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直近5戦5発!プレミアリーグでセットプレー最多得点のアストンビラ。対策を上回る多彩なキッカーとパターンを分析する

2025.03.30

「セットプレー革命」の内実#6

ワンチャンスをモノにするフリーキックやコーナーキックなどのセットプレー。プレミアリーグでも専門コーチの存在が脚光を浴びているように、トップレベルの拮抗した試合でも「違い」を作る“飛び道具”に注目が集まっている。その戦術と攻防の最新トレンドから浮かび上がる「革命」の内実とは?

第6回ではケーススタディとして、セットプレーから昨季の公式戦で欧州最多の25ゴール、今季のプレミアリーグでも最多の13ゴールを挙げているアストンビラをピックアップ。対策を上回る多彩なキッカーとパターンを分析する。

 プレミアリーグの降格圏まで3ポイントからCLのベスト8へ。“分析おたく”ウナイ・エメリ監督の下で3年目を迎えているアストンビラは急速に成長している。

 この成功に欠かせなかったのが、スペイン人指揮官も重要視している「セットプレー」である。昨季は全コンペディションで欧州最多となる25ゴールを決め、今季も29節を消化したプレミアリーグで最多の13ゴールを記録。拮抗した局面で“飛び道具”から何度もスコアを動かした。

 一般的に「セットプレーに強い」という印象が最も強いのはアーセナルだろう。CKを得意とする彼らは、今季セットプレーからプレミアリーグ最高となる「XG(ゴール期待値)」を記録している(『「質=セットプレーXG」を重視したアプローチ。なぜアーセナルが欧州のベンチマークなのか?』を参照)。

 しかし、直近はかなり調子を落としていた。3月16日に行われたプレミアリーグ第29節チェルシー戦(1-0)でCKからミケル・メリーノがネットを揺らしたが、公式戦で13試合ぶりとなるセットプレーからの得点だった。その減少の理由は、ブカヨ・サカという優秀なキッカーをケガで失ったことに加えて、「対策」が進んでいることも大きい。

実戦復帰が近づいているサカ

 代表例といえば、ブライトンのファビアン・ヒュルツェラー監督が1月5日の第20節(1-1)で講じた奇策だろう。CKの守備時に、前線に3人を前残りさせることで、ペナルティエリア内に入るアーセナル選手の数を従来の6人から5人に減らして守り切った。

 フットボールはセットプレーに限らず、その時代において「正しい」や「良い」とされる戦術やトレンドが、対抗策の登場によって移り変わっていく。そういった流れを常にキャッチしてマイナーチェンジを図ることが、長く高いレベルを保つ上では重要となるだろう。

 そんな中でアストンビラは、最近になってセットプレーにおける相手の策を上回る方法を見つけた。一時はアーセナル同様に得点が減少していたが、プレミアリーグの直近5試合でセットプレーから5ゴールを記録(1つはゴールキック)。クラブ・ブルージュとのCLラウンド16の第1レグ(○1-3)でも開始直後の3分に狙った形から先制点を奪ってアウェイゲームを優位に進めた。

 興味深いことに、セットプレーから生まれた直近の10ゴールが、オーソドックスな「セットされた状況から上げたクロスをターゲットとなる選手が直接合わせる形」で決まったものではないということ。すなわち、キッカーがセットされた状況のボールを蹴ってからゴールに至るまで、その過程において何かしらのアクションが加わっている。この形こそ、アストンビラが起こし始めている「セットプレー革命」だ。

“データ大国”出身のセットプレーコーチがキッカーを改善

 まず得点増加の要因について分析をする前に、アストンビラにおけるセットプレーの重要性と近年の成長の理由について触れておきたい。クラブとして初めてセットプレーコーチを招へいしたのは、ディーン・スミス政権(2018年10月~2021年11月)まで遡る。ここで重要となるのが、彼が就任直前までブレントフォードで監督を務めていたことだ。

ブレントフォード時代のスミス監督

 データを重視することで知られるブレントフォードは10年前から「セットプレーコーチ(肩書はテクニカルコーチ)」を登用している。スミスはアシスタントコーチに現監督のトーマス・フランク、テクニカルコーチにはのちにイタリア代表トッテナムで活躍するジャンニ(ジョバンニ)・ビオと現アーセナルのニコラ・ジョバーを脇に置いてチームの指揮を執っていた。

 のちに世界で最も有名なセットプレーコーチとして知られることになる2人と仕事をした経験があった当時の指揮官は、2021年夏にアストンビラの首脳陣にチーム強化のためにも同職を設けることを依頼。デンマーク人のスポーツディレクターのヨハン・ランゲ(現トッテナムテクニカルダイレクター)のコネクションで、ミッティランのアシスタントコーチを務めていたオースティン・マクフィーが、クラブ初のセットプレーコーチに就いた。……

Profile

安 洋一郎

1998年生まれ、東京都出身。高校2年生の頃から『MILKサッカーアカデミー』の佐藤祐一が運営する『株式会社Lifepicture』で、サッカーのデータ分析や記事制作に従事。大学卒業と同時に独立してフリーランスのライターとして活動する。中学生の頃よりアストン・ヴィラを応援しており、クラブ公式サポーターズクラブ『AVFC Japan』を複数名で運営。プレミアリーグからEFLまでイングランドのフットボールを幅広く追っている。

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