシフィック、その場所の特性を生かすことを重要視されていると思います。その点で、中川さんや山野さんら奈良出身の方々と地元のクラブ作りに取り組む今回は、どんなことを大切にしようと考えていますか?

 「まず地元のサポーターの存在は、県リーグや関西リーグ時代からずっと応援してくれている方々をはじめ、本当に大事です。やっぱり奈良という地盤にクラブがあることが重要で、外の人間がひょっこりやって来て単にかっこいいものを作るというのはある意味で簡単だと思うんですけど、それだけではいけない。

 例えば、僕は城崎温泉(兵庫県豊岡市)のリブランディングに関わり、もともと縁もゆかりもなかった温泉街で政策アドバイザーとして仕事をさせてもらっているのですが、外から来た人に何ができるか? というと、“ひとんちのお風呂の汚れを指摘する係”ってよく言うんですよ。自分ちのお風呂は毎日入っているから気にしないけど、人の家の風呂に入ると急に汚れが気になるじゃないですか(笑)。

 あえて外の人間が介入するのであれば、先ほども言ったように“ゼロの目”を持って、その場所に入り、考え直す。けれども、それがちゃんと奈良という土地に根ざしたものでなければならない。新しい何かが前に進んでいくようなロゴだったり、ユニフォームだったりWEBサイトだったり、そこからサポーターや、地域の人たちと繋がるような場所を作っていきたいですね」


―― ちなみに、日本全国を飛び回る幅さんに聞きますが、奈良はいいところですか?

 「意外に“美味しい”んですよ。というのは、かつて奈良に住んでいた志賀直哉が『奈良にうまいものはない』という言葉を残し、それで奈良県民はずっと苦しんできたらしいんですけど、そんなことはない! 出張で行くのがいつも楽しみなところです。幅の奈良愛は『さんち』で語ってますので、そちらもご参考に(笑)。(https://sunchi.jp/sunchilist/narayamatokooriyamaikoma/1529

 また、中川さんが『教育』を一つのキーワードに挙げるように、昔から学びの場がある土地柄であり、“考えるサッカー”みたいなものとも相性が良い場所ではあると思うんですよね。野村監督のID野球ならぬIQサッカーみたいなものがきっと(笑)。でも急に『ゲームモデルを基にした……』とか言っても、一般のファンはポカンとしちゃいますから、バランスですよね。けれど将来的に、奈良県人が『ポジショナルプレー』とか普通に言い出したら、footballistaにとっても“美味しい”でしょ?」


―― 確かに、雑誌が売れそうです(笑)。お話を聞いていると、強いチームを目指すのはもちろんですけれど、当面は地域で話題になる、コミュニティの核になる、そんなチームを作るというのが目標になるのでしょうか?

 「いや、もちろん強くしたいと思ってやっていますよ。ただ、一気に強くなるには残念ながらお金が必要です。奈良クラブの場合、有名な新社長が資本を携えてやって来るパターンではなく脳みそと体ひとつでやって来たわけで、資本規模はそんなに変わらないですから。僕らは頭を使って、考えながら、サッカークラブを作っていく。まだまだ知らない人は知らないというレベルのクラブですから、少ない予算でも頭を使いながら強くなろうとしている、という姿を誉れに思ってもらえるようにはしたいですね。その方法として、ヘンテコなデザインよりはすっきりしていた方がいいと思うし、さっき言ったように毎日目に入るものはきれいな方がいいと思います」


―― 奈良クラブの新しい『サッカーを変える 人を変える 奈良を変える』というビジョンにも繋がってくる話ですね。

 「クラブの成長を通して人の成長に寄与したい、という新社長の情熱は本物です。だからサッカーの見方、サッカーに対する考え方を変えるということを促していきたいですね。なので、経営的側面や戦術的側面などもなるべくガラス張りにして、みんなに『わかる』ようにしていきたいと思っています。奈良クラブの経営を見ていて、まったく異業種で起業しようとしている人の役に立ったとか、あればいいなと思うんです。あるいは、サッカーの戦術を林さんが説明し続けることによって、奈良の小学校の体育の授業で黒板に『5レーン』が書かれた! みたいな。極端ですが、そういうことがいずれ起こってくれるといいなと思っています」


林GMのプレー解説? 2番目に好きなクラブ?

―― 先ほど「強くしたい」という言葉もありましたが、現場とはどう関わっていくのでしょうか?

 「僕が、選手をどうこうとか言っちゃいけません。あくまでもピッチ外の人間です。でもGMや監督がこの選手をこう使うと現場で決めたのであれば、そのプレーヤーの良さを、例えばその動き出しの素晴らしさが理解できるように視覚化してあげたり、どういうふうにサポーターに見せてあげるかは、すごく重要な仕事だと考えています。

 僕たちは今回、高度に戦術的なサッカーを下のリーグで実践していこうという難易度の高い挑戦を始めるわけで、そのやろうとしていることを観に来てくれたサポーター、そんなの関係なくピクニック気分で訪れてくれた観客の方、そのどちらにも少しでも気づいてもらえるような投げかけをしていく。だから、これまでは販促要素が強かったマッチデープログラムにも、戦術の辞典を毎号載せて、サッカー用語を毎試合1つずつ学んで帰ってもらおう、みたいなことをやってみられたらと」


―― 戦術用語辞典付きマッチデー、面白そうです。WEBやSNS、戦術解説動画配信の話がありましたソシオ専用アプリなどでも、同様の意図や狙いがあるわけですね。

 「ええ、まさに。計画しているコンテンツでは、試合の一部を切り取って、例えばチームがやりたいプレーができた場面だったり、もしかしたら失点シーンを見せてなぜ失点したのか? だったりを、図も示して確認しつつ、みなに理解を深めるような形にしていきたいです。それはきっと、footballista読者も喜んでくれるかも? 毎試合“生!舞輝”登場となれば楽しんでくれるのではないでしょうか(笑)。

 僕たちには奈良クラブを広めることに取り組むにあたって、『2番目に好きなクラブを目指しましょう』という思いもあります。すでに1番好きなクラブがあるファンにとってもちょっと気になる、少ない予算を駆使しながら頭を使って面白い試みをして強くなっていくチーム、という場所に辿り着けたらなって。世の中のサッカー、特にヨーロッパを見ていると、とにかく資本を持っている者のパワープレーというか、彼らのマウンティングみたいなものでサッカー界が蹂躙されているイメージがあるので、そうじゃなくて、お金が無いなら無いなりに、アイディアと工夫をもって素敵なクラブ作りができるのではないか、ということを伝えていきたいです」


―― 最後に、目標を教えてください。クリエイティブディレクターとしての活動の成果というのは、特に短いスパンではわかりにくいものだと思いますが、具体的な設定はあるのでしょうか?

 「僕個人の設定する目標は、早くJ3に上がること。やっぱりピッチ上に描かれるサッカーが面白くなるというのと、それに結果が伴うということは、サッカーのファーストプライオリティですから。もっと言うなら、長年アーセナルファンをやっていると、停滞のもどかしさがとてもよくわかるんです(笑)。ガンガン上がっていくかと思いきやJFLに留まっている現状に、サポーターもストレスが溜まっているのはなんとなく想像がつくので……上げたいですよね。

 ただ、ロゴを作ったからってサッカーは強くならない。そういう意味では難しいんですけど、ロゴやユニフォームが一新したことでひょっとしたら観客が10人増えるかもしれない。声援が10人分増えたら少しだけど選手のモチベーションが上がるかもしれない。タックルする足が1cm伸ばせるかもしれない。そんなふうに、実際的にどこかで影響を及ぼすことができたらいいなと、そう強く思っています」

Photo: Yu Akaogi

Profile

赤荻 悠

茨城県出身。学習院大学を卒業後、『流行通信』誌を経て『footballista』編集部へ。2015年8月から副編集長を務める。