
輝く新戦力の理由#1
山口蛍(V・ファーレン長崎)
2月に開幕した2025シーズンも2カ月が終わり、新たな勢力図が見えてきつつあるJリーグ。各Jクラブの浮沈に影響を与えているのは、新加入選手たちのパフォーマンスだろう。大卒ルーキーからベテランまで輝きを放つ新戦力にスポットライトを当て、その理由を掘り下げてみたい。
第1回は、J1王者のヴィッセル神戸からJ2のV・ファーレン長崎へ驚きの移籍を果たした山口蛍。満場一致で選ばれた新キャプテンは、早くも若いチームを導く「灯台」となっているようだ。
長崎はほぼ全県を海に囲まれた街である。
都道府県別で見ると面積では国内38番目ながら、海岸線の長さでは圧倒的1位の北海道に次ぐ僅差の2位。そのため街の海外沿いには多くの灯台が存在し、その数は国内最多116基を数える。かつて体系的航路整備が不十分なため鎖国政策終了直後に諸外国から「ダークシー」と呼ばれ恐れられたこともある日本近海で、多くの船舶は灯台の灯を頼りに、目指すべき世界への航路を進んだ。「ダークシー」において、灯台は指針であり、目標そのものでもあったのである。
「道筋を示す」という意味で、山口蛍は長崎というクラブにとって「灯台」にたとえられる。長崎は毎年のように優勝候補の最右翼と呼ばれながら、「魔境」と呼ばれるJ2にJ1昇格を阻まれ続けてきた。
足りないものは何か。欠けているものは何か。どの道が正しいのか。
長年、J1や日本代表で活躍し2024シーズンにJ1連覇を達成した神戸でキャプテンを務めた山口は経験とリーダーシップの象徴だ。それはJ1・アジア・世界を目指す長崎が辿りたい道を知るということでもある。
「すごくポテンシャルのあるチームだと思いますが、その反面、昨シーズンのプレーオフもそうですけど、経験が少ないところもあるなと。自分が入ることで、そういう経験値をみんなにどんどん伝えていければ」(山口蛍)
J2という魔境を進む長崎という船に道を示す。それが山口に課せられた役割であり、山口がチームにもたらすべき光である。

期待されているのは、個と個をつなぐ「バランサー」の役割
「とにかく気が利く。本当に気が利く選手」
チームを率いる下平隆宏監督は山口をそう評し、こう続ける。
「守備に関してもそうだけど、攻守の切り替えで『危ない』という瞬間も良い位置を取ってくれる。プレー的にパッと見は本当に目立たないんだけど、常にボールの状況やゲームの状況がわかっていて良い位置に入っていく。そのあたりは経験もあるんだろうけどさすがだなって。危ないところに戻ってカバーする感覚とか、本当に素晴らしいものがある」

やや高めのブロックを組んで相手を網にかける守備。スペースがあれば長いボールを使い、スペースがなければビルドアップでゴールに迫る攻撃。マテウス・ジェズス、エドゥアルド、増山朝陽、笠柳翼といった強力な個がズラリと揃える長崎のサッカーは、実にオーソドックスだ。各ポジションに同レベルの選手を複数揃え、展開や相手に応じて起用を変える「2セット戦略」を採用するチームでは、細かい戦術を落とし込んで個の弱点をカバーするより、個の良さを前面に押し出すことをベースとした方が効率的なためである。
もちろん約束事や立ち位置といった点については徹底されているが、いかに個の力をうまく引き出すかがチームの肝である以上、特徴の噛み合わせや選手の融合は何よりも重要だ。下平監督自身がシーズン当初に「今季、一番大事になるのはチーム内のマネジメントになる」と語った理由もここにある。
その中で山口に求められるのは、自らの特徴を生かそうと動く選手たちに合わせてチームのバランスを整える役割だ。ボランチで組むシーンが多い山田陸は自ら積極的に動いてボールを奪うデュエルの強さが最大の特徴だが、山田が動いてできたスペースを山口は素早くカバーし、前に攻め上がる人数が足りないと見れば自ら前にポジションを移動する。……



Profile
藤原 裕久
カテゴリーや年代を問わず、長崎県のサッカーを中心に取材、執筆し、各専門誌へ寄稿中。特に地元クラブのV・ファーレン長崎については、発足時から現在に至るまで全てのシーズンを知る唯一のライターとして、2012年にはJ2昇格記念誌を発行し、2015年にはクラブ創設10周年メモリアルOB戦の企画を務めた。