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セットプレー専門コーチ、ジャンニ・ビオが語る「ブームの背景」(前編):シーズン19得点を記録したコンテ・トッテナムでの仕事

2025.03.17

「セットプレー革命」の内実#1

ワンチャンスをモノにするフリーキックやコーナーキックなどのセットプレー。プレミアリーグでも専門コーチの存在が脚光を浴びているように、トップレベルの拮抗した試合でも「違い」を作る”飛び道具”に注目が集まっている。その戦術と攻防の最新トレンドから浮かび上がる「革命」の内実とは?

まずは、『セットプレー最先端理論』(小社刊)でお馴染みのセットプレー専門コーチのパイオニア、ジャンニ(ジョバンニ)・ビオが登場。セリエAでの成功後はイングランドから声がかかり、2022-23シーズンのアントニオ・コンテ率いるトッテナムではセットプレーから19得点を記録するという大きな成果を出した。前編では、イングランドで専門コーチが激増した「ブーム」の背景について聞いた。

「分析」は浸透したが、「進化」はしていない

――ジャンニがプロのセットプレー専門コーチとしてキャリアをスタートしてから18年、我々が一緒に『セットプレー最先端理論』を上梓してから8年が過ぎました。その間、特に近年はプレミアリーグでも専門コーチをスタッフに加えるチームが増えるなど、セットプレーの重要性、専門コーチの存在価値についての認識が変わってきたように見えます。この分野の草分けという立場から、現在の状況をどう見ていますか。

 「セットプレーの重要性への認識が高まっていることは確かだ。特にマスメディアのレベルでは、より頻繁に注目され取り上げられるようになってきている。ただ、チームの現場レベルでは、それほど大きな変化は起こっていない。多くの人々がピッチ上で起こっていることの分析に血道を上げているけれど、その一方で新しい何かを生み出そうという取り組みはほとんど見られない。

 セットプレー専門コーチをスタッフに加えているチームは増えているけれど、彼らのほとんどはセットプレーを分析するアナリストであり、セットプレーを開発しトレーニングする専門のコーチとは言えない。実際、ピッチ上で行われているのは、どこかのチームが使って成功したセットプレーのコピー&ペーストだ。分析というのはあくまで、過去に起こったことを理解するための手段に過ぎない。だがセットプレーに関して取り組むべきは、過去ではなく未来、次の試合で何をするかだ。その観点から見て、分析の結果をコピペする以上の取り組みをしているチームは、残念ながらほとんど見当たらない。例えば、アーセナルがGKをブロックする位置に人を立たせ、ファーポストにも人を集めそこからニアポストに走り込むやり方でゴールを挙げると、すぐに他のチームもそれを真似するようになる。もちろん守備側もそれを対策するようになるんだけどね」

――セットプレーに対する注目度が高まり、その分析や対策にリソースが割かれるようにはなったけれど、革新的な何かが生み出されたわけではないということですね。ジャンニは以前から、セットプレーのトレーニングに割かれる時間が短過ぎることが最大のネックだと指摘してきたわけですが、その観点から見て現場の状況は変わっていないということなのでしょうか。

 「トレーニングの時間が十分でないこともそうだし、そもそもトレーニングのやり方自体も、私から見れば効果的とは言えない。セットプレーのトレーニングは、実際の試合と同じく11対11で行わないと意味がない。オープンプレーと同様、全員がそれぞれの機能と役割を担っているからね。しかし、相手を置かずに11対0で決まったパターンをなぞったり、6対6や8対8でトレーニングしたりしているチームも少なくないようだ。

 トレーニングに費やす時間にしても、最近は多くの監督が後方からのビルドアップに多くを使うようになっているが、セットプレーのトレーニングにより多く時間を割いているという話は、少なくとも私は聞いたことがない。セットプレーからの得点は全体の30%前後を占める一方で、GKからのビルドアップは得点をもたらすどころか失点のリスクを高めるプレーであるにもかかわらずね。まあこれについては議論が分かれるところだろうけれど、テクニックとプレービジョンに優れたGKやDFを擁するチームならともかく、そうでないチームが後方からのビルドアップに執着するのは、建設的なやり方ではないと個人的には思っている。アグレッシブなハイプレスを受けると、結局ロングボールを蹴ることになるわけだしね。

 少し脱線してしまったけれど、言いたかったのはセットプレーの分析に割かれるリソースは増えているかもしれないけれど、肝心のトレーニングに費やす時間が短い、足りないという状況は以前も今も変わっていないということだ。相手との関係の中でどこに、どのようにアドバンテージを作り出すかという感覚を磨くためには、ビルドアップと同じようにそれなりの時間をかけたトレーニングを、11対11で行うことが必要だ」

ジャンニ・ビオ

トッテナムの成功がプレミアリーグに与えた影響

――まだ現場での大きな変革は起こっていないとしても、セットプレーに対する認識が変わってきたというのは、ポジティブな変化ではあると思います。イタリアとイングランドで仕事をしてきたジャンニから見て、その点で両国の間に違いはありますか。……

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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