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湘南が証明「ストーミング」の脅威。ポジショナルプレー」横浜FMの課題

2018.10.30

林舞輝のテクニカルレポート特別編:湘南ベルマーレvs横浜F・マリノス


ロシアW杯で大好評を博した林舞輝のテクニカルレポートが復活。欧州サッカーを二分する2大戦術潮流「ポジショナルプレーvsストーミング」の縮図となったルヴァンカップ決勝を分析する。湘南ベルマーレの初戴冠の裏には、日本サッカーの将来の目指すべき道も暗示されているのかもしれない。

 モンバエルツが企画・ポステゴグルーがデザイン・マンチェスター・シティが監修する「ポジショナルプレー」の横浜F・マリノスは、両ウイングをサイドに張らせるのではなくハーフスペース強襲に特化させ、扇原をアンカーにした[4-3-3]。対する「ストーミング」の湘南ベルマーレは、2シャドーを置いた日本式の[3-4-2-1]で挑む。

横浜の位置的優位を消す、湘南の2シャドー

 このシステムの噛み合わせの時点では、ベルマーレに分があると言わざるを得ない。この配置の組み合わせだと、マリノスのアンカー扇原の両脇に梅崎と石川の2シャドーが入り、扇原が1人で2人を見なければならない形になっている。ましてや、扇原は守備力に定評があったり素早くスライドできるタイプのMFではない。マリノスは、この空いた2シャドーにCBが食いつけばDFラインの裏がぽっかり空いてしまう。SBが食いつくとサイドに大きなスペースができてしまい、ベルマーレのスピードと運動量に優れるウイングバックに格好の獲物を与えてしまうことになる。かといって2人のMFが下がると、ベルマーレの中盤の底2人がフリーになってしまい、簡単にゲームメイクを許してしまう。

 ベルマーレにとっては、守備面でもこの2シャドーは構造的に有効だった。マリノスのSB、特に山中はいわゆる「偽SB」としてビルドアップ時にハーフスペースに入って来て組み立てに参加するのだが、ベルマーレの2シャドーの元ポジションがすでにそこなので、この偽SBを捕まえるのが容易なのだ。繰り返しになるが、マリノスの[4-3-3]はベルマーレの[3-4-2-1]に対し、構造的に相性が悪いのは否めない。ポジショナルプレーの肝は位置的優位にもかかわらず、机に並べた時点ですでに位置的優位を作りにくいということは、マリノスにとってはかなり難しい試合になるのではないかというのが、試合前の私の予想だった。

 ベルマーレはキックオフ早々、「ストーミング」を魅せる。まだTV画面が全体を捉えるより前に左サイドに展開し、いきなりシュートまで持って行く。そのゴールキックもハイプレスで一気に奪うとまたもシュートで終える。ストーミングのお手本のような、「速さ」を重視した攻撃でマリノスを威嚇。FWの山崎と2シャドーの動き出し、それに合った出し手のクオリティにより、扇原の脇のハーフスペース、いわゆる「アンカー脇」に面白いように縦パスが入る。ハイプレスでボールを奪ってはこのアンカー脇のハーフスペースやSBの裏にラフでもいいのでどんどんボールを入れていき、即時奪回とセカンドボールの回収も積極的に狙う。その中で、FW+2シャドーで密集を作り逆サイドのウイングバックへ展開するという、マリノスのお株を奪うような密集&アイソレーションのポジショナルプレーも見せる。

ベルマーレの2シャドー梅崎司(上)と石川俊輝

 ベルマーレのプレスは上記の構造的優位を生かした、非常に戦術的なものだった。リーグ戦でハットトリックを許したウーゴ・ヴィエイラに対して、最後尾でマンツーマン+2枚が余る形。両ウイングバックはそれぞれそのまま敵ウイングにつき、中盤の秋野と金子はほぼ完全なマンツーマンでマリノスの攻撃的MF大津と天野にまったく仕事をさせない。前線3枚は、FWの山崎がアンカーの扇原へのパスコースを消しながらプレス。2シャドーが中央に入って偽SB化する松原と山中をマーク。マリノスの手が詰まったと見るや、一気にハイプレスを仕掛ける。最前線のFW山崎はアンカーの扇原へのマークをしながら2人のCBにもなるべく圧力をかけるという、実質1対3の守備が求められた難しい仕事だったが、24分の場面など、パスコースの切り方が非常に洗練されていた。

 対するマリノスのビルドアップは、完全に行き詰まる。最もボールを失ってはいけない扇原がボール失いピンチを招き、試合開始からたったの5分で2度もゴールキックをすぐに奪われシュートまで持っていかれる始末。ウーゴへのラフなボールで何とかその場をしのぐという、ポジショナルプレーの要素がない、らしくないサッカーが続く。

「蹴れないポジショナルプレー」は怖くない

 このマリノスの展開を見ていて、あらためて確信したことがあった。やはり、「蹴れない」ポジショナルプレーには限界がある。自陣深くまでベルマーレの選手がハイプレスを敢行してきて、GK+数的同数になる場面がいくつかあった。ということは、マリノスの最前線エリアでは1対1の状況ができているか、どこかで数的優位・位置的優位ができているはずだ。だが、プレスに来る選手の上を通すロングボールが蹴れない。だから、ハイプレスにハマってしまうのだ。

 このように相手が完全マンツーマンなどで自陣深くまでプレスをかけてきた場合、マンチェスター・シティがハダーズフィールド戦で見せたように、最前線のアグエロまで蹴ってしまえばいい。それで一気に1対1だ。「ポジショナル・ロングボール」とも言うべきか。だが、そもそもロングボールの欠陥として空中で浮いている時間が長いため、ボールが飛んでいる間に相手選手がポジションを取り直し、数的優位と位置的優位が失われてしまう。従って、「ポジショナル・ロングボール」は相手にポジショニングを修正する時間を与えないために、速くて低い弾道のロングボールでなければならない。

 だが、Jリーグではこれが蹴れる選手が非常に少ない。結果として、ハイプレスにまともに引っかかるか、優位を生かせない高くて緩いロングボールになってしまう。シティなどは相手がハイプレスに来たのを合図にGKやCBからアメフトのような低くて速いロングボールが飛び出す。そして、この試合でマリノスがそれに近いことができた場合は、やはり大きなチャンスになっていた。10分、マリノスがロングボールでハイプレスの背後を取って一気に3対2の大チャンスを作った。21分にも、GK飯倉がハイプレスの頭上を行く浮いたロングボールを提供し、アイソレーションからチャンスを演出している。日本でポジショナルプレーを極めるには、この速くて低弾道のロングボールというのは、一つの大きな課題になるのではないか。「蹴れないポジショナルプレー」は怖くないのだ。

「偽SB」をやめたことが裏目

 構造的な噛み合わせの悪さを何とかしようとマリノスはあがくが、これが次々と裏目に出てしまう。ウイングが下がって受けようとするも、湘南の思う壺だ。スピードやドリブルが武器のウイングが低い位置で背を向けて受けても、むしろベルマーレのウイングバックの積極性を助長するだけ。ここでマリノスのウイングがやるべきは、ボールに触れられなくても我慢してむしろなるべく高い位置を取ることだった。ウイングが張ればベルマーレのウイングバックはピン止めされて全体が[5-2-3]の形になる。中盤に2枚しかいない状態だ。後ろから丁寧にずらしてしまえば、一気にラスト30mまでボールを運べる。ポジショナルプレーの大鉄則として、選手はポジションを守らなければならない。ベティス監督キケ・セティエンの「私は、君がポジション外で30回ボールに触ることよりも、君のポジションで5回ボールに触ることを選ぶ」(フットボリスタ第62号)という言葉そのままである。

 この試合の勝負を分けたのは、マリノスのSBがベルマーレの2シャドーにマークされるのを嫌がり、「偽SB」をやめて一般的な4バックのように大きく開いたことだった。これはいちおうビルドアップの問題への解決策にはなった。が、その代償は大きかった。偽SBの大きな利点として、中央でポジショニングしているのでネガティブ・トランジション(攻→守の切り替え)でカウンターを受けた時に、一番危ないスペースを消すことができる。偽SBはある意味で、「万が一ボールを奪われた時のカウンターストップ用の保険」でもあるわけだ。つまり、マリノスがシャドーにマークされるのを嫌がって偽SBをやめるということは、その保険を捨てるということでもある。それも、奪ってから速く攻める「ストーミング」が得意のベルマーレに対して、である。そして、まさにこの形でマリノスは失点する。ボールを奪ったベルマーレは素早くアンカー脇にボールを入れる。これにCBが食いつく。ワンタッチで外せば、もうマリノスの組織は完全に壊れたも同然だ。杉岡のゴールはワールドクラスのゴラッソだったが、マリノスにとっては通常の偽SBがいれば防げた失点だった。

“ワールドクラスのゴラッソ”を決めた杉岡大暉

 カウンター対策とビルドアップの改善を両立させる策として有効だったのは、扇原が2人のCBの間に下りて来ることだっただろう。横並び、もしくは2人のCBより低い位置まで下がってしまえば、山崎は「扇原へのパスコースを消しながらCBにプレス」という両にらみができなくなる。後ろから追いかけてプレスすることになってしまうからだ。それでボールを容易に運ぶことができただろう。また、中央に扇原が残る上に、少なくとも片方のSBは中に入って偽SB化できるので、万が一ボールを失った時の保険も効く。51分に唯一、まさに扇原が下りて来てビルドアップを成功させたシーンがあったが、この形を続けていればまた違った試合展開が待っていたかもしれない。

「ハードワーク」だけは対策できない

 何はともあれ、リスクはあるものの両SBが開いてビルドアップをすることに成功したマリノスは、ベルマーレのプレスが後半になって落ちてきたこともあり、押し込む時間が続く。だが、最後のペナルティエリア内のベルマーレの5バックは非常に堅固だった。単調なクロスだけではゴールは割れる気配がない。この光景を見ていて、「やはりハードワークほど嫌なプレーはないな」というのをあらためて実感した。何しろ、ハードワークには対抗する戦術がないのだ。スピードのある選手には常にカバーを入れるなど速さを生かせるスペースを与えなければいい。高い選手への対策ならば、こちらも高い選手を入れてマークにつかせるか、ロングボールを蹴らせないようにプレスをかければいい。

 だが、ハードワークには対抗策がない。「ハードワークさせない」ということができない。クロスの1本1本、CKの1本1本を一瞬も集中力を切らさず丁寧に返していくベルマーレのディフェンダー陣の集中力を切らす策はないし、必死に上げ下げを繰り返すウイングバックに走るなとは言えないし、戻ってセカンドボールを拾ってキープし続ける中盤の選手に戻らせない術はないし、プレスをかけては愚直にプレスバックするFW陣にこれ以上頑張るなとは言えない。ハードワークは、打ち消すことのできない長所であり、ストーミングの命綱でもある。そして、これこそがベルマーレが24年ぶりの主要タイトルを獲得した一番の理由でもあろう。

 一方で、マリノスはウイングがポジションを守れなかったり扇原が位置的に優位なポジションを取れなかったりと、ベルマーレのストーミングに比べると基本的なポジショナルプレーの質がまだまだ足りない印象だった。この敗戦から残留争いでどのような奮起を見せるか、期待である。

Photos: MC Tatsu

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。