
【特集】「セットプレー革命」の内実#3
ワンチャンスをモノにするフリーキックやコーナーキックなどのセットプレー。プレミアリーグでも専門コーチの存在が脚光を浴びているように、トップレベルの拮抗した試合でも「違い」を作る“飛び道具”に注目が集まっている。その戦術と攻防の最新トレンドから浮かび上がる「革命」の内実とは?
第3回ではFCミッティランでセットプレーの構築を担当し、ELベスト16進出に貢献した26歳のイタリア人アナリスト、ミケーレ・アラゴーナにアーセナルのセットプレーの原則やユニークなアプローチについて徹底的に掘り下げてもらった。
モダンサッカーにおける「隠された力」
サッカーの試合には、時間が止まったように見える瞬間がある。プレーが中断し、選手の配置はリセットされ、マークの割り当ても変わり、ボールは決められた位置に正確に置き直される。しかしこの静止は見せかけに過ぎない。それに続くわずか数秒の間に、試合の流れが劇的に変わる可能性を秘めているからだ。
セットプレーは長年にわたり、オープンプレーと切り離された、孤立した局面と見做されてきた。トレーニングの最後に少しだけ練習するくらいの、単なる必要悪のように扱われ、それをチームの哲学の中に位置づけるという発想自体がなかった。しかしモダンサッカーにおいて、この認識はドラスティックに変化している。今日、セットプレーは試合を決定づける最も重要な要素の1つと考えられるようになった。戦術的な制約を補完し、低い守備ブロックを破壊し、試合の流れを一変させる力を持つ。
この認識の変化を最も良く体現しているチームがあるとすれば、それはアーセナルだ。彼らはセットプレーを芸術の域にまで昇華させ、精度、準備、そしてディテールへの注意を基盤とする、構造化された攻撃の武器として確立した。彼らは今や単に「セットプレーが得意なチーム」ではなく「セットプレーを支配するチーム」になった。
Arsenal have scored 22 goals from corners in the Premier League since the start of last season – seven more than any other club.
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— Premier League (@premierleague) December 4, 2024
アーセナルのセットプレー4つの原則
サッカーの世界では長い間、セットプレーをゲームの華やかではない側面、二次的な側面として軽視する文化があった。セットプレーは、テクニカルなチームやポゼッション志向のチームよりも、フィジカルでダイレクトなサッカーをするチームに関連づけられる傾向も強かった。しかし実際には、攻撃するチームが次に何を起こすかを正確に決定できる数少ない瞬間であるという意味において、セットプレーこそがサッカーというゲームの中で最もコントロール可能な局面なのだ。
アーセナルはセットプレー専門コーチのニコラ・ジョバーの下、この分野で世界屈指の精緻なセットプレーのモデルを構築した。彼は2021年夏にミケル・アルテタ監督に望まれてコーチングスタッフに加わり、それ以来チームのセットプレー戦略を一手に担い、磨き上げてきた。

彼の仕事は、単発的なトリックや派手なルーティンに依存するものではない。アーセナルにおいてセットプレーは、チームとしてのプレースタイル全体に深く組み込まれている。すべてのCK、FK、スローインは、より広範なプレー構造の一部と位置づけられ、攻守両局面で最大限の効果を発揮するように設計されている。
23-24シーズン、アーセナルはセットプレーからの得点数(20ゴール)、シュート数(202)のいずれにおいてもプレミアリーグでトップの数字を記録した。ただしセットプレーからのXG(ゴール期待値)ではリーグ4位(14.9)に留まっている。
今シーズン(24-25)はXGでリーグ1位(13.0)を記録しており、12得点はリーグ3位、シュート数(105)は5位となっている。これらは決して偶然ではなく、緻密な戦略に基づく徹底した実行の成果である。
攻撃のセットプレーにおいてアーセナルが採用している主要な原則は、以下のようなものだ。……

Profile
ミケーレ アラゴーナ
FIGC公認マッチアナリストライセンスを持つイタリア人アナリスト。セットプレーとオープンプレーの双方を専門とする。FCミッティランではEL出場権獲得とベスト16進出に大きく貢献し、シーズンの大半で首位を走ったチームを支えるとともに、セットプレーにおいて世界屈指の成績を残す原動力となった。過去にはアンドレア・ピルロ監督のサンプドリア(セリエB)、ダビデ・サンタリーニ監督のビス・ペーザロ(セリエC)でもアナリストを務めている。1998年生まれ。